24.大好きな人からのお手紙
あれ以来、わたくしはフレデリク様と一度も会うことがかなわなかった。そう、チョコレートを食べたあの日以来、である。
婚約こそ形の上では継続しているものの、婚約発表はまだされていない。つまり、これから白紙に戻る可能性など、いくらでもある。
ただ、彼から何の音沙汰もないのかといえば、そんなことはなくて。
一週間に一度だが、彼から手紙が届くのだ。大抵は気づいたことや身の回りで起こったことについての報告だった。
これがもし仮に、彼が婚約者としての義務感から送ってくれているのだとしても、嬉しい。女性が苦手な彼がわたくしにくれるというだけで十分だ。そう思っていた。
しかし、それからさらに一ヶ月が経ち、とっくに村の麦も刈り取られたであろう初夏。
わたくしの中には彼に会いたいという気持ちがずっとあったことに気づいてしまった。
彼に会えなくて寂しいと思ってしまうのだ。こんなわたくしの気持ちを知ってしまったら、彼はどう思うだろうか。やはり、嫌ってしまうだろうか。
そんなある日。いつものように受け取った封筒をペーパーナイフで開けた。読み進めていくと、ある一文に目が止まった。
──私のパートナーとして、共に夜会に出てはもらえないだろうか?
彼の手紙にはそう書かれていた。しかし、次の文にはこうも続いていた。嫌ならば断ってもらっても構わない、と。
この手紙には、きっと彼の矛盾する義務感と本音が綴られているのだ。わたくしはそう感じた。
社交は苦手、女性も苦手。そんな彼がわたくしを形式の上とはいえ、誘ってくれているのだ。彼には無理をしてほしくない。
しかし、これは彼に会える絶好のチャンスだ。できればパートナーとして彼と共にパーティーに出たい。
「ごきげんよう、イェニー。今は暇かし……イェニー?」
「ふぇ?」
あとで聞けばわたくしは「うーん」とか「むー」とか言っていたらしい。シェリーは部屋への入室を求めたが、反応がなかったので入ってきたのだという。
しばらく手紙に夢中になっていたわたくしを観察していたと言われた時には心が死にそうだった。もちろん、この時のわたくしが自身の未来など知るはずもなく。
「イェニー、顔が曇っているわ?」
「そう、かな?」
「そうよ。悩みを抱え込んでいるというか……恋する乙女というか」
「な、ななっ……」
その顔、図星ね? そう口にするシェリーは確実にこの状況を面白がっている。
「で、相手は誰なの? と言っても、王宮なのだからそんなの決まっているわよね……? お姉様は気づいていないみたいだけれど。だってそうでしょう? お姉様が知っていたらきっとただでは済まないわ」
「えっと、お姉様ってフアナお姉様のことだよね。ただでは済まないってどういうこと?」
「そのままの意味よ。さすがに妹の婚約者を横取りしようとまでは考えないと思うけど……ね」
「何それ怖い」
シェリーの言葉選びに不穏なものを感じたわたくしは、さっと縮こまった。
お姉様がフレデリク様の隣に立っていることを考えると、ぞっとする。しかし、女性嫌いな彼がお姉様に気安く触れたりするなどとは考えられなかったので、そこは安心だ。
「ところで、とても悩んでいたみたいだけど、もしかしてその手紙? ちょっと貸して」
「あっ……ちょっ……」
シェリーはわたくしの手紙をひょいと取り上げるなり、声に出して読み始めた。穴があったら入りたい。
「ふむふむ……これには行きたいというお返事を返さないとね」
そして出した結論がこれだ。それに対してわたくしは「でも」と切り出した。
「……フレデリク様は女性が嫌いって聞いて。特に迫ってくるような方は苦手らしいの」
「でも、でもってイェニーは言うけど。その女性が嫌いって話はフレデリク様に聞いたの? それとも他の誰か?」
「えっと、確かミアからだったかな」
「ミア……ああ、貴女の侍女で、一緒にマナー教育を受けている子ね。でも、それはフレデリク様ご本人から聞いたわけではないでしょ? 噂というのは間違いや不確かなものが多いわ」
シェリーの言うことは目から鱗だった。わたくしは噂の真偽をフレデリク様ご本人に聞いたことがない。
でも、でもと逃げの言葉を繰り返し、彼のことを知ろうとしなかった。彼が女性嫌いだから、自分が彼に関わるのはストレスだろうと思ったからだ。
彼のことを思えば、このままの状態は危うい。彼がわたくしのことを本当に嫌いなら、身を引くためにも彼の本当の気持ちが知りたいし、嫌いではないというのなら、もっと会いたい。わたくしは彼に何度でも会いたいのだ。
「ありがとうシェリー。聞いてみるね。でも、まずはそのためにお手紙に返事をしなくちゃ」
「その意気よ、イェニー。わたくしは貴女のことを応援しているわ」
そう言うと、彼女はご機嫌な様子で部屋を去っていった。
わたくしは早速ペンを手に取り、お返事をしたためる。
フレデリク様のパートナーとして舞踏会に出席したいこと。決して断りたいとは思っていないこと。そして、彼のことが「嫌いではない」ということ……。
言いたいことの全部は詰められなかったが、それは会った時に話せばいい、今ならそう思える。本当は「好き」と書きたかったが、そこまでの勇気はなかった。
後日彼から届いた手紙には、感謝の言葉と、再び城に来てほしいという旨が書かれていた。




