魔女の真実
龍神さんは神妙な顔になった。
「なんでそんなことを知りたがる?」
「上位の術士は、一族の血統と祖先、種族を重要視します。大抵の家には、一族の始祖まで遡った家系図があります…私も当然持っています。しかし一族の始祖、メラリー・エルドのことは、セントル出身の魔女であるということと名前、あと私が今つけている魔女の瞳以外、何も伝わっていないんです。なので私…というより私の家系の者は、自分の血筋の始祖がどんな人で、どのような活躍をした人で、どのような最期を遂げたのか、全く知りません」
「だから、メラリーの事を知る者から聞き出したい、と。でもそれなら、なんで薬なんか使おうとしてたんだ?」
「失礼ながら、素直に話してくれるか疑問に感じましたので」
「心を読めるんだし、それでやればよかっただろ?」
「いえ、私は妄りに人の心に入りこむなんて事をしたくないんです」
「アレイの能力を使おうとは思わなかったのか?」
「はい。あらぬ誤解が生まれる恐れがありますので。それに、以前少しお聞きした限り、何か深い事情があるとお見受けしました」
「なるほど、賢いな」
龍神さんは、ため息をついて表情を和らげた。
「話すのは簡単な事だ。ただ、俺はあいつの全部を知ってる訳じゃないからな」
「わかっています」
「あと、最重要事項を伝えておくが…今から話すのは全て俺の見たまま、感じたままだ。どんな内容であっても、受け入れろよ」
マーシィは、少し黙ってから、力強く頷いた。
「じゃあ…そうだな。まずは、あいつとの出会いから話そうか。1000年…いや、正確には1450年くらい前か。突然、魔女を弾劾、排除する動きが起こった。…ま、これは知ってるかも知れないな」
「はい、知っています。二度とあってはならない、迫害の歴史として…」
「そうだな、今からすれば単なる迫害だ。当時は、どっからそんな話が出てきたんだか、黒魔術を扱う者が異形やら裏の秘密結社やらとつるんで世界征服を狙っている、って話が広まってな。ノワール中で黒魔術を使える者…つまり魔女の迫害が始まった」
彼は知らないのかもしれないけど、その話の出所は当時徐々に勢力を広げていた製薬企業だったはず。
その企業は、異形やアンデッドに改造を施して兵器として利用し、戦争をしている国や犯罪組織に売り込む活動をしていた。
魔女達はそれにいち早く気付き、彼らの所業を世間に公開しようとした。
それを良しとしない製薬企業は、自分たちが作った生体兵器をあたかも魔女達が作ったかのように仕立て上げ、自分たちがしようとしていた事を魔女達がやっている、という事にして噂を広めた。
その結果、世界中で魔女を排除する動きが起こり、文字通りの「魔女狩り」が行われた。
すべてが終わった後、邪魔者がいなくなった製薬企業はどんどん成長していった。今も存在すると言われているけど、具体的な社名はわからない…
「そのせいで、故郷も立場も住処も捨てて放浪することにならざるを得なくなった魔女が大勢いた。メラリーもその一人だった。あ、あいつの出身はサンライトって聞いたな」
サンライトはずっと西のセントル大陸にある魔法使いの国。魔法の始まりの地と言われ、多くの術士や魔法使いを目指す者が修行に訪れるサンライト神殿がある場所だ。
「あいつとの出会いは偶然だった。ある時、俺は偶然立ち寄った街の検問で引っかかってた魔女を助けたんだが、それがメラリーだったんだ」
「じゃ、その時に知り合ったんですね。それから一緒に旅を始めた、と?」
「いや、当時は俺も中央の国の役人に追われてたんでな。魔女に関する噂を信じてる訳じゃないが、とても誰かと…まして魔女なんかと一緒に動く余裕はなかった。だから、その時はあいつの名前と種族だけ聞いて別れたんだ」
「そうなんですか。でも、結局は二人一緒に旅をしたんですよね?どのような経緯でそうなったのか、教えていただけますか?」
「その日の夜、俺はその街の宿に泊まった。
で、寝ようとした時、何かが部屋にこっそり入ってくるのに気づいた。何者かと思ったら、メラリーだった。それで、何の用だって聞いたら、あなたを雇いたい、でも物では無理そうだから、私の身体を…とか言って服を脱ぎ出したんだ」
「それって…」
「色欲に駆られて見た訳じゃないが、あいつの肌はえらく綺麗だった。で、落ち着け、一体何があった、と聞いたら、国が何とか、って言って泣いちまってな。聞けば、例の魔女狩りのせいで国での立場と住居、財産を失って国を追われ、大事に育ててきた一人娘とも離れ離れになったらしい。それでその後…まあ色々あって、一緒に旅をする事になったんだ…やつの4人の部下も連れてな」
魔女や司祭にとって、清らかな身体は命と同じ位大事なもの。
それを投げ出してまで彼を味方につけようとしたメラリーは、相当追い込まれていたのだろう。
「で、それから5年後、だったかな。俺たちは、別の大陸を目指して飛んだんだが…その途中、ある森の上空で撃ち落とされた。その時、仲間の一人が木にぶっ刺さって死んだ。飛行に使ってた魔法陣は6人でギリギリ張れてる状態だったし、みんな自身の傷を癒やしたらそれで魔力が切れたから、歩いて森を出るしかなかった。けど、そこでかなりタチの悪いアンデッドに出会ってな…」
アンデッド相手なら、そんな手こずることなかったんじゃないですか、と言ったら怖い目で見られてゾッとした。
「当時、俺は吸血鬼狩りになったばかりだった。経験の浅い狩人に、慣れない土地で、数百体のアンデッドを捌きつつ、手負いの仲間を連れて脱出するってのはあまりに過酷な任務だった」
「じゃ、それでみんな…?」
「メラリーの部下はな。でも、あいつは違う…まあ、聞いてくれ。奴らの正体は、ある吸血鬼の犠牲になった者達だった。で、あとちょっとで脱出できるって所で、俺たちはその吸血鬼に襲われた。二人がかりでやったが、奴を倒すことは出来なかった。そして―」
その瞬間、私は感じ取った。
恐ろしく、悲しい事実がもたらされる予感を。
「俺がちょっと隙を見せたすきに、奴はメラリーに襲いかかった。そして、そして―」
もう、言われなくてもわかった。
マーシィは、それを黙って聞き入れた。
「あいつが感染ってすぐ、奴は俺を殺すよう命じた。あいつは、薄気味悪く笑って俺に向かってきた。俺は感じるものを抑えて、あいつを斬った―」
「…そして、どうなったのですか」
「全てが終わったのと同じタイミングで、助けが来た。森は速やかに焼き払われ、更地になった。メラリーの身体は持ってこれなかったが、たった一つだけ持ってこれたものがあった。それが…」
「…これですね」
マーシィが指さした魔女の瞳を見て、彼は頷いた。
「あいつは、最期にそれを外して俺に差し出してきたんだ。今はもう消えてるかもしれないが、当時は強い投影魔法がかかっていた。投影させてはみなかったが、それに映ってるのは、恐らく奴の娘の…」
ここで、私は能力を使った。
「古の魔法の記憶よ、今ここに甦れ…」
映し出されたのは、赤い帽子を被り赤いスカートを履いた、笑顔の青髪の女性。
彼女は、紫の産着を着せた赤子を抱いていた。
「あ、これは…!」
マーシィが感激の声を上げた。
「どうした?」
「この子はミィース・エルド…今詳細な記録が残っている中で、最も古い私の祖先です!」
「ほんと!?」
「ええ…間違いない」
投影魔法をアクセサリーにかける時は、普通術者にとって最も大切なものが映し出されるようにする。
そして今映し出しているのは、かつてこのアクセサリーにかかっていた投影魔法で映せた映像と同じものだ。
「今まで、ミィースの写真はありましたが、メラリーの映った絵や写真はありませんでした。なんでしょう…なんだか、すごく嬉しい…」
マーシィがほのかな笑顔を浮かべる中、ドアが再びノックされた。
「!はい…」
マーシィは再びロザミの姿になり、ドアを開けて訪問者と話をした。
話が終わると、
「お客様がいらっしゃったようです。せっかくなのでお二人も来て下さい」
と言ってきた。




