マトルアで
川を下ってマトルアに戻る途中の河辺で、妙な物を発見した。
「アレイ、ストップ」
「どうしました?」
「見ろ、あれ…」
そこには、少し稈が赤い竹の生い茂った竹林があった。
ただでさえ寒いこの地域で、さらに冷える川のそばに竹がたくさん生えているなんて、珍しい。
普通はそう思って終わりだろう。
だが、あれはただの竹ではない。
「こんな所に竹なんて珍しいですね…」
「そうだな。前来た時はこんなもの見なかった」
「竹は成長が早い植物ですし、別に不思議な事では…
って、あれ?」
アレイも気づいたようだ。
「あれはルビーズ・ブエル…またの名を吸血竹と言ってな、生物の血を養分として育つ植物だ」
ルビーズ・ブエルは見た目は竹そっくりだが、花を咲かせ種子を作って増える吸血植物であり厳密には竹ではない。
「そう…ですよね。久しぶりに見ました。
でも、なんであんなに群生してるんでしょう?」
「考えられるのは2つ。
草食動物の群れか何かがエサと間違えて種を食ったか、生きた人間が何者かに種を植えこまれたか。
そういや、あのあたりには人間の村があったはずだが」
アレイは顔色を変え、
「行きましょう!」
と手を引っ張ってきた。
「ああ…なんてこと…!」
アレイが悲痛な声を上げたが、現実は現実だ。
建物を突き破って乱立したブエルの周りには、破けた衣服や靴、防寒具が散乱している。
「こりゃ、生き残りはいなさそうだな。
とりあえず、マトルアに戻って報告しよう」
という訳でマトルアに戻ったのだが、入り口で門番に止められてしまった。
「今は、町への入場制限を設けている」
「一体何があったんだ?」
「部外者に言う必要はない。
入るなら、身分と目的を言え」
「私達、ロザミさんの頼みごとを終わらせてきた所なんですが…」
「ロザミ陛下は今ご留守だ。
いずれにせよ、不審な者を町に入れる訳にはいかん」
身分ねえ。そう言われてもな…
とちょっと考えあぐねていると、
「これでもダメですか?」
アレイがバッグから取り出した紫の百合を見て、門番は目の色を変えた。
「それはリヒセロ殿の百合!
お前たちはリヒセロ殿の知り合いか?」
「まあそんなとこだな」
「そうか…
ならば、町に入る事を許可しよう。
言っておくが、今この町は非常事態だ。くれぐれも気をつけて頂きたい」
門番はそう言って通してくれた。
ったく、手間かけさせやがって。
しかし、本当に一体何があったのだろう?
町に、人が全くいない。
それはまさしくゴーストタウンのように、一人の通行人もいないのだ。
「なんか、不気味ですね…」
「気味が悪いのは確かだな」
と、ここで通りの角から何かが飛び出してきた。
「それ」を見るが早いか、アレイが「それ」にマチェットを振り下ろしていた。
「それ」は、真っ黒いドロドロのスライムのようなものだった。
「これは、ドムン…?なんで町中に…?」
そう呟いた直後、アレイははっとした。
何故、町に入場制限がかかっているのか。
何故、外を歩いてる奴が全くいないのか。
何故、門番があんな事を言っていたのか。
全てを察したその顔は、険しくも悲しげなものだった。
「何か、邪悪なものが町を襲ったんですね…」
「らしいな。とりあえず城へ行こう」
ニームの時と違い、町民だったと思われるアンデッドは道中に現れなかった。
町中には人はいなかったが、家々には結界が張られて中に入れないようになっていた。
生き残りはニームの時よりいるだろう。
それは不幸中の幸いだ。
城につくまで後少しとなった時、上空から鳥のような異形が奇襲してきた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ…ちっ、ニトロか…」
「ニトロ?」
「楓姫が生み出す、火の異形だ」
「てことは…ひよっとして!」
「可能性はあるな。急ごう!」
上空を飛び回るニトロを弓で撃ち落とし、城門へ向かう。
門番は例の百合を見せたらやはり素直に通してくれた。
「それはリヒセロ殿の…
わかった、入城いただいて結構」
しかし、リヒセロの知り合いってだけで通してくれるとは…
リヒセロってそんな重要人物なのか?
そう考えながら奥へ進む。
廊下の奥の扉を開けたら、魔法の研究室みたいな部屋に出た。
確か、ここは大広間だったはずだが。
誰かが部屋転移の魔法を使ったのか。
しかし、誰が?
ロザミは留守だと聞いたのだが。
とりあえず部屋の奥へ進む。
棚や机には見事に魔法道具ばかりが並んでいる。
水の力を扱えるようになる籠手、探し物の在処を教えてくれる地図、集中力を高める効果がある指輪、とどれも高価かつ貴重なものだ。
こういうものがドカドカ置いてあるのは、いかにも魔法都市の主要施設らしい。
こんな所に来たのいつぶりだろうな…
と思っていると、アレイに呼ばれた。
「龍神さん、来て下さい」
行ってみると、そこには魔女とおぼしき老婆がいた。
「おお…待っておったよ。よくぞ来てくれた」
色褪せた金髪と老眼鏡に加え、しわがれた声が年季を感じさせる。
「あんたは…?」
「わしはルーユ·メボルアス…先代のマトルアの皇魔女じゃ」
「先代の…じゃ、もしかしてロザミの…」
「ああ、あやつはわしの弟子じゃ。今となっては優秀な跡継ぎじゃて」
マトルアは数百年ごとに統治者たる皇魔女が入れ替わると聞く。
先代の皇魔女がまだ生きていたとは驚きだ。
「私達を呼んだのは、あなたですね?」
「そうじゃ。お前さん達に、ちょいと話があったのでな」
「何の話だ?」
「お前さん達の目的とこれからの行く末に、大きく関わる話じゃよ」




