素顔
「なっ…こいつは…!?」
龍神さんも驚いていた。
これまで何度も敵対してきた祈祷師、バスム。
その仮面の下の顔が、ベクスだったなんて。
私達はみな、しばし硬直してしまった。
「ふ…うふふふふっ…!!」
エイミが気味の悪い笑いをした。
「…お前!」
「これはどういう事なの?
何か知ってるんでしょ、言いなさい!」
「見てわからないの?そいつは、いわば私達の捨て駒。魔法使いのガキのお守りをしてるマスカーに、祈祷師の魂を吹き込んでこき使ってたのよ」
「祈祷師の魂を吹き込む…?そんなことが…」
「そいつは、楓姫が直々に魂下ろしの呪いをかけて作った忠実な部下。
例の妹を見つけるのと、楓姫の計画の邪魔になるものを潰すのの手伝いをさせていたの。
でも、バレて呪いを解かれた以上、もう使えないわね」
エイミは、大剣を構えた。
「まあ、いいけどね。おかげでここまで来れたし。
そいつは、なかなかいい子だったわよ。私達のために、色々と頑張ってくれた。
けれど、もう用無し。お前達も、そいつと一緒に始末してあげる!」
「っ…!」
「死霊術法 [墓碑銘』・殲滅』]!」
エイミの声と共に無数のドクロのような死霊が現れ、襲ってきた。
「太陽術 [シャインバリア]!」
光の壁が現れ、死霊を弾き飛ばす。
そして、エイミ自体にも強烈なダメージを与えた。
「な…!」
「えっ…!?」
それを見て、みんなが驚く。
なぜなら、今の術を放ったのは…
他でもない、私だったからだ。
「アレイ、あなた太陽術を使えたのですか!?」
「いいえ。今朝の裁判で、私に濡れ衣を着せようとしてきた殺人鬼を取り込んで、使えるようになったんです」
「え、取り込んだ…?」
リヒセロさんとロザミは「ええ…」という顔をした。
まあそれはそうだろう。
「説明の時間はありません。とにかく、私は今、太陽の術を使えます。みんなでエイミを倒して、ベクスとマトルアを守りましょう」
「…そうだな!」
龍神さんにならい、二人も構える。
「最悪…よりによって、太陽術なんか引っ下げてくるなんて!」
エイミは辛うじて立ち上がってきたが、今ので無視出来ないダメージを受けた事は間違いないだろう。
「こうなれば、もう私達の勝利は目前ですね…。
死霊騎士エイミ!もうお前に勝ち目はない。
大人しく投降しなさい!」
「ちっ…!
小娘と若造が何を言う!
お前達こそ、ここで血を吐かせてくれる!」
エイミは大剣を振り上げ、技を放つ。
「奥義 [死者の面影]!」
「奥義 [自惚れ屋への天罰]!」
エイミとリヒセロさんの剣がぶつかり合う。
その間に、私達も攻撃する。
「奥義 [黒い夢の童謡]!」
「奥義 [エレクトロキュート]」
「奥義 [スターライトブリザード]」
エイミは片方の手で盾のような結界を張り、私達の術を防ごうとした。
しかし完全に防ぎきることは出来ず、そのうち結界が割れてモロに術を食らった。
「くっ…」
エイミが膝をついた所で、私は再び術を放つ。
「太陽術 [ドラウトオーブ]!」
「がはっ…!!」
波動がエイミの胸を貫き、エイミはにわかに血を吐く。
私はマチェットを抜く。
「星具降臨 [セクトス・フィクサー]」
武器を高く掲げ、太陽術の力を刀身に集め、そして…
「[ゼクセクト・ドーン]」
縦に、薪を割るように振り下ろす。
エイミは表情を変えることもなく、静かに倒れた。
「…終わった、のか?」
龍神さんだけはそれを気にしていたけど、私達はみなベクスと仮面を心配していた。
「とにかく、町の中に入れましょう」
リヒセロさんの言葉に従い、彼らをみんなで町の一角にある休憩所まで運んだ。
「大丈夫でしょうか…」
「エイミの言い方だと、少なくとも殺してはない、っていうような感じだったな。ロザミ、治癒魔法使えるか?」
ロザミは治癒魔法を使ってみたものの、ベクスも仮面も目覚めない。
「効かない…まさか…」
ロザミは不安を浮かべた表情で彼の胸に手を当てた。
「どう、ですか?」
「…脈はありますね」
「はあ…よかった」
すると、彼がその重々しい瞼を開いた。
「…?」
「お、起きた!」
「ベクス!よかった!」
「…アレイ?
って、えぇ!?何だよこの顔ぶれ!?」
「おお、元気だな。これなら心配なさそうだな」
「治癒魔法が効かなかったのは、外傷を負っていなかったからだったようですね。
しかし、後遺症の類いもなさそうで安心しました」
「ロザミ様…?それにリヒセロさんも…。
あ、そうだ!あいつは!?」
「あいつ…?」
「あの仮面か?なら枕元だ」
彼は例の仮面を見るなり、
「ああ、よかった…!
ヴェット、起きろ、起きろ!」
と言いながら仮面を揺さぶった。
すると、仮面の目と口の部分がほのかに光った。
「…」
「お、来た!ほら、起きろ!すごい人達が集まってくれてるぞ!」
「むぅ…?
…おぉ、これはロザミ陛下にリヒセロ殿!
ご無沙汰しております…」
私は、思わず声を上げてしまった。
「か、仮面が喋った!?」
「あら、彼はただの仮面ではありませんよ?
『マスカー』という存在です」
「そうだ…私はマスカーのヴェットと申す。
もしや、マスカーをご存知ないか?」
「え、えぇ…」
マスカーなんて知らない。
喋る仮面なんて、見たことも聞いたこともない。
混乱する私に、龍神さんが声をかけてきた。
「アレイ、落ち着け。こいつはれっきとした異人だよ」
「…え?」
これが、異人?
どう見ても仮面なんだけど。
「これはマスカーって言う種類の異人でな…ま、要は意思を持つ仮面だ。
肉体がない霊体系の異人だが、安心安全な奴らだから安心してくれ」
「そ、そうなんですか…?」
恐る恐る、声を絞り出す。
「いかにも。我々は仮面を本体とする霊体異人。断じて不審な存在ではない…」
仮面が本体の異人?
そんなものが存在したなんて…
―いや、そんな驚く事でもないか。
何故だろうか、そんな考えが浮かんでくる。
「そう…ですか。それはすみませんでした」
「アレイ、あなたがマスカーを知らなかったなんて驚きましたよ。
私の詩にもよく出てきますでしょうに」
「え…?あっ、もしかして『仮面の者』ってやつ…?」
ロザミもまた、詩を詠ってくれる。
マーシィの時とは別の詩だけど、こっちはこっちで好きだったりする。
…そう言えば、確かにロザミの詩には仮面の者って言葉がよく出てくる。
しばらく聞いてないから忘れていた。
「そうです。彼らは数千年前に現れたばかりの、水兵以上に新しい異人。殺人者と同じ祖先を持ちますが、殺人者よりずっと穏やかな種族です」
「じゃ、悪い種族じゃないんですね?」
「はい。むしろ、他種族の子供や弱者の守護者となって助けるなどする、善良な種族です」
「俺は生まれてすぐに家族がみんな死んじまってな、今までずっと、こいつに世話してもらってきたんだ。
こいつがいなきゃ、俺は人間の子供のまま死んでた」
「私は彼の両親からの頼みでな、30年間ずっと彼を守ってきた。だが…不覚だった。彼を守るべき私が、彼を巻き込んで再生者の呪いにかかってしまうとは…」
「呪いにかかってた自覚はあるんだな」
「呪い…?あ、そうだ!
あいつが…楓姫が、俺とヴェットに呪いをかけたんだ!」
楓姫、と聞いて私達は顔色を変えた。
「楓姫に会ったのか!奴はどこにいるんだ!?」
「あいつは…うっ!」
ベクスは頭を押さえて苦しみ出した。
「あぁ…頭が…痛い…!!」
「ベクス!」
「記憶縛りの呪いも一緒に受けたのかもしれん。
かく言う私も、奴に出会った場所を思い出せぬ…」
「そんな…」
「…。
まあ仕方ない。それより、兵士の状況を確認しよう。
ロザミ、何か連絡あったか?」
「はい。負傷者はいますが、損害はないようです」
「ならよかった。
まずみんな、今日はもう寝よう。
ルーユにも、結果を伝えてやらないと」