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100.フレッドの誕生日パーティー(3)

 宰相閣下の隣に並び立つフランツさん。彼の声を合図に扉が開かれる。

 控え室から出て来たのはもちろん、フレッドに陛下、そしてアーシャ様の三人だ。わたくしたち臣下は最敬礼をとる。


「よい。面を上げよ」


 国王陛下のお言葉に、皆が背筋を伸ばす。陛下が斜め後ろにいる今日の主役に軽く目をやるとその本人、フレッドは陛下の一歩前へと進み出た。


「皆、集まってもらってすまなんだ。このパーティーの目的は招待状に書いておいたし、言うまでもなく分かっておると思うが。……我が息子、未来の国王フレデリクが誕生した今日というこの日を祝うパーティーだ」


 静寂(せいじゃく)に包まれた会場に陛下の声が響く。張り上げるでもなく、それでいて後方の招待客の一人一人まで届いているであろう声。まさに王者というべきだろうか。


 陛下のお言葉が終わると、次に口を開いたのはフレッドだった。


「皆。父上の言葉の繰り返しとなってしまうが、私の誕生日の祝いに集まってくれたことに感謝する。そして……」


 一度口を閉じたフレッド。彼わたくしの方を向くと、こちらへとカツカツと歩みを進めてくる。当然、わたくしの方へと会場中の視線が集まる。


 わたくしの目の前で足を止めたフレッドは、周囲に聞こえないほど小さな声で


「イェニー」


 わたくしの名を口にした。


 皆が見ている中でのわたくしたち二人だけの秘密。そう言われた気がしてちょっと嬉しい。

 それからいつものように手が差し出されると、わたくしはそこに自身の手を重ねる。


 そのまま陛下たちのもとへとエスコートされるわたくし。婚約してから二人で皆の前に出たことは何度もあるのに、今さらながら緊張する。


 わたくしがフレッドの方を見ると、彼もまた少しだけわたくしの方に柔らかな笑みを向けてくれた。

 それだけで少し安心してしまうわたくしは、フレッド依存症になっているのかもしれない。


 陛下の前まで戻り、皆の方を向いたわたくしたち。フレッドは先ほどの続きを口にする。


「皆に以前伝えたことではあるが、私は今年イェニー・リチェット侯爵令嬢と婚約を結んだ。……父上」

「うむ。というわけでな、今年は息子が今まで婚約をのらりくらりと(かわ)してきたことを思うと、王国の未来にとっても非常によき年となったと思う」


 バトンを受け取った国王陛下のありがたいお言葉が続く中、わたくしたちは王宮の使用人の方からグラスを受け取った。香りからしてお酒ではなく何かしらの果実水だと思う。

 いつの間にか招待された皆様はもちろん、フレッドや陛下、アーシャ様もそのグラスを手にしていた。


 そんなことに気をとられていたわたくしは、きっと陛下が口にしていたであろうありがたいお言葉を途中から聞き逃してしまっていた。

 フレッドのことを言ってくれていたとしたら、とても残念だ。


「では、王国の未来を祝して……乾杯!」


 わたくしたちは手に持ったグラスを斜め上前方へと掲げる。「乾杯!」という言葉が広間中を覆いつくすと、楽団の演奏が始まる。グラスの中身を一思いに飲み干すと。


「桃……?」

「うむ。その通りだ、リチェット嬢」


 わたくしの呟きに反応したのは国王陛下だった。エリック・エナトス陛下、フレッドのお父様だ。相変わらずいかめしい顔つきなのだけれど、声が明るいせいでちっとも気にならない。


 それに、瞳の色がフレッドと同じ紺色だ。そのことに気がつくと顔つきがどうとか、どうでもよくなってしまった。

 不敬だとわかっていながらも、わたくしがついフレッドとの違いを探していると、突然わたくしたちの間に誰かが割り込んできた。


「父上、イェニーと話したいのはわかりますが、彼女は私の婚約者です。それに今日は私の誕生日で……」


 フレッドがわたくしを後ろに庇うように陛下と向かい合う。そのせいか、こちらに視線が集まってきている気がした。


 楽団の皆様はこちらの様子をどう思っているのかわからないのだけれど、こちらは特に奏でる音楽が変わった様子はない。


「……殿下」

「何だフランツ? 私は早くイェニーと踊りたいのだが」


 咳払いをしたフランツさんのせいで、わたくしたちに注目がさらに集まる。

 隣にいらっしゃる宰相閣下──つまりエリーゼ様のお父様──とは親子ではないのだけれど、次期宰相なのだとフレッドから聞いた。


 それほどまでに優秀な彼が口を挟んだのだから、きっと何かあるのだろう。彼はフレッドに耳打ちした。でも、わざとなのかその声はわたくしの元まで届いてくる。


「殿下。イェニー嬢と二人きりになりたい、というお気持ちは分からないでもありません。しかしです。とするとまた別の機会に陛下とイェニー嬢がお話しする時間をとることになるかと」


 言われてみればそうだ。

 フレッドもフランツさんの言いたいことを理解したらしく。わたくしはそんな彼の様子が気になって少し横に回ってみたのだけれど、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「父上……わかりました。イェニーに何か?」


 声は明るいけれど、明らかに早く切り上げたそうにしているフレッド。わたくしはひとまず彼の前に移動した。それに合わせて、陛下の顔もわたくしの後を追う。


「そうよの……リチェット嬢。私は其方が息子の婚約者になってくれたことを嬉しく思う」

「陛下……わたくしもフレデリク様の婚約者になれて、とても嬉しいのです」

「そうか……これからも息子のことをよろしく頼む」

「はい」


 わたくしは陛下からの再度のお言葉に短く返す。最後に深々とお辞儀すると、わたくしはフレッドに手をとられて陛下の御前を辞した。

 これぐらいの会話を理由に呼び出されなくてよかったと思う。あるいは呼び出されたら長くお話することになったのかもしれないけれど。


 その後、フレッドは皆様からお祝いの言葉を次々と贈られる。

 彼と共にいらっしゃった皆様への挨拶を終えると、わたくしたちは音楽に合わせてダンスを踊った。


 軽やかな曲調のおかげなのか、フレッドと一緒だからか、つい楽しくなってしまう。


 でも、やけに鼓動が速い。練習の時よりフレッドを近く感じる。

 夜の舞踏会でならこのくらいの距離間で一緒に踊ったことがあるのだけれど、昼間ははじめてだ。身体中がポカポカしていてかなり熱く感じる。


 こうして少々の羞恥心を覚えながら踊っている中、フレッドの声だけがやたら鮮明に聞こえた気がした。


「……待っている」

「えっと……フレッド?」


 はっきりと「待っている」と、そう聞こえたのだけれど。わたくしは彼が何を「待っている」のかが理解できなかった。踊りながらも内心首を傾げていると。


「クッキーを、くれるのだろう?」

「──!」


 ああ! わたくしはつい先ほどまでクッキーのことを謝罪しなければ、と思っていたのにすぐに忘れてしまったのだ。

 それと同時に、フレッドがクッキーのことを覚えていてくれたのが嬉しいのだから、救いようがない。自分の過ちなのに喜んでしまうなんて。


「……はい。持っていきますね、クッキー」

「ああ。ありがとう」


 そう言ってくしゃりと笑顔を浮かべるフレッド。彼の笑顔を見たわたくしはいつも通り、つられて笑顔になってしまう。やはり、わたくしはフレッドのことが好きなのだ。


 そう自分の思いを改めて自覚すると、ちょうど曲が鳴りやんだ。

 向かい合ったわたくしたちは互いに礼をとる。再びフレッドのエスコートを受けたわたくしは、会場の一角に用意されたスイーツのもとへと向かった。


「イェニーはどれが食べたいんだ? 私が取ってやろう」

「フレッド。わたくしも自分で取れますよ」


 テーブルの端に用意された皿とフォークを手にしたフレッド。婚約者とはいえ、王太子殿下にとってもらうなんて畏れ多い。

 わたくしが固辞すると、彼はその手に持った食器を渋々といった様子でわたくしに渡してくれた。


「そうだな……好きなものを選ぶといい」


 そんなわたくしの目に止まったのは、一口大に切られたショートケーキだ。

 四角形に切られたケーキの上には、一つ一つにしっかりとイチゴが乗っている。わたくしは穴を開けないように気をつけながら、いくつかそれを皿にとり、フレッドに差し出した。


「どうした? 自分で食べないのか?」

「あの……ごめんなさい! わたくし、本当は──!」


 声が震えそうになってしまう、いや震えた。フレッドに嘘をついてしまった。

 彼は本当のことを言えばきっと、わたくしの思いを尊重してくれたはずなのに、わたくしは……と一度深呼吸をして調子を整え、再び彼と向かいあった。


「大丈夫か?」

「あ……はい。フレデリク様……お誕生日、おめでとうございます……っ!」


前ページにも書きましたが…孤児院令嬢、ついに「本編」100話になりました!

あと10数話続きますが、最後まで楽しんでいただけましたら幸いです。

これからも孤児院令嬢をよろしくお願いいたします。

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