戦士の幽霊
やがて、アレイが戻ってきた。
パンを買ってきた帰りに、勇者ラカルとその仲間の戦士に会ったらしい。
こちらもラカルの仲間に会ったと伝えると、やっぱりそうでしたか、と言われた。
「やっぱり、って?」
「なんとなくそんな気がしたんです」
奴らは昼に塔に向かうらしいので、俺達は明日の朝に向かう事にした。
アレイは、「ラカル達の戦い、間近で見てみたいです」なんて言ってたが、俺としてはちょっと違う目的がある。
一応アレイと同じような気持ちもあるが、一番は不測の事態に備えるためだ。
万が一のことがあった時、すぐに沈静できるようにしておかなければならないからな。
…そう言えば、ミトルの酒場で聞いた話だと、ラカルは昨日の夜に出発するって話だったが…
もしかして、予定を変えたのだろうか。
それとも、野次馬の相手が面倒だから、嘘の情報を流したのだろうか。
町で適当にやって時間を潰し、夕方にまたあのツリーハウスに戻った。
すると、家の中に例の髭面の戦士がいた。
「来たな」
「ああ。今日もここ、使わせてもらうよ」
「そうか。まあ何日でも使うといい」
そして奴が去ろうとした時、
「あの…」
アレイが、申し訳無さそうに言った。
「ありがとうございます。私達に、ここを提供してくれて…」
「気にするな」
「ありがとうございます、本当に…」
アレイは、どこか意味深な言い方をした。
そして、こうも言った。
「私、あなたのお気持ちは、無駄にはしません」
「…」
戦士は、無言になった。
アレイはさらに続ける。
「私は、過去を見る異能を持ってます。勝手ながら、この家の過去を見せてもらいました。
この家は、元々あなたのものだったんですね。
あなたは、ある冒険者と旅に出て、この家を離れた。
帰ってきたのは、10年の月日が経ったとき。
あなたは冒険者と共に、再生者王典に挑んだ。
でも、脆くも敗れて、致命傷を負った。
辛うじて町に帰り着いたあなたは、この家の前で力尽きた。
…それから長い間、ここで待っていたんですね。王典を倒す力を持つ者が、ここに来る事を」
そこまでは知らなかった。
こいつは霊力を放ってたから、幽霊であるのは知っていたが、まさかそういう事情があったとは。
「…そうだ。俺は、かつて勇敢な冒険者と旅をした。
そして、その果てに地の再生者の元にたどり着いた。
俺達は、必死で戦った。
こいつを倒せれば、この地を救う事が出来る。
そうすれば、もう俺達の故郷の人達もアンデッドに怯える事はない。
だから、死ぬ気でやった。だが…」
「ダメだった…」
アレイが言った。
「でも、お二人の行為は、決して無駄ではありません。お二人は、とても勇敢だったと思います。
多くの人が恐れ、抵抗を諦め、従った殺人者のアンデッドに、真っ向から立ち向かったのですから」
アレイの言う通りだ。
相手を恐れてしまえば、その時点で勝つことはできない。
だが、逆を言えば、相手に屈せず立ち向かい続ける限り、負けではないのだ。
「そう言ってくれると、嬉しいぜ。
俺は何とかここまでこられたが、あいつは…」
こいつの話を聞く限り、王典はかなり手強そうだ。
冒険者とは、探求者という種族の最上位種族。
探求者の上、追求者のさらに上に位置し、当然ながら相当に強い。
その冒険者でさえ、見事に打ち負かされるとは…
「ひと目でわかったよ。お前さん達も、あいつに挑むつもりなんだろう?」
「はい。私達は、再生者を全て倒すのが目的なんです」
「再生者を全て…か。ふん、出来るかわかんない夢だな。
けど…夢で終わらせるにはまだ早い。
お前さん達の物語は、まだまだ始まったばっかりだ」
「やって見せます。あなたの意志を、継いで見せます」
「そうかい。そりゃ嬉しいね」
戦士の体が、薄れていく。
「お前さん達なら、やれるかもしれないな。
…頼んだぞ。俺はもう疲れた、眠らせてくれ」
そして、戦士は完全に姿を消した。
「…未練が、浄化されたみたいですね」
「ああ。あとは、王典を倒せれば文句なしだ。
…っと、その前にラカルだな。王典の元に向かうのは、あいつの様子を見届けてからにしよう」
「そうですね。私もそうしたいです」
そうして、俺達は夜を迎えた。
そして、夜が明けた…!
世界観・幽霊
読みは「ゴースト」。
未練を残して死んだ者の魂が生前の形を取って現れた霊体系のアンデッドの一種だが、基本的に生者を襲うことはなく、未練さえ晴れれば成仏するため、人々の脅威としては認知されておらず、吸血鬼狩りの標的にされることもほとんどない。
亜種として強い思い入れのある特定の場所や人から離れられない「呪縛霊」というものも存在するが、こちらも生者に悪意はない事が多い。
なお、霊体系のアンデッドで生者を襲うものには「スペクター」や「ファントム」などが存在するが、いずれも幽霊とは全く別の存在。




