裁判・証拠調べ
翌朝…
私は、牢の中にいた。
あの後、近くにいた人に助けを求めた。
かけつけた人達によってロザミは医務室へ運ばれ、私は事情聴取を受けた。
私はただ彼女と話していただけで何もしていない、そう説明した。
でもそんな中、ある一言が野次馬の中から飛び出した。
「第一発見者が一番怪しいよな…」
官吏がその言葉を真に受けてしまい、私は無実であるにも関わらず詳しい調査を受ける事になった。
詳しい調査、というのは即ち裁判だ。
調査は明日の朝に行うので、とりあえず今日は牢に入れておこう、という訳で私は装備を全て取られた末にこの牢に投獄され、一夜を過ごしたのだ。
(最悪…なんでこんな事に…)
もう泣きたいくらいだった。
ロザミが大丈夫なのかも気になるけど、それより私がこれからどうなるのか気になって仕方ない。
私は何もしていない。
無実の罪で捕まった上、裁判にかけられるなんて最悪だ。
龍神さんとも離れ離れになってしまったし…。
私がロザミを狙ったという決定的な証拠はないだろうから確率は高くはないだろうけど、もし有罪になれば良くて数年の懲役、悪くて死刑だろう。
どちらにせよ、私の旅はここで終わってしまう。
でも、私にはどうすることも出来ない。
無罪になる事を祈るしかない。
そして、裁判が始まった…。
「では、裁判を開廷する…」
私が座った席から見て右の法壇には3人の裁判官が座り、正面には二人の役人(おそらく検察官だろうか)が座った。
そして、左の傍観席には様々な立場の人々が所狭しと座っていた。
最初に裁判官が声をあげた。
「はじめに申し上げる。被告人の罪状は、国王陛下への大逆、以上である」
大逆?
という事は、ロザミは死んだの?
気にはなったけど、今喋っても仕方ないのでこらえた。
「続いて、意見陳述を行う。被告人は前へ」
私は証言台に立ってすぐ、今しがた浮かんだ疑問の答えを聞いた。
「最初に質問させて下さい。皇魔女陛下は、亡くなったのですか?」
「陛下は亡くなられてはいないが、意識を失ったままだ。回復にはひと月はかかると思われる」
「そうですか…」
ここで私は、改めて言いたい事を言った。
「皆さん、信じて下さい。私は無実です。昨晩、私は偶然付近を通りかかった皇魔女陛下から話しかけられ、しばらく私的な会話をしていました。その最中突然陛下が倒れてしまい、最寄りの方に助けを求めたのです。
私自身は、陛下の身に危害を加えるような事は一切していません。
…以上です」
「よろしい。では、次に冒頭陳述を行う。
検察は陳述を」
そして、検察官が喋りだす。
「皇魔女陛下の負傷は、下腹部に受けた魔力矢によるものであった。魔力矢にはいずれも中級の気絶魔法と負傷魔法がかかっており、傷の深さと魔法の強さから、ごく至近から撃ち込まれたものである可能性が高いことが確認された」
ここで、もう片方の検察官が何かを取り出し、卓上に並べた。
それは、昨日奪われた私の装備だった。
「これらは当時の被告の装備品です。
調査の結果、この弓と矢はとちらも膨大な魔力を流しこめる構造になっており、ある程度の魔力を流せば相当の威力が出る事が判明しました。
なおこちらの山刀にも、同様の性質を確認しました。
被告は当初より陛下の暗殺を目的としており、昨晩あの場所で計画を実行したのではないでしょうか」
あんまりな陳述に、思わず声を荒らげて喚いてしまった。
「な、何を言ってるの!?私はそんなつもりは全くありません!思い込みで喋らないで!!」
「静粛に…。
では次に、被告人に質問する。まず、これらの装備は自作か?」
「弓は長から貰い、刃物の方は不死者を倒した際に落とした物を拾いました。矢のみ自作です」
包み隠さず、全てをありのまま話す。
それ以外に、私に残された道はなさそうだ。
「そうか。では次の質問だ。これらに何らかの改造を施したか?」
「いいえ、そのような事は一切行っていません。
一部の矢に、ごく一般的な刃薬を塗った程度です」
「被告はそう言っているが、検察、それは事実か?」
「はい。確かに複数本の矢に刃薬が塗られているのを確認しましたが、いずれも一般的なものでした。
今の被告の言葉に嘘はないものと思われます」
「そうか。では次、昨晩、陛下と会うまでの間、あの場所で何をしていた?」
「単に外の景色を眺めていただけです。あの場所を選んだのは偶然であり、深い意味はありません」
と、ここで検察が頭を突っ込んできた。
「異議あり…
当時はまもなく就寝時間となる時間でした。被告もそれを知っていたはずですし、被告の部屋は現場からかなり離れた所に用意していたはずです。
そして、あの廊下は丁度陛下の寝室へ通じています。
事前に何らかの手段で下調べを済ませ、現場で陛下を待ち伏せしていた可能性もあるかと」
「…!」
この検察、よくもまあ色々と想像出来るわね。
殺人者ならともかく、旅の水兵がそんなことやったり考えたりする訳ないでしょうに。
そんな言葉を押さえながら、私は陳述を続ける。
「…私は、個人的趣味として景色を眺めるという嗜好を持っています。
与えられた部屋から見えるものでは十分な感動を得られず、部屋の外で好みの景色が見える所を探し歩いていたのです」
「そうか。では次の質問だ、部屋の外に出た時、武器を持っていたのはなぜだ?」
「これまで武器を持ち歩くのが基本だったので、それによる癖に過ぎません」
「異議あり。
一介の水兵が、屋内や宿にいる時も武器を持ち歩く習慣をつける必要性は薄く、この話は信憑性が低いように思われます」
…また検察か。さっきから何なのよ、もう。
なんかイライラしてきた。
「それについては、事情を説明いたします。
私は訳あって、殺人鬼と行動を共にしていました。
屋内であっても敵対組織の者に襲撃される可能性があったため、武器を所有していただけです」
すると、今度は裁判官が質問を投げかけてきた。
「その目的とは?」
「申し訳ありませんが、それは言いたくありません。
ただし他者、ましてや皇魔女陛下やその関係者様方に迷惑をかける事では断じてありません」
再生者の下僕はあちこちに、多様な形を取って潜伏していると聞いたことがある。
この法廷にいる人達もそうだけど、聞いている人達がどこの誰で何者であるのかわからないので、旅の目的は言わない事にしている。
さて、まあ予想通り検察が食ってかかってきたけど、
「被告人には黙秘の権利が認められている。プライベートや個人・組織の主目的に大きく関わる機密性の高い情報を、無理に言う必要はない」
という裁判官の言葉で食い下がった。
まったく。
ちょっとは黙ってなさいよ。
「…さて、これが最後の質問だ。
これらの装備品を持っていた目的は、自衛や狩猟か?」
これは、ちょっとリスクがあるので悩んだが、素直に答えた。
「基本的には自衛です。
戦闘の際も、あくまでも最低限の戦闘のみにしています」
「そうか。これで質問は以上だ」
裁判官は、横で記録を取っていた裁判官と何か話し、こう言った。
「では次に、弁論手続きを行う。検察は論告の用意を」
検察官が書類をぺらぺらとめくり始めた。
次は何を言い出すつもりなのか、気になって仕方ない。
私がどうなるかは、こいつが今から何を言うかにかかっていると言っていい。
あんた、変な事言ったら絶対に許さないからね…
そう怒りを滾らせながら、その手を睨みつけた。