ペレスへ
「それで、情報は?」
彼は、唐突に言った。
「情報…ねえ。あ、そうだ。ここから西に行くとペレスって町があるんですがね、先日そこに勇者ラカルが来た…って話はご存知ですよね?」
「らしいな。よく知らんが」
「え、お客さん…まさか、勇者ラカルをご存知ない?」
マスターも驚いていた。
それくらい、この大陸の人々にはよく知られた存在なのだ。
「ああ…俺は世間の常識には疎いんでね」
自覚あったのか。
なら、なんで調べようとしないのだろうか。
「そうですかい…」
マスターは、ワインボトルを棚に置いて喋り始めた。
「ラカルは、最近になって頭角を現してきた戦士の若者ですよ。なんでも、全ての再生者の打倒を目標にしてるとか。直接会った事はありませんが、勇者ってだけあって、それはもう強いそうです。
若いのに、強い。しかも、戦士なのにアンデッドを倒す力を持ってる。すごいですよねえ」
龍神さんは、ビールを飲んでから言った。
「…そうだな。アンデッドを倒せる事自体は、そんな珍しいことでもないが」
「まあ、それはそうですね。
で、そのラカルがですね、今晩ペレスを立って、バーサクの塔に乗り込むそうです。
今からペレスに向かえば、戦いの準備をしてるラカルを見られるかも知れませんねえ」
「なるほど…それはなかなかお目にかかれない光景だな」
「でしょう?こんな田舎の町の近所にスーパースターが来るなんて、そうそうない事ですよ。
…それと、ここだけの話なんですがね。ラカルは、実はこの町の出身だったりするんですよ」
「そうなのか?」
「はい…まあ、本人の希望で、みんな黙ってるんですがね。あ、くれぐれも今の話は、ご内密に」
「勿論だ。本人がそれを望んでるなら、そうするよ」
「ありがとうございます」
ラカルがここの出身だったとは。
そう言えば、今まで彼の出身地に関しては誰も触れていなかった。
でも、なぜ故郷の事を隠しているのだろう。
勇者の故郷となれば、この町の知名度も上がるし、経済的にもいい影響が出るはずなのに。
私には、ちょっと彼の気持ちがわからない。
店を出て、私は龍神さんに聞いた。
「それで…行くんですか?」
「えっ?どこにだ?」
「ペレスの町ですよ」
「あ、そういう事な。んー…行ってみるか」
「わかりました。歩きで行きますか?」
「歩き…って、ここからどれくらいの距離なんだ?」
「8キロくらいだったかと」
「地味に遠いな。なら、飛んでいくか」
「飛べるんですか?」
「一応な」
彼は、全身を魔力で包み、浮かび上がった。
「アレイもやれるか?」
「は、はい…」
私も同様にして、浮き上がる。
そして彼と手をつないで空高く飛び上がり、勢いよく飛び出す。
結構な速度で飛んだからか、ペレスへは数分でついた。
「ここだな」
門をくぐると、町中に異様なほどたくさんの人がいた。
「すごい事になってますね…」
「まるでアイドルの訪問だな」
アイドル…か。
まあ、ラカルはアイドルでもおかしくはない。
彼は、それくらいの美青年だ。
新聞などで顔を見たことがあるけど、本当にきれいな顔をした人だった。
失礼だけど、本当は戦士ではなく防人では?と言いたくなるほどだ。
肝心のラカルは、仲間と共に町外れの空き家に泊まっているらしい。
一応私達も行ってみたのだけど、まわりに人が多すぎてとても中は見えなかった。
その後、あちこちで町の人達から色々と話を聞いた。
ラカルに関する情報の他は、バーサクの塔に住み着いているアンデッド・ゼガラルに関する情報が多かった。
それで、結構ゼガラルの事を知れた。
ゼガラルは数年前から塔に住み着いている、おそらくはゾンビの一種のアンデッドで、今のところ町に手を出してはいないものの、いつ降りてくるかわからない。
さらに、塔のまわりはいつもゾンビが徘徊している。
塔の先には町があるのだけど、そこへ行くにはどうしてもこの塔のそばを通らなければならない。そのため、人々は向こうの町に行けないのだと言う。
向こうの町…メルトンとペレスは、昔から親しい関係にあり、密接な繋がりがあるらしい。
そのため、互いに向こうの町に行けない事をもどかしく思っているとのこと。
「まあ、ラカルが来てくれたからには、大丈夫だろうよ!」
私が最後に話を聞いた男性は、そう言って笑った。
宿を取ろうと思ったのだけど、なんとどこもいっぱいだった。
ラカルの姿を見たいと思う人は、私達の予想以上に多かったようだ。
不本意だが、野宿するしかないか…と龍神さんが言った時だった。
「こっちだ」
茂みの中から、誰かが手招きしてきた。