裁判・弁論手続
「では、論告を始めます…」
果たして何を言い出すのか。
法廷内の全ての視線が検察に向けられた。
「陛下の傷と被告の当時の装備、状況を踏まえると、被告は最初から陛下を殺害する目的で接近し、攻撃したと見て間違いないと思われます。
そして第一発見者を装い、自作自演をはかった…
ということではないでしょうか」
今すぐ二人を氷漬けにしてやろうかと思った。
こんな理不尽な事を言われたのは久しぶりだ。
同時に、ここまでの怒りを覚えたのもまた…。
「そして、この行為は当然ながら大逆罪に該当するものであります。
結果的に陛下は崩御なさっていないにせよ、一種のテロ・国家に対する反逆行為であり、厳正に対処すべき事案であると考えます」
そして、検察は無駄に間を開けて言った…
「以上より、被告は有罪であり、終身刑を求刑します」
次の瞬間、私は検察に飛びかかっていた。
…傍聴席から手が上がっていなければ。
「裁判長、発言権を求めます」
「…よろしい。発言権を与える」
手を上げたのは、黒髪に白いワンピースの一人の女性。
「1つ質問をさせていただきますが、なぜ被告人に弁護人がいないのでしょうか」
そう言えばそうだ。
どんな裁判でも、被告には弁護人がつくはず。
「諸般事情により、被告の弁護につける人員を確保出来なかったのだ」
「それは、なぜでしょうか」
「その質問に答える事はできん」
「そう、ですか…」
すると女性は、はあ、とため息をつき、
「ずいぶん変な裁判ね」
と唸るように言った。
「…何だと?」
「聞こえなかった?変な裁判だな、って言ってんのよ」
「なんだ、裁判に何か文句があるのか?」
「当然でしょ?被告に弁護人も証人もつけないで、検察が一方的に言葉責めしてるんだもの、これじゃ有罪にならない方がおかしいわよ」
裁判官と検察が怖い目で女性を睨んだけど、彼女は怯まない。
「てか、裁判長さん。検察の陳述に変な所があったって気づかなかった?」
「それは、どのような意味かね」
「そのままよ。まず検察は、ロザミに刺さってた矢とこの子が持ってた矢が同一のものだなんて一言も言ってない」
それを聞いてすぐ、検察が反応した。
「そ、そうだ!陛下に刺さっていた矢は、被告が持っていた矢と同一のものでした!」
「取ってつけたような言い方ね。じゃあ聞くけど、矢が前から刺さってたのはなんで?」
「それは、前方から被告が射撃したからで…」
「そんな訳無いでしょ?目の前で、それも至近で気づかれずに弓で腹を射るなんてできる訳ない。
そもそも、この子が負傷魔法やら何やらを使えるか確認したの?」
そっか、そうよねと思った。
私は負傷魔法は使えるけど、普通はまず使えるか確認するものだろう。
「確認はしていないが、矢に負傷魔法がかかっていたので、被告が扱えるものと考えられ…」
「ふーん?それじゃ、検察さんはこの子がやったって決めつけてる訳ね?」
「そういう訳では…」
「そういうことでしょ。そもそも、この子に皇魔女陛下を殺すメリットがあると思う?」
「というと?」
「この子はレークの町の娘。わざわざこんな所まで、ロザミを殺しにくる理由はないと思うんだけど?」
「それは…裏で殺人者や反国家組織と繋がっていると考えれば説明がつくだろう」
「なんでそう言い切れるの?
そういう所はなんで調べてないの?」
あれ?と思った。
この人、もしかして…
「…」
裁判官が黙りこみ、
「…黙れ!部外者は余計な口を出すな!」
今まで黙っていたもう一人の検察が女性に注意?激昂?した。
「あら、ずいぶん苛立ってるみたいね?」
ここで女性は、裁判長の方を改めて見た。
「こんな変な検察がいる裁判に、平等性なんて皆無なんじゃない?
裁判長さん、まずはこの子じゃなく、この検察を裁判にかけるべきなんじゃないかしら?」
「…黙れ、黙れ!
裁判長、この女に退出命令を!」
しかし裁判長は、うむ、と頷き、
「確かに彼女の言葉にも道理がある。この裁判は被告に著しく不利なものであった。正当な用意と手続きをした上で、後日改めて行う」
と言い出した。
「な…裁判長!」
検察二人がそれは困る、という顔をした。
「あら、何?あんた、何か困るの?」
「うるさい!お前に関係あるか!」
「大有りよ。だってあたしは、この子の保護者の知り合いだもの」
「なんだと…!?」
そして、彼女は本来の姿を現した。
「お、お前は…!」
裁判官が驚きの声を上げ、傍聴人がどよめく。
同時に私は、やっぱりそうだったんだ、と思った。
「知らない人ははじめまして、ね。
あたしは甘爛朔矢…殺人鬼よ」
「さ、殺人鬼…!?」
「あ、安心して。今日ここに来たのは、皆さんを殺るためじゃないから」
「え…?」
「今日あたしがここに来たのはね…」
朔矢さんはここで言葉を切り、電光石火の早業で短剣を取り出し、二人の検察に向かって投げた。
「ぐはっ…!」
短剣は二人の胸に刺さり、二人は頭を垂れた。
「な…!」
この隙に、卓上の装備を全て取り返した。
「あ、まだ終わりじゃないわよ。
ほら、よーく見なさい」
朔矢さんがそう言うと、検察の体がグネグネと歪み始め、次第に本来の姿に戻ってゆく。
その姿を見て、私も驚いた。
右側の検察は、昨日の男だったのだ。
「こ、これは一体…!?」
うろたえる裁判官に、朔矢さんは説明した。
「ご紹介しなきゃね。
右はシカード・ヴァロン、剣の使い手。
左はジムニス・ラーニン、弓の使い手。
あ、そうそう。どっちも殺人鬼よ…タイプ1のね」
(タイプ1…?)
昨日、龍神さんが連行される前に言っていた事を思い出した。
『そいつも殺人鬼だぜ?』
『俺とは別のタイプだけどな』
『俺を吊ってる暇があんなら、そいつをしょっぴいた方がいいと思うぜ』
彼は、嘘なんかついてなかったんだ。
「ちっ…!」
二人は起き上がってきた。
左の男…ジムニスは、私の方を見て罵声を浴びせてきた。
「もう少しだったってのに、悪運の強いガキだ!」
「はあ…?」
私は男を睨みつけた。
「もう少しで、何?私に無実の罪を被せられたのに、って?」
「ああそうだよ!テメエが大人しくブタ箱に入ってくれりゃ、俺達は万々歳だったのによ!」
「へえ…」
こいつ、凍死させてやろうか。
と思ったけど、ぐっと堪えた。
「朔矢…このアマ、余計なことしやがって!」
「それはこっちのセリフよ。
おかげで、表に出てこなきゃなくなったじゃない」
「え…?」
サラッとアレな台詞を聞いた。
ってことは朔矢さん、もしかして今までずっと私達の事を隠れて見てたの?
いや、助けに来てくれたからいいけど…
正直、ちょっと気持ち悪い。
「ま、でも正直よかったわ。
色々とクドいあんた達を始末できるんだし」
「そうかい…そりゃ、お互い様だ!
俺達もてめえらを始末できりゃ文句ねえ!」
「こんな晴れ舞台で遊べるたあ、光栄だぜ…
朔矢さんよ、それに例の妹さんよお…たっぷり遊んでやるよ!」
「それはどうも。
てことで、こっからはあたしが彼女の弁護人ね」
朔矢さんが、私の肩に手を置く。
「ありがとうございます、朔矢さん、
…さて、私達と遊んでくれるのよね?いいわよ。私も、あんた達に一矢報いないと気が済まないからね」
ここで裁判長の方を向き、少しばかりかしこまって言った。
「裁判長、お見苦しいものを見せてしまい申し訳ありません。
誠に勝手な提案ながら、ここからは裁判を決闘方式にするのは如何でしょう?」
「…何…?」
「見ての通り、この裁判には証拠も証人も不十分です。
そして、私も検察も主張を変えるつもりはありません。
なので、ここは急遽裁判方式を変更し、私達と検察との決闘で解決するのがよろしいかと。
検察が勝利したなら、私は弁護人共々、どんな罪でも受け入れます。
私達が勝利したなら、私を無罪放免としていただきます。
如何でしょうか?」
裁判長は、縮み上がって即答した。
「そ、そうだな…。
よろしい、ではこれより、決闘裁判を開始する!」
殺人鬼(タイプ1)
正式名称は「精神病質性殺人鬼」。
殺人鬼全体の1割ほどを占める。
生まれつき脳にある種の異常があった人間の一部が殺人鬼となったもので、知能が高く冷静なのが特徴。
人情や良心が皆無で、人と心を通わせる事がなく、他者とは表面上の関係しか築かない。
衝動的ではあるが自身をコントロールでき、殺人鬼である事を隠して長期的な職につき成功を収めることもしばしば。
計画的な殺人や連続殺人を好む他、他者を操り、利用するために嘘をつく。
遺伝などによる先天的ないし病的なものであるため、基本的に治ることはない。
「殺人鬼になるべくして生まれた者」ないし「心を持たずして生まれた者」と見る事も出来る。
殺人鬼(タイプ2)
正式名称は「社会病質性殺人鬼」。
殺人鬼全体の9割が該当し、ノワールにおける殺人鬼の大半を占める。
元は正常な人間だったが、幼少期に苛めや虐待、差別などを受けた結果、異常な人格を有した者が殺人鬼化したもので、知能は高くはなく感情的なのが特徴。
良心が欠落しており人と心を通わせるのが困難だが、わずかながら人情があり、自身を認めてくれる者には友情や仲間意識を持つ。
タイプ1より衝動的で自身を制御できず、例え就職してもその特性故に殺人者である事がバレやすく、長期的な職に就くことが出来ない。
殺人は無計画かつ衝動的だが、猟奇的な方法での殺人や大量殺人を好む。
自身が得をするために嘘をつくこともあるが、多くは無意味な嘘をつき人を騙せるか試して楽しんでいる。
環境要因の結果変化した後天的なものであるため治療は可能だが、常人ではとても耐えられないほど辛く、闇の深い過去を知り、向き合わなければならない。
「殺人鬼にならざるを得ずしてなった者」ないし「心の欠落した者」と見る事も出来る。
タイプ1の殺人鬼と種族上は同じだが、本質的には全く異なる存在。