連行
マトルアの門の前に戻ると、門番はいなかった。
町が、何やら騒がしい。
恐る恐る町に入ってみると、中央の街道に人が集まって何だか騒いでいた。
「嫌な予感がするな…」
「そうですね…」
試練を終えた時に体力と魔力は全快しているので、もし戦う事になっても大丈夫だ。
しかし、一体何があったのだろう。
ルーユさんの話では、死霊騎士達が来るのは明日との事だった。
となると…?
「あれ?あれって…」
よく見れば、街道に集まっていたのは町の術士や魔法使い達だった。
「ありゃ、ただの馬鹿騒ぎじゃないな。何かあったんだ!」
龍神さんが走り出し、私もついていく。
人混みに遮られて騒ぎの現場は見えなかったけど、怒号は聞こえてくる。
何だろう?喧嘩?
「!おいおい、マジか…!」
私は何が起こったのかわからないけど、龍神さんはわかったらしい。
彼は人混みの中に入り込み、人々を掻き分けて進んでいった。
私はジャンプして、人混みを飛び越えて行った。
そこでは、一人の男が術士達を相手にして暴れ回っていた。
男は波打った刃の剣を振り回して術士達ともめている。
「暴れるな!お前の味方はいないんだ、大人しくしろ!」
「だから何だ!関係ないね!」
「すでに中央王国の官吏を呼んである!
お前はもう袋のネズミだ、観念しろ!」
「んだと!?」
と、男は龍神さんの顔を見るなり、
「ん?…あ、あんたは!」
と言い出した。
「えっ…?」
人々はざわめき、二人に視線が集まった。
「何?この男はお前の知り合いなのか?」
「ああそうだよ、こいつは知り合いだ!ずっと一緒にいたんだが、途中ではぐれちまってな!」
知り合いではあるかも知れないけど、一緒にいたというのは間違いなく嘘だ。
だから私は、弁明した。
「違います!彼は、ずっと私と一緒でした。
その人の言っている事は、嘘です!」
すると、男は舌打ちをした。
「…へえ、珍しい種族の女がいたもんだな。
お嬢さんよ、教えてやる。あんたは騙されてんだ。
知ってるか?そいつは殺人鬼だ。殺人鬼が人と仲良しこよしする訳ないだろ?」
それを受けて周囲は再びどよめいた。
「殺人鬼…?」
「そうさ!俺は荒くれ者の守人だ、けどこいつは今まで何百人も殺してきた殺人鬼だ!
その女だって、騙されてるに決まってる!」
「…でも、彼は嘘なんてついてません!殺しもしてないし…」
「甘いね。殺人者ってのは、嘘を見抜かれないよう上手く振る舞うもんだ。
それに、殺しをしてないってのが本当だとして、それはあんたに会った後の話だろ?」
「それは…」
龍神さんは、鋭く光るような目で私と男を見ている。
「あっ、そうそう。せっかくだからいい事を教えてやる。
そいつの名前は冥月龍神…セントルの殺人鬼だよ」
たちまち人々の目線が彼に集まる。
「あ!本当だ!見たことある!」
誰かの声が響いた直後、警備員達が来て彼を拘束してしまった。
「あっ…!」
「一応確かめよう…ふむ、変身魔法は使っていないな。間違いなさそうだ、連れていけ。ノグレの官吏が来たら二人そろって突き出せばいい」
「ちょっ…待って!」
私の声は、警備員達に届く事はなかった。
龍神さんは、警備員達を睨みつつも大人しくしていた。
そして拘束され、連行されそうになった時、
「そいつも殺人鬼だぜ?」
と呟いた。
それに、警備員が反応した。
「あの男がか?」
「ああそうだ。俺とは別のタイプだけどな」
「ああ?なんだ、言いがかりか?」
男が食ってかかったが、彼はそれには答えず、一度男を睨みつけ、すぐに警備員に視線を移した。
「それは本当なのか?」
「…俺を吊ってる暇があんなら、そいつをしょっぴいた方が良いと思うぜ。言っておくが、そいつの方がよっぽど危ない奴だからな?」
人々は、龍神さんを注視する派閥と男を注視する派閥に分かれた。
「おいおい、待てよ…」
男は勘弁してくれよ、という顔をして、
「皆さん、騙されんなよ!
こいつの言う事なんか信じちゃだめだ!こいつは殺人鬼だぜ?どんな状況でも、遠慮なく嘘をつけるし、芝居も出来る!
俺は確かにここで暴れたけど、誰も殺しちゃない。対してこいつは、今まで何人殺したかわかんねえくらい殺してきた!」
ここで、男はため息をついて一度冷静になった。
「…てか、普通に考えりゃわかるだろ。破落戸と指名手配犯だったら、どっちを捕まえた方が価値があると思うよ?」
男のもっともらしい言葉に納得する者がいたのか、警備員達は少し話し合って結論を出した。
「殺人鬼はノグレの官吏に身柄を引き渡す。破落戸は、城で然るべき処分を下す。
少女の方は…しばし城で保護する」
「えっ…!そんな…!」
私とは逆に、男の方は安堵の声を上げた。
「はーあ、これで解決だな。
警備員さん達が話がわかるようでよかったよ」
かくして、私は男と共に城に連行され、龍神さんはノグレの使者の元に連れていかれてしまった。
それから私は、男とは別に事情聴取をされた。
私がリアースの事件の際に龍神さん達に助けられたレークの水兵である事、龍神さんと今まで旅をしてきた中で、彼のおかしな挙動を一切見ていない事など全て話した上で、彼を釈放してくれるよう頼んだ。
役人達は半信半疑のようだったけど、私が彼との過去を見せると一部の者を除いて納得してくれた。
そして極めつけに、
「何事です?」
ナイスタイミングで、ロザミが戻ってきてくれた。
役人が彼女に事情を説明するとすぐ、ロザミは縮こまって言った。
「この子を開放しなさい。
殺人鬼の方も開放するよう、私から官吏達に通告します」
「やった…!」
「よろしいのですか?まだ、この娘はシロと決まった訳では…」
「この子は私の友人です。それに、彼女と一緒にいた殺人鬼も私の知り合いです、嘘をつく筈ありません。
むしろ、そちらの男を調べた方がいいかと」
男は、ロザミに見られると、
「あー、くそ!なんでまた取り調べなんか受けなきゃないんだよ!」
と地団駄を踏んだ。
「はあ…」
気づけば夜になってしまっていた。
レークの長と連絡がつくまで城で待機していろ、なんて言われたけど…
お城ってのは、堅苦しくて嫌だなぁ…。
(長と連絡って…ユキさんは今ニームにいるのよ。
連絡なんかつくわけないじゃないの…
あぁー、もう!いつまでここにいなきゃないの!)
言葉には出さないけど、不満が爆発しそうだ。
「何をなさっているのです?」
「え…?」
話しかけてきたのは、マーシィ…
じゃなくてロザミだった。
「あっ…え、えっと…ロザミ…さん…?」
マーシィとロザミが同一人物である事は秘密だ。
ルーユさんなどの一部の人以外には、知られてはいけない。
という話を、以前聞いたことがある。
「ええ、そうです。
もう間もなく就寝の時間です、部屋に戻られた方がよろしいかと」
口調は完全にロザミのものだ。
まあ当然だろう。二人きりとは言えここは城内だ。第三者に、私と彼女が特別な関係にあると見破られないようにしているのだろう。
「そう、ですね。
ちょっと月がキレイで、見惚れてました…」
「あら、そうでしたか。
…今の時期は、月が綺麗ですよね。私もつい見とれてしまう事がありますよ」
「そうなんですか?」
「はい。月は私達にとって、多くの術の発想の元になったかけがえのない存在。
そして、最も近く、美しい星。
私は昔から月が好きなんです。私は…」
突然、ロザミは口を止めて倒れてしまった。
「ロザミさん?ロザミさん!?返事して下さい!」
いくら私が呼びかけても、ロザミは応える事はなかった。
異人・殺人鬼
より強く、より残虐な殺人者及びその近縁種がなる上位種族。
基本的に数百年生きた者が昇格する種族だが、稀に人間が直接転移・転生することもある。
平気で嘘をつく、罪悪感をほとんど感じないなどおおよその人格は同じだが、細かい特徴や成因で分けると2つのタイプがある。




