おかしな夢
封印の結界を張ると共に、さっきまで弱々しかった床の魔法陣の光が強くなった。
これは封印の力が戻った証拠。これでもう大丈夫だ。
「これで、もう大丈夫ですよ」
「あ、ああ…」
龍神さんはぎこちなくそう答えた。
まあ無理もないか…
館を出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。
夜だと言うのに、異形やアンデッドはいなかった。
館の中にもいなかったし、これでこのあたりはもう大丈夫そうだ。
しかし外に出て一歩踏み出した途端、激痛で倒れてしまった。
右肩もだけど、たぶん肋骨や左足も折れてる。
館を出るまで平気でいられたのが不思議だった。
すごく痛かったけど、即効治癒薬を飲んだらすぐに痛みが引いた。
「どうだ?」
「…大丈夫です。痛みも引きました」
「なら良い。…これの効能は確かなようだな」
龍神さんは、まだ入っている治癒薬のビンを覗き込みながら言った。
「当然ですね、マーシィが作ったものですし」
「マーシィ…あの子か。
…そうだな、「魔女」の末裔なら当然の事だな」
龍神さんはどこか意味深にそう言った。
そう言えば、龍神さんはマーシィの先祖…メラリー·エルドと面識があった、らしい。
マーシィはそうでもないかもしれないけど、私は彼女の事が気になっている。
メラリーがどんな人で、どのように龍神さんと出会い、それから二人でどのように生き、どんな最期を迎えたのか。
何故かわからないけど、気になって仕方ない。
宿を取り、食事や入浴をささっと済ませて布団に入った。
気づくと、私は恐らく深夜?のレークの大通りに一人ぽつんと立っていた。
あたりには誰もいない。
(何これ?)
すると、後ろから、
「アレイ」
セレンの声がした。
「っ!びっくりした…」
そう言って振り向いて、そして驚いた。
セレンの頭の上に、白くて立体的な「?」が浮かんでいる。
「ほら、行こう」
セレンは驚きで硬直している私の事を気にも止めず、私の手を引っ張ってゆく。
なぜかエルトマに連れてこられた。
中には何人かの水兵がいて、その全員の頭に白い「?」が浮かんでいた。
「あ、来た来た。
アレイ、あなたのためにサラダ作っておいたよ」
カウンターの向こうからフィルが言ってきた。
「一緒にカクテルどう?」
椅子に腰かけているアメルはそう言ってきて、
「音楽鑑賞でもしない?」
ミリーは壁際に立ったまま、そう言ってきた。
どれも単独でなら嬉しいことなんだけど、こうして一気に、しかもみんなから一斉に…ってなるとちょっと気持ち悪い。
「え、ええ…」
返答に困っていると、
「あなたのためにサラダ作っておいたよ」
「一緒にカクテルどう?」
「音楽鑑賞でもしない?」
三人が、さっきと全く同じトーンで同じ言葉を繰り返した。
「え、えーと…」
さすがに怖くなり、後退する。
するとフィルはカウンターを越え、アメルとミリーはこちらに向かってきた。
その間の笑った表情は一切変化がなく、ちょっと不気味だった。
「あなたのためにサラダ作っておいたよ」
「一緒にカクテルどう?」
「音楽鑑賞でもしない?」
最初と同じトーンで同じ台詞を言いながら、同じ表情をして迫ってくる三人。
私は耐えられず、ドアを開けて飛び出した。
その後の事はよく覚えてない。
気づいたら、普通にお店で仕事をしていた。
そして帰り、珍しく降りてきたらしいユキさんに声をかけられた。
「あなた、昨日一晩どこに行ってたの?」
「どこに行ってたって…セレンに連れていかれて、フィルやミリーと一緒にエルトマにいたんですけど…」
「あそこは昨日休みだったはずよ。
昨日の夜、臨時の連絡があったからメール送ったけど既読ならなかったじゃない。
電話しても出なかったから、みんな心配してたのよ」
「えっ?」
電話なんてかかってきた覚えはない。
それに、あの時はミリーやフィルも一緒にいた筈だ。
「それに、フィルたちは昨日はずっと家にいたって聞いたんだけど?」
「……」
その直後、視界が暗転した。
「…!」
そこは真っ暗な空間だった。
よく見ると、前に何かある。
暗がりでよく見えないけど、あれは多分…
「陰りの泉?」
ニームの町の水神殿の敷地内にある泉。
本来は水がすごく綺麗なのだけど、今は…
その水は、血を流したように赤く染まっていた。