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薙刀使いの願い

唐突な発言に驚きを隠せない。

「え、俺達の仲間…って、どういう事だ?」


「わかりづらかったかしら…

私を、あなたの組織に…吸血鬼狩りに入れてほしいの」

俄には信じられなかった。

「それ、本気で言ってるのか?」


「私は本気よ…

もっと早く言えればよかったんだけどね」

その表情と声調から、彼女が真剣なのが伝わってきた。

「なんで、吸血鬼狩りになりたいんだ?」


「戦いたいの。戦って、町を守りたいの」

どういう事だ?と思ったが、マーシィが説明してくれた。

「あなた達が旅立った後、やたらとアンデッドがレークに入ろうとしてくるようになったんです。私やセレンの他、何人かで防衛にあたっているんですが、私達の中には吸血鬼狩りはいないし、銀も貴重品なので…困っているんです。

そんな中で、セレンが言い出したんです。

私が彼に…あなたに頼んで吸血鬼狩りになる、そして町を守れるようになる、と…」


「なるほど…」

セレンに目をやると、目付きは真面目だが表情は祈っているような、複雑な顔をしていた。

「ど、どう…?」


「ふーむ、そうだな…」

腕を組み、唸って考えこんでいるように見せかける。

これは入隊試験、という訳ではないが、彼女に吸血鬼狩りになるための大前提が備わっているかを見ているのだ。

セレンはしばらく祈るような顔でこちらを見ていたが、やがて、

「いつまで芝居を続けるつもり?」

と、苛立ったように言った。

「お、気づいたか」


「無駄な事してないで答えてよ。入れてくれるの?」


「入れるのは簡単な事だ。けどなあ…」

今度は割と真面目に思考を巡らせる。

「けど、何?…

早く言ってよ、どうなのよ?ねえ!」

これも試験的なものだが…ちょっとよろしくないな。

しかし、焦ってる奴を見るのは愉しいもんだ。

とは言え、このままだと話が進まないので答えを言う。

「いや、いい。答えから言えば、イエスだ」


「…本当ですか!?」

マーシィが喜びの声を上げる。

「ああ…丁度、ジークの吸血鬼狩りは人手が欲しかった所だしな」

セレンが安堵のため息をついた。

「ありがとう…

それで、どうすれば不死殺しの力を得られるの?」

さて、それだ。

"不死殺しの力"、それが吸血鬼狩りの特権だが、それを得るのは吸血鬼狩りの最も辛い瞬間の一つだ。

「それはな…

引きずっている過去に、自分自身で蹴りをつける事だ」


「…どういうこと?」


「自分が居場所を失った理由を思い出せ。

そして、自分の弱みを認め、恨んでいるものを赦すんだ」

吸血鬼狩りは、社会で心が壊れる寸前まで傷つき、居場所と心の支えを失った者の安住の地。

降り立てば、もう戻る事はできない。そして、それまで以上に心が傷つく経験を何度もする事になる。

だからこそ、あえて自身の心の傷を自ら抉り、後悔や悲しみといった弱みを完全に克服する事が、吸血鬼狩りの力を得る条件になっているのだと、俺は思う。

「居場所を失った…ってどういうことですか?

セレンは…別に…」

戸惑うマーシィに、俺は言葉をかけた。

「君はセレンの友人であるかもしれない。

だが、本当の意味での"友"ではないな」


「それは、どういう…」


「本当の意味での友であるならば、相手の表情や振る舞いに隠された本心を、意味を理解してやるべきだろう。ただベタベタと馴れ合って、仲良くするのは"友"とは言わない」


「…セレンに、そんな深い事情が?」

マーシィは、純粋な疑問を浮かべる子供のような目でセレンを見た。

…この目も、あいつにそっくりだな。


セレンは俯いたまま、細々と声を出した。

「…そう、そうよ。私は…わたしは…」

その声は潤んでいた。

「私は、ずっと辛かった!

ずっと、自分が嫌いだった!

ずっと、みんなが羨ましかった!

ずっと…居場所が欲しかった!」

どんな過去があったのかは知らないが、目から大きな滴を溢し、心にたまったものを吐き出すその姿は、この地に辿り着くもの全てが見せる姿。


「セレン…」

マーシィはそう呟き、首飾りに手を当てた。

「…そう、そうだったのね。

わかってあげられなくて、ごめんね」

そう言いながら、泣きわめくセレンの肩に優しく手をかける彼女。

芸術の才やセンスはないが、こうして相手の心を理解し、寄り添う者の姿はどんな彫刻や絵画より美しいと思う。


「…」

セレンはマーシィの手を取り、涙をすすりながら話し出した。

「私ね…不器用な自分がずっと嫌いだったの。

人付き合いも口も下手だし、特別見た目とか性格がいい訳でもない。得意なのは、薙刀と風の力で戦うことだけ。

他のみんなと違う事が…普通の水兵になれない事が、許せなかった。

だから私は…私はっ…」


「別にいいじゃない。セレンはすごく優しい子よ。

自分では認識してないかもしれないけど、私はちゃんとセレンの良いところも知ってるから。だから…もう泣かないで」


「そうだぞ、もう泣く必要はない」

俺の言葉を聞いて、セレンは顔を上げた。

「君の気持ちはわからなくもない。だが、自分を否定するな。

みんなと違うなんて、それこそ"個性"じゃねえか。

"普通"になりたい、ってか?それを言う奴はごまんといるけど、普通であること、みんなと一緒である事が当然ないし最善とは限らないんだぜ。

不器用でも、口下手でも、そうだからと言って自分がダメな奴だと悲観的になる必要はない。

それに…」

特別な作り笑いをし、セレンの顎を掴む。

「俺に言わせれば、君は十分にいい女だ。スタイルも顔もよくて、しかも強い。そんな女が身近にいるって、最高だと思うぜ?」


「…本気で言ってる?」


「ああもちろん。吸血鬼狩りには、君みたいに自分の容姿や性格に自信がないって言う女がたくさんいる。

そいつらはみんな、十分過ぎる程に可愛い顔をしてるよ」


「そう、なの?…じゃ、私も安心していいのね?」


「そうさ。

吸血鬼狩りは"みんな違って、みんないい"の精神だ。

誰も君を悪く言う奴はいないさ。

だから…な?前向きに生きよう」

セレンは涙を拭い、笑顔を浮かべた。

それと同時に、一瞬だが透明なオーラがセレンの体を包むように現れる。


「何かしら…何か、力がついたような気がする。

…よし、これからみんなを守るために戦わなきゃ!」

そう言って決意の表情で薙刀を抜いた彼女は、もう泣いてなどいなかった。





これで、臨時の仕事が一つ完了だ。

新たに吸血鬼狩りとなった水兵…セレンは、確かな薙刀の腕と風の力を持っている。

ジークには常在できないが、彼女の戦いぶりは定期的に見に来たいところだ。



組織·吸血鬼狩り

古の時代より存在する、普通の方法では殺せないアンデッドを殺し、人々を守る事を目的として創設された非営利団体。現在は西のセントル大陸に本部を置く"カオスホープ"を源流として、世界中に数人~数百人単位のグループが存在している。

構成員は恐怖を持たず生まれつき不死殺しの力(アンデッドを殺す力)を持つ殺人者が多いが、人間や他の異人も少なからず存在する。

吸血鬼狩りという名称を使っている理由は不明だが、一説では一般的に見られるアンデッドのほとんどが吸血鬼だった時代に結成された事の名残とも言われる。


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