湿地にて
向こうもこちらに気づいたのか、一度宙に浮いてこっちに降りてきた。
そして、アレイに向かって手を伸ばしてきた…
アレイは迅速にバックダイブをして回避した。
「あれに捕まると、まずいですよね…」
「ああ、捕まれば奴の仲間にされる」
と、こちらにも手が伸びてきたので後ろに倒れこんで回避した。
奴らは相手を掴む以外の攻撃手段を持たないので、捕まりさえしなければ問題ない。
しかし、なんでこんな所に餓神が?
奴らは本来、人里離れた山や洞窟、廃村に現れるアンデッドのはず。
なぜ生者の…それも白水兵の集落の近くに出てきたんだ?
「ちょっと面倒な奴が出てきたな…
アレイ、水の術って使えるか?」
「ごめんなさい、使えません…」
「そうか。まあ仕方ないな。
じゃ、術で押し切るぞ!」
餓神は霊体系のアンデッドなので、物理攻撃は効きづらい。
そして奴は水が弱点だが、あいにくこの近くに水はない(湖からも湿地からも少し距離がある)。
となれば、術で押し切る他ない。
グラウァー・トレウでダメージを与えつつ動きを止めると、アレイが追撃してくれた。
「[凍てつく大地]!」
この攻撃で、奴の体は凍りついた。
これなら、物理攻撃も十分効く。
飛び蹴りを食らわせたら、奴の体はあっさり崩れ落ちた。
「おお、いいな、これ」
「ありがとうございます」
今まで全く考えたことがなかったが、氷の術ってのは実はかなり強いのかもしれない。
電の術の追加効果はせいぜい痺れさせて動きを止めるだけだが、氷の術は動きを止め、そのまま即死させる事もできるらしい。
あとでモイに、氷の術を教わろうか…
さて、湿地に到着した。
モイは湿地に囲まれた中にツリーハウスのような高床の家を構えており、普通に行くのはちょっと苦労する。
まあ、飛んで行けば問題ないのだが。
「なんか、魔女の家みたいですね」
「そうか?」
そんな話をしながら、ドアを開ける。
ガラクタとも魔法道具ともつかぬ物がびっしり並べられた部屋の奥に、奴はいた。
「龍神…」
「よう、久しぶりだなモイ・キーム」
「こんなに早く来てくれるとは思ってなかったよ…」
「俺だって、まさかお前が俺に会いたがってたなんて思わなかったよ」
「別に、あんたに会いたかった訳じゃない」
「はえ?」
モイは、アレイの方を見た。
「あの…これらは、もしかして魔法道具ですか?」
「そうだよ。全部じゃないけどね。
それより、あんたは生き残った妹だね?」
「生き残った妹…?って、何なんですか?」
「生き残った妹…25年前の復活の儀で、再生者になった生の始祖の末裔の妹。
生まれながらにして、生の始祖の力を持つ者…」
モイは、何かにつけ重々しく言いたがる。
まあこだわりが強いのは殺人者の特性の一つだし、別に否定するつもりはないが。
「生の、始祖…?」
「ああ、そうさ。またの名をシエラ・メティル。
二人の司祭と共に、再生者と死の始祖を全て倒し封印した陰陽師…。
九星天術の発明者にして、吸血鬼狩りの真の設立者…。
そいつの力が、あんたには宿っている…」
「でも、私は陰陽師じゃないですよ…
それに、私は水兵だし、元は人間で…」
「シエラも元は人間だった。術の修行を積んで異人になったのさ。
そして、奴はレークの水兵の長に育てられた」
「えっ…?」
そう言えばそうだった。
シエラは早くに両親をアンデッドに殺され、放浪していた所を当時のレークの水兵長に拾われた。
そして戦いの手施しを受けながら育てられ、やがて術の修行を始めて最後には陰陽師となったのだ。
「奴は大陸中の異人と何かしらの形で関係を持った。水兵もその一つ。特に、レークはあいつにとって第二の故郷も同然だった。
あんた、初めてレークに行った時、懐かしさとか感じなかった?」
「いえ、別に…」
「そうか…」
モイはちょっと残念そうな顔をした。
「まあとにかく、あんたは間違いなく生き残った妹だ。
あたしも、まさか本当にいるとは思わなかったよ」
するとアレイは、モイを真剣な目で見つめた。
「なぜ、私が再生者星羅こころの妹であるとわかったの?」
それはそうだ。
というか、なぜこいつは俺がアレイを連れている事を知っていたのか。
「ふあぁ、これは驚いたね。その目つき、伝承にあるシエラの目つきとおんなじだ…。
あんたの正体を語ってるのはね、あんたの体から溢れる魔力さ…。
あんた、属性は氷だろう?」
「ええ。なぜです?」
「あんたの体には、氷と光の魔力が宿ってる…。
けど、光の魔力は不浄の魔力。アンデッド特有の魔力だ…。
星羅こころは、光を司る再生者…。その妹ともなれば、必然的に奴の力を受ける。
いやぁ、よかったよ。あたしは心配してたんだ。
生き残った妹が、星羅こころの力に飲み込まれてないかってね…」
「それなら、心配ないわ。
私は姉の力に飲まれるほど弱くないから」
アレイはキッパリ言い切った。
「そうかい。そりゃあ心強いね」
「割り込むようで悪いが、なんで俺がアレイを連れてる事を知ってたんだ?」
「朔矢から面白い奴がいるって聞いてね、定期的にそっちの状況を視察して報告してもらってたからね」
「そうか…」
朔矢は何にでも変身できる。
大方、通行人とか物に化けて見てたんだろう。
なんやかんやあいつもアレイの事が気になっていたらしい。
あれ、まさかここにはいないよな?
「ここにはあいつはいないから、安心しな。
そうそう、あいつから伝言を預かってるよ」
「?」
「遊んでないで、早くマトルアに帰ってやれ…ってさ。
あんた達、ロザミの使いで来たんでしょ?」
「あ、そうだった。しかし、全部見られてるってのは正直気持ち悪いな…」
「あいつはなんだかんだ仲間を大事にするタイプだからね。
いや、もしかしたら、あんた好かれてるのかもよ?」
「そりゃあ光栄だ…。
けど、あいつは俺なんかよりそこらの男と遊んでる方がよっぽど好きだろうよ」
「かもね。
あ、何だったらあたしと遊んでく?」
「断る。アレイを汚す訳にはいかないし、それに…
俺は女遊びはしない主義なんでね」
「それならよかったです。
私、ふしだらな人は嫌いなので」
すると、モイはへえ?と身を乗り出し…
「あんた、水兵なのに男遊び嫌いなの?」
「はい。他の人はそういう事で喜びますが…私は男性と関係を持とうと思った事はないし、そういう目的の人とは関わりたくもありません」
「へえ…あんた、やっぱりシエラにそっくりだね。
あいつも男に全く興味なかったって聞いたよ」
「そうですか…
まず、マトルアに帰りましょう、龍神さん」
「ああ、そうだな」
モイ・キーム
リスウェ湖に暮らす白水兵の一人。
白水兵でありながら、魔法道具を集めるという魔女のような面を持ち、集落から離れた湿地帯で一人暮らしをしている。
「伝手」の異能を持ち、多くの外部の者と連絡を取り情報を仕入れているとされるが、実は何度か転生しており、多くの情報を有しているのにはそのような事情も関係しているのではないかとも言われている。




