頼みごと
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目覚めたのは4時半をまわった頃だった。
隣のベッドを見て気づいたが、アレイは既に起き出していた。
風呂の灯りがついているので、シャワーを浴びているらしい。
今日はまた一段と寒いので、アレイが上がり次第俺も風呂に入るつもりだ。
さて、なんでこんな早くに起きたのかと聞いてみればアレイは変な夢を見たのだと言う。
クラブに連れていかれ、そこで友人達から魅力的な誘いを受けたものの、みな全く同じトーン·表情で同じ台詞を繰り返したため怖くなって店を飛び出した。
そして翌日、昨晩連絡もつかなかったが一体どこで何をしていた?と聞かれた…という内容だ。
だが、正直それよりも最後の部分が気になった。
「ニームという町の神殿の敷地内に、陰りの泉という泉があるんですが、それが最後に見えたんです。
でも、その水は真っ赤で、不気味でした」
陰りの泉は大陸北方の水兵の町ニームにあり、何か不思議な力が宿っていると言われる泉だ。
「向こうで何かあったんじゃないか?」
「そうでしょうか…」
と、アレイに電話がかかってきた。
「はい…あ、おはようございます。
ええ、見ました。…彼を連れて?わかりました。
チェックアウトだけ済ませて向かいます」
そうしてアレイは電話を切った。
「レークに戻りましょう」
「え、ここからか?」
ここからレークまではかなり遠い。
まともに向かえば数日はかかるだろう。
「大丈夫ですよ」
アレイは帽子から、舵輪が書かれたバッジを取り出した。
いや、それはバッジというよりはワープ装置のようだった。
「これを使えば、すぐにレークに戻れます。
チェックアウトしたら、すぐに行きましょう。ユキさんが待ってます」
チェックアウトはすぐに済ませた。
この宿が24時間営業でよかった。
バッジの絵柄に触れると、レークの神殿の前にワープした。
入り口の前に立つ水兵は、アレイを見ると無言で頷き素直に通した。
顔パスってとこだろうか。
ユキは既に玉座にスタンバイしていた。
そしてこちらを認識すると、立ち上がって歩み寄ってきた。
「ごめんなさいね、急に呼んでしまって」
「いえ、別にいいですよ」
「何の用だ?」
「あなたは、昨日変な夢見なかった?」
「特には見てないな」
「あらそう…
実はね、昨日の夜、この町の水兵は皆同じ夢を見たの。
水が真っ赤になって荒れ果てた、陰りの泉…
アレイも見たらしいけど、あなたは見なかったのね」
みんな、ということはユキも見たのだろうか。
「なんだ、嫌味か?」
「別にそんなのじゃないわ。それで、あなた達を呼んだ理由なんだけど…
ニームに行って欲しいの」
「言われなくてもそのつもりだったが」
「そうじゃなくて…
ニームの水兵長キャルシィに会ってきて欲しいのよ」
「夢の事を聞けばいいんですか?」
「それもあるんだけど…
それ以上に、彼女の身が気になるのよ」
「どういう事だ?」
「アレイは知らなかったかしら?陰りの泉とキャルシィの話…」
するとアレイはあっ、と手を叩き、
「そうでしたね」
と言った。
俺は陰りの泉にまつわる話は全く知らないので、聞いてみた。
「何だ?何があるんだ?」
「え、えーと…」
アレイは言葉を詰まらせ、ユキの方をちらちらと見た。
「いいわよ。彼を連れる以上は仕方ないわ」
「…わかりました。
まず、ニームは町全体に防御結界が張られているんですが、その中心が陰りの泉なんです。
次に、ニームの水兵長キャルシィさんは、夢を操る異能を持っています。
そして町に大きな危険が迫ったとき、他の町の水兵や信頼できる人に夢を通じてそれを伝え、救援を要請するんです。
つまり…」
「泉と自身に脅威が迫っているから助けてほしい、ってみんなに伝えてきてた訳か」
「泉が荒らされてたから、泉に何かあったのは間違いないでしょうね。
でも、彼女自身はどうなのかしら…」
「あの夢だけでは、キャルシィさん自身に何かあったのかまではわかりませんでしたね」
なら、解決法は簡単だ。
「だから、あなた達にはニームに行ってきてほしいの」
「そういう事か、わかった。
向こうにつながるワープはあるか?」
「神殿の裏手にあるわ。
私、すごく心配なの。もしキャルシィに何かあったら…」
「心配してもしゃーない。ま、コトはきっちりこなしてくるさ。
アレイ、行こう」




