迎撃準備
戻ると、朔矢さんが何をしてきたのか聞いてきたので、こう答えた。
「私なりのやり方で、奴に処分を下しただけです」
朔矢さんは、それで納得したようだった。
その後、裁判長に事実と願望を確認した。
一つ、私を無罪放免とすること。
二つ、ノグレの官吏がきたら、シカードと龍神さんの身柄を交換すること。
三つ、朔矢さんを見逃すこと。
朔矢さんを見逃す、という要求を口にした途端、周りの人達がえっ、という顔をしたけど、裁判長はあっさり容認してくれた。
リアースの時の件と言い、この地の国のお偉方にとっては自分達に味方するものなら誰でもいいし、自国に利益をもたらした者ならどんな罪人であっても許すのが普通なのだろうか。
ちょっと変というか、都合が良すぎるような気もするけど、まあいい。
龍神さんが戻ってきてくれるのなら。
2日後、ノグレの官吏が戻ってきた。
…龍神さんと、ロザミと共に。
ロザミの姿を見た時は驚いたけど、どうやらロザミの傷はそんな深いものではなかったらしい。
まだ事件の真犯人はわかっていなかったので、今度は誤解されないように異能を用いてあの時の状況を見せた。
結局、矢に魔法をかけたのはシカードで、矢を撃ち込んだのはジムニスだったようだ。
矢に2種類の魔法がかかっていた、という事だけは本当だったようだけど、それはロザミが自身の魔力でかき消したとのこと。
アテにはしてなかったけど、検察を演じた二人は何から何まで嘘をついていたようだ。
「皆さん、お騒がせしました。私はもう大丈夫です。
さあ、官吏達よ。彼を開放し、かわりにこの者を連れていきなさい」
ロザミがそう言うと、龍神さんは手錠を外されて開放され、代わりにシカードがその手錠をかけられた。
「龍神さん…!」
「アレイ、心配かけてすまなかったな。
そっちで何があったのかは聞いた。大変だったな」
「いえ…それより、無事に戻ってきてくれてよかったです。
ずっと心配してました!」
「はは、そうかそうか。心配しててくれたのか…」
彼はシカードを連行して行く官吏達の方を見て、
「殺人鬼イコール100%悪人とは限らない、お分かり?」
と、どこか悪意を含ませたような、捻くれた表情で言った。
「…そうだな。少なくとも、お前が根っからの悪党でない事は認めよう。
前回はリアースの実態を暴いた上、今回は間接的とはいえ、皇魔女陛下の暗殺未遂事件の犯人を捕えるのに協力してくれたのだからな」
「俺は別に協力なんかしちゃいない。こうなることは目に見えてた。…だから、最初に言っただろ?
つーか、犯人逮捕に協力したのはアレイだ。例ならアレイにしな」
「そうか」
官吏は私の方を向き、
「ご協力いただき、感謝する。後ほど謝礼をお送りする」
と言ってきた。
「いえ…」
「もう一人…朔矢の方にも何か謝礼をせねばな」
「あ、朔矢さんならもういないですよ。
そんなものいらない、とかって言って、どこかに行きました」
「そうか」
私達が城に戻ると、ルーユさんとリヒセロさんが出迎えてくれた。
二人は私達の無事を喜ぶのはほどほどにして、本題に入った。
「今晩、死霊騎士達がまた来るようです」
「いよいよじゃ、頼むぞ。わしは戦いは出来ぬが、町を守るため精一杯の事をしよう」
「ありがとうございます。
ここにいるみんなで、この町を守りましょう!」
「はい!この国は、私達のものです!
誰にも渡しません!」
それからは手分けして戦闘の準備に入った。
ルーユさんは町と城に結界を張り、町を守る城壁に硬化魔法をかけて守りを固くした。
ロザミ…もといマーシィは日没までには帰宅し、最大限の防御をするように、という旨の放送を国中に流した。
リヒセロさんは兵士を集めて状況を説明し、戦いの参加者を募った。
私達はことを終わらせたリヒセロさんと武器の調整や手入れをし、その後話し合いや細かい部分の確認、調整をした。
まず、戦闘は夜になると思われるものの、この町は元々暗視魔法がかかっているので夜でも視界は確保できる。
次に、敵は恐らく数百から数千体のアンデッドを引き連れてやってくると思われる。
町の兵士には光魔法を使える者が少なからずいるけど、魔力の事を考えるとやはり物理が確実だろう、という事で銀製の武器や聖水を集めることになった。
銀武器と聖水…
言われてみるとなかなかないものだ。
魔法都市ならあるかな、とか思ったんだけど…
現実はそう上手くいかないらしい。
目標は兵士の数と同じ2000個だったけど、1時間半かけて探し回ってもその四分の一も集まらなかった。
「思ったよりはるかに少ないな…。
これは、ちょっとまずいぞ…」
「どうしましょうか…」
龍神さんと話し合った末、兵士達には防御しつつアンデッドにダメージを与えてもらい、私達がトドメを刺していくことにした。
アンデッドは通常の攻撃では殺せないけど、弱らせることは十分出来る。
と、そこにリヒセロさんがあるものを持ってきた。
「リヒセロさん、それはもしかして?」
「回復薬ですよ、負傷者が出る事は避けられないでしょうからね」
バスケットにどっさり入った回復薬。
それを見て、龍神さんが目の色を変えた。
「なんでこんないっぱいあるんだ?」
「この城では、様々な種類の薬草を育てていましてね。これはそのうちの一つ、アロマル草から作った回復薬です」
「え、草を育ててるのか!?」
「はい。魔法の国ですから、ごく普通の事かと」
「いや、まあ…そうか。
その草ってのはどこで育ててるんだ?」
「専用の温室です。
もしかして興味がおありなのですか?」
「ああ。ただ、温室じゃなく草の方にな」
そして、私達はアロマル草が栽培されている温室へ案内してもらった。
龍神さんは、ズラッと並ぶアロマル草を見て、「これだけありゃ十分だ…」と、にやりと笑い、リヒセロさんにこう言った。
「これ、使っていいのか?」
「ええ、好きなだけ使っていいのですよ」
「じゃ、あるだけ採っていこう」
「え?」
私とリヒセロさんが同時に言った。
「回復薬の材料になる草は、アンデッドには有効なダメージソースになる。
…いいか?奴らは既に死んでいる存在、だから生者にとって薬になるものは害になる。つまり…」
「この草の薬効が、アンデッドにとっては毒になる、と?」
「そうだ。この草をすり潰して、武器に塗るんだ。
そうすれば、アンデッド相手には聖水を塗った武器と同じ効果がある」
リヒセロさんは納得していたけど、私は反対した。
「そんな事をしてる時間はありません。
回復薬に浸ける、ではダメですか?」
「…そっか、それだ!それでいこう!」
という訳で、常備されている武器を片っ端から回復薬に浸けていった。
大変な作業だったけど、ルーユさんやロザミも協力してくれた。
二人共、これで町が助かるなら安いものだと考えたらしい。
結果、日没の1時間前には終わらせられた。
あとは、最後の準備をするだけだ。
戦いは深夜、又は夜明けまで続くかもしれないということで、今のうちに食事を済ませておく事になった。
豪華なステーキやらサラダやらだったけど、これが戦いの前の晩餐だと考えるとどうも美味しく感じられない。
食事を済ませ、城の塔に登ったのは日没15分前の事だった。
暮れゆく西の空。
空が闇に染まってゆくのと同時に、ただならぬ雰囲気が漂い出す。