裁判・決闘
裁判長からの許しも出た事だし、早速始めようか。
…とその前に、邪魔なものをよけないと。
「[ビィカランザス・デリーク]」
証言台や机など、障害物になるもの全てを術で一時的に消し去る。
もちろん、傍聴席の方に流れ弾が飛んでいかないように結界も張る。
それを見た裁判官や傍聴人はにわかに驚いていた。
魔法都市の人なら、そんな驚く事でもないと思うのだけど。
水兵が一時消去の魔法を使える事に驚いたのだろうか。
まあそれはいい。
これで会場は出来た、次はルールだ。
「ルールはどうしましょうか?」
「ルール…?そんなんいらねえだろ!」
…まったく、野蛮ね。
何の為に決闘するのかわかってないみたい。
「これはあくまでも裁判ですからね?普通の決闘や殺し合いとは違います。
きっちりしたルールを設け、それに則って行うべきです」
「…ああもう、わかったよ。好きにしろ」
まともに取り合う気がないようだ。
私を始末できればいいのだろうか。
「そうね…
朔矢さん、何か案はあります?」
「特にはないわね。
ま、変なギミックとか条件とか無しの、普通のでいいんじゃない?」
「わかりました。では…」
普通の、というとルールはこうだ。
「制限時間は10分。
相手を二人共倒すか降伏させる、または戦闘不能にした方が勝利。
技・術に制限はなしで、時間切れになった場合、双方の代表1名が時間無制限の一騎打ちを行う。
審判及び開始と終了の宣言は裁判長が務める」
長らくやってなかったけど、覚えててよかった。
このルールは数万年間全く変わっていない。
一応今ではいくつか違うルールで行われるものもあるけど、基本というか源流はこのやり方だ。
「へえ、よく知ってるわね」
「やった事ありますし。
というか、覚えなきゃなかったので…」
「…?」
「あ、いえ、なんてもないです。
それより…」
私は、二人の殺人鬼を見た。
「どうですか?ここまでで何か、不満や意見はありますか?」
「いんや、何も。やれりゃそれでいい」
「むしろ変な小細工された方が気に入らねえからな、正々堂々やるんなら文句はねえよ。
とっとと決着つけようぜ」
なんと血の気の多いことだろう。
まあいい。ケチを付けられないだけましだ。
―以前は説明の途中でも斬りかかってくる者がいたのだが。
今の殺人鬼は、昔と比べれば大分聞き分けがよくなったように感じる。
「では、裁判長。開始の宣言をお願いします」
「うむ。では、決闘開始!」
最初はジムニスが先陣を切った。
「っし、やってやるぜぇ!」
弓に矢をつがえ、矢に黒いエネルギーを収束させて放ってきた。
躱したけど、矢はターンして私を追ってきた。
なるほど、追尾技か。
「っ…」
ただ避けるだけではいずれ追いつかれる。
こういう時は…
「[アイスミスト]!」
冷気の霧を撒いて矢の速度を低下させ、引き付けて指ではさんで取る。
そして、弓につがえて撃つ。
「おっと!」
ジムニスが矢を避け、シカードが矢を切り落とした。
続けて、奴は朔矢さんに斬りかかった。
朔矢さんは短剣を交差させて剣を防ぎ、足を払った。
シカードはジャンプしてそれを避け、朔矢さんもジャンプ。
空中で斬りあいながら、朔矢さんは隙を見てジムニスに短剣を投げた。
奴は同じ手は食うかとばかりに短剣をかわし、槍を取り出して私に突っかかってきた…
いや、突っかかってくるように見せかけて途中で止まって槍を投げつつジャンプし、火の魔弾を撃ってきた。
こちらの属性を悟られるとまずいかもしれないので、「星」の星術で対抗する。
「星術 [ロマンチックボルト]」
水の魔弾を撃ち出して向こうの槍と魔弾を相殺、さらにそのまま星術で追撃する。
「星術 [スターバースト・ドリーム]」
ジムニスも対抗して、星術を使ってきた。
「太陽術 [シャインロード]」
向こうの星術が太陽術なら、まだ勝ち目はある。
太陽の術は火と光の2属性術なので、水と地の2属性術である星の術で立ち向かうのは理にかなってはいる。
とは言え、私は元々氷属性なので、太陽術をまともに喰らえばまずいのは間違いない。
なので、水の装具という術を使っておいた。
これをかけておけば、火・水・氷の属性ダメージを抑える事が出来るのだ。
「守りの術をかけたか…ならこうだ!」
奴は槍を握り、刃先に炎をまとわせた。
そして、それをぐるぐると目の前で回して旋風を起こし、炎を放射してきた。
アクアメイルの効果は確かなものだけど過信はできないので、水の壁を張って防ぐ。
「星術 [ウォーターシールド]」
「守りも結構だけどよ、なんか攻めてみろよ!俺はまだまだ無傷だぜ?
[コロナバースト]!」
喋りながら術を飛ばしてきたので、再びガードした。
なんか煽られた気がする。
挑発は流せるけど、確かにそろそろ攻めないとまずい。
そこで…
「[海の力]」
海人特有の術、海術で私の全ての技と術の威力を強化しつつ、全員の使う水属性攻撃・術の威力を上げる。
さらに、全ての火属性攻撃・術の威力を下げる。
そしてその状態で、術を放つ。
「星術 [マーキュリーホライズン]」
「星」の星術が司る水と地の属性、その両方を持つ術。
星術の醍醐味とも言える、2属性複合術だ。
2つの水柱が向こうに向かって迸り、直後に地面が割れて濁流が噴き出す。
火属性相手なら効果は抜群のはず。
「ぐぼぉぉっ…!」
ジムニスは錐揉み回転しながら吹っ飛び、倒れる。
追い打ちをかけるように、水の結界を張って封じ込めた。
これで時間稼ぎは出来た。
あとはシカードをなんとかすればいい。
っと、それで思い出した…
朔矢さんの方は今どういう状況なんだろう?
答えは考えるまでもなかった。
なぜなら―
「[ブラストソード]!」
「[ドライブスピン]!」
私の目の前で、派手にやり合っていたから。
えーと…
シカードが剣を振り回しているのはわかる。
でも、朔矢さんが使っているのは何?
外見は円盤のようだけど、縁に刃がついている。
一箇所に紐がついていて、朔矢さんはその先を指に巻いてその武器を扱っている。
あれは、一体何だろう?
見たところ、構造や動きは完全にヨーヨーのそれだ。
ヨーヨーを武器として改良したものだろうか?
とすれば、オリジナルの武器か。
「[フォワード・パス]」
朔矢さんは左手の短剣でシカードの剣を防ぎつつ、右手でヨーヨー状の武器を前に投げて攻撃する。
「相変わらず変な動き方しやがって…
こうなりゃ、さっさと決めてやる!」
シカードは業を煮やしたのか、一度後退して剣を横に構え、走りながら切り抜けた。
しかし、朔矢さんが突き出した足につまずいてしまった。
そしてそこに、私がマチェットを振り下ろす。
もちろん、直後に全身を凍らせて動きを止めた。
「ナイスアシスト、ね」
朔矢さんは裁判長の方を向き、
「これで決まりね?さっさと宣言してよ」
とうんざりしたように言った。
「そ、そうだな。
…原告が戦闘不能に陥ったため、この決闘は被告の勝利とする。
よって、原告の訴えを退け、被告人を無罪とする…」
よかった。
強引な形ではあったけど、無罪になる事が出来た。
「終わったわね」
「朔矢さん、ありがとうございました!」
「…別に。気にしなくていいわ。あんた達には、色々と面白い物を見せてもらったからね」
「え?」
そういえば、結局朔矢さんはどこからどこまでを見てたんだろう。
「あんた達がメルトンに来た時から、全部見てたわよ。通行人とか街灯、あと石ころなんかに化けてね」
「そうだったんですか…全く気づきませんでした…」
「そりゃ、簡単にバレちゃ話になんないからね。
ま、正直あんたには何回も驚かされたけど」
「星気霊廟の試練を受けてた所も見てたんですか?」
「ええ。あの時は壁とか花壇に化けてたわ」
「なんで、私達をずっと見てたんですか?」
「あんた達は面白い。それに、個人的にあんたに興味があるのよ」
「それはどういう…」
「…ま、深く気にしないで。
それより、こいつらはどうしよっか」
動きを完全に封じた二人の殺人鬼。
この二人をどうするかは、もう決めている。
「こっちはこのままにしておいて、官吏が戻ってきたら龍神さんと引き換えに身柄を明け渡しましょう」
シカードの方はそれでいいと思う。
龍神さんのかわりに、こいつに捕まって貰おう。
「じゃ、ジムニスの方はどうするのよ?」
「それはもう決めています。ちょっと待って下さいね」
裁判長から彼の処分の許可を得て、魔空間を作り出して彼を引き込む。
「っ…魔空間なんかに連れてきやがって…
てめえ、何するつもりだ!」
「何だと思う?」
「あぁ?なんだ、死にてえのか?」
結界を解いてすぐこれだ。
この男。
私を嵌めようとした挙げ句、決闘に負けておきながら、まだピンピンしてる。
「…」
まあいいわ。
どうせこの男に未来はない。
なぜなら…
「お、おい!何する所だ!?」
「決まってるじゃない。あんたを処分するのよ」
「はぁ?…え、ちょ、待てよおい!」
今更慌て始めたけど、関係ない。
シカードはこいつの仲間だったし、龍神さんを売り渡した張本人だけど、直接私を嵌めようとした訳じゃないから、少なくとも殺しはしない。
けど、こいつは違う。
こいつのせいで、私は捕まる所だったのだ。
こいつはきっと、私を所詮小娘だと甘く見ていたのだろう。
でも、それは大きな間違いだった。
私を怒らせたらどうなるか。
文字通り、その身をもって教えてやる。
「何言っても無駄よ。あんたの事、絶対に許さないから」
限界まで魔力を高め、魔弾を放つ。
奴の体はたちまち凍りつく。
これは先程のシカードのものとは違う。
凍らせた、というよりはほぼ凍死させた状態だ。
あとは、これを吸い寄せて…
私は、自身が凍らせたものを操れる。
そして…私の体に溶け込ませる事もできる。
「[氷結融合]」
凍てついた肉体が溶けこんでくる。
凍らせた相手を私の体と溶け合わせ、その体と力、記憶を吸収する。
これが、私なりの『処分』の仕方なのだ。
やがて、奴は完全に私と溶け合った。
これで、完了。
あいつの肉体と力、そして記憶は、永遠に私のものだ。
弓の扱いが、少しばかり上手くなった気がする。
奴は、なかなかの弓の使い手だったらしい。
「…ごちそうさま。
ちょっと技量が上がったかもね。
さて、戻らないと」
少しばかり軽くなった足を動かし、魔空間を出る。