酒場で…
「はーあ…」
私は、ため息をついた。
龍神さんの言動は、間違いなく戦士達を怒らせた。
怒鳴られたり露骨に嫌がられたりはしなかったけど、みんなからうっすらと邪険な顔をされるようになってしまい、ハグルを出ざるを得なくなったのだ。
私はもう少し長くいたかったのだけど…そうもいかなくなってしまった。
ちなみに当の彼自身は、戦士達に邪険な顔をされても平気な顔をしていた。
人の感情を読み取れないのか、単に神経が図太いのかわからないけど。
「なあ、アレイ…」
龍神さんは、どこか申し訳なさそうに言った。
「もしかして、俺…なんかまずいこと言ったか?」
逆に、わからないのだろうか。
「え…逆にわからないんですか?」
「ああ…自然に喋ってたつもりなんだが…」
彼の表情と口調からすると、悪気は本当にないのだろう。
「てか、アレイ…」
「?」
「あの戦士達と比べて思ったんだが、君はいろいろと小さいんだな。まあ、まだ幼い娘…ってとこか」
正直、イラッとした。
私は、自分の体にコンプレックスを感じている。
同性に言われてもそうだけど、男性に言われると余計に腹が立つ。
「アレイ?どうした?」
俯いて黙った私に、彼は普通に話しかけてきた。
「…」
「ん…?」
彼は、しばらくしてやっと気付いたようだった。
「…あ、もしかして怒っちまったか?ならごめんな」
「…はあ。いくら親しくなっても、言っていい事と悪い事っていうのがありますよ」
「んー…悪いが、そういうのはわからん」
「えぇ…」
呆れと驚きを感じた。
何?この人、人の気持ちがわからないの?
それとも、自分の言動で人が傷ついてもいいと思ってるの?…やっぱり、殺人者なのね。
人の気持ちを考えないからこそ、平気で罪もない人を殺したりできるんだろう。
とことん素直だとも言えるけど…これでは、友達も作りづらいだろう。
彼は子供の頃から孤独だったようだけど、その理由がわかったような気がする。
殺人鬼は平然と嘘をつけると聞くし、こういう時こそ嘘をつけばいいと思うのだけど。
さて、とりあえず町の酒場に来た。
酒場には、当たり前だけど、たくさんの戦士がいた。
戦士と言っても、いかにもな暴力的で近未来感あふれる…というかワイルドなスタイルの男性から、その辺の人と大して変わらないスタイルの人まで、いろいろいる。
前者のような格好は、人間界から来た人には「世紀末スタイル」なんて呼ばれていて、乗り物に乗って走り回ったり、暴力的だったりするイメージがあるらしい。
でも、彼らはそんな暴力的でもないし、乗り物に乗ったりもしていない。
彼らは戦士の中でも上位に位置する「狂戦士」か、それになろうとしている戦士で、基本的には暴力的どころかむしろ理性的で、優しい人々なのだ。
現に、ここにいる彼らは、気さくに私達に話しかけてきた。
「おう、嬢ちゃん!一人で酒飲みにきたのか?」
「いえ、私はあそこの彼と一緒に…」
「ん?ああー、そういう事か。おいあんた、くれぐれもこの子を酔い潰すなよな?」
「わかってる。心配しなさんな」
「そうかい。こんな可愛い子を酔い潰して手を出すなんて、男として最低だからな!」
「そんな事はしない」
さて、店の奥へ進み、マスターに声をかける。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「白ビールを一つ貰おうか」
「あいよ。お嬢さんは?」
「私は…ブルーリーカランをお願いします」
「ブルーリーカランね?オーケー」
マスターがお酒の用意を始めると、龍神さんが話しだした。
「ノンアルの飲むのか」
「朝から酔う訳にはいきませんからね」
「割と節度とか守るタイプなのか?」
「はい。あまり不摂生していると、仕事にも障りますからね」
「そうか…仕事、ねえ…」
龍神さんは、複雑な表情をした。
でも、それは仕方ないだろう。
以前彼の過去を見た時、嫌なものを見た。
端的に言うと、彼は普通の仕事を続けることがどうしても出来ず、生きるのに苦労しているようだ。
就職したことはあるようだけど、その性格(特性?)のせいでまともに続かず、2年ほどで辞めてしまった。
元々自身の性格と周囲との摩擦に苦しみ、辛い思いをしていた彼の心は、この経験で限界を迎えた。
そうして、自分を受け入れてくれない社会を恨むようになり、仕事に就かず、人を殺して物を盗むようになった。
彼はもともと人間界にいたようだけど、この世界に来てから私と出会うまでも同様のことをして生きてきたらしい。
やってることは盗賊と変わりない…というか、盗賊そのものだ。けど、なんだか責める気になれない。
もちろん、人によって考え方は違うだろう。でも、少なくとも私は、必死でやってるのにどうしてもまともに生きていけず、仕方なく盗みを働くようになった…という人を責める気にはなれない。
「マスター、なんか美味い食べ物はあるか?」
「美味い…ねえ。まあ、ちょっとした珍味みたいなのならありますよ」
「どんなやつだ?」
「このあたりの固有の異形の干し肉です。
ビールのつまみには、なかなか悪くないすよ」
「よし。じゃ、それ頼む」
私は、彼の人生の全てを見た訳ではない。
でも、壮絶なものだったのは想像できる。
さぞ、辛かっただろう。
よく、自殺しなかったものだ。
コミュニケーションを上手く取れず、周囲に合わせることもできず…
衝動的に仕事を辞めた挙げ句、口論の末に家族を全員殺し、心の奥底に眠っていた衝動に囚われて…
可哀想な人だな、と思った。
初めて彼の過去を見たあの時、自然と彼に謝ってしまった。
直前に放った自分の言葉が、とてつもなく失礼なものに感じたからだ。
同時に、自分が本当に幸せな存在なのだと気付いた。
当たり前の生活を送っていくのが、どれだけ大変で、どれだけ幸福な事か。
それを、改めて思い知らされた気がした。
「はい、お待たせしました…」
「おっ、どうも」
「ありがとうございます」
ブルーリーカランは、ぶどうを使ったノンアルコールのワイン。
普通のワインとの違いは、ほぼアルコールが入っていない事だけなので、年齢問わず飲まれている。
私も、昔からよく飲んでいたりする。
「…」
飲み慣れたワインが、やけに深い味わいに感じられた。
そう言えば、このワインの名前はかつてこの世界で使われていた言葉の一つ、『ガロフ語』で名付けられているんだっけ。
意味は、確か、「悲しみの心」。
悲しみ…か。
今、私が心のどこかで感じている感情に、ちょっと近いかもしれない。
龍神さんは、殺人鬼だ。
当然、世間では恐ろしい怪物として知られている。
でも、その冷酷な顔の裏に、悲惨な過去があると思うと…
でも、彼に出会えたのは幸運だったのかもしれない。
彼についていけば、きっと様々な経験ができる。多くの人と出会い、たくさんのドラマを知れる。
そして何より…
私が、多少なりとも彼の心を癒やしてあげられるかもしれない。
彼の冷淡さ、無機質さはきっと、遠い昔に心に負った深い傷から来ている。
ならば、それを癒やす事が出来れば…本来の人格に戻れるかもしれない。
この人の事を、もっと知りたい。
恐ろしい怪物を、怪物でなくする方法を探したい。
おつまみを片手にビールを飲む彼。
それを見ながらワインを飲み干すと、そんな気持ちが湧いてきた。
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