ミトルへ
紫の瞳に凛々しい顔立ちをした、金髪の青年。
その姿を見て、彼が誰なのかすぐわかった。
「ベクス!」
私がそう声をあげると、龍神さんが知ってるのか、と言ってきた。
「はい。彼はベクス·コルー。マトルアの魔法使いです。よくレークに来てマーシィと話してる人で、私もたまに話をします」
いつもは普通にレークを訪れる彼が、なぜ今回に限って変身魔法なんか使っていたんだろう?それが気にかかる。
「ああ、俺はそういうもんだ。あんたは?」
「俺か?俺はな…」
彼は言葉を切り、一度顔を手で覆う。
そしてさっと手をよけて、無表情のまま、その深い深淵のような瞳でベクスを見つめた。
ベクスは驚き、そして、若干怯えていた。
「こういう事だ。わかるか?」
「あ、ああ…てか、なんでそんなヤツが…」
と、ここで馬車が来た。
「おっと、お話は後だ」
「っ…わかったよ」
という訳で、私達は話を中断して馬車に乗り込んだ。
「で、話の続きなんだけどさ…」
馬車の中で、ベクスが話し出した。
「おう」
「なんでそういうヤツの1人のあんたが、アレイと…水兵と一緒にいるんだ?」
「話せば長いんだが…簡潔に言えば、仕事で必要だからだ」
「仕事?ってえと殺し…いや、アンデッド狩りか?」
「まあそうだな。けど、ただのアンデッドじゃあない。八大再生者…」
龍神さんがそこまで言ったとき、ベクスの目付きが鋭くなった。
「八大再生者!?奴らを倒しにいくのか!?」
「ああ。知ってるのか?」
「知らないわけないだろ。俺の故郷でも有名だからな」
「へえ…あ、でもそっか。楓姫…」
「そうだよ、マトルアは魔法使いの都だ。元魔女だった八大再生者楓姫の話は、誰でも知ってるレベルで伝わってる。もちろん、他の再生者の話もな」
「そうか…すると、やつが今どこにいるのかもわかるのか?」
「マトルアの西にある、魂の魔法館って所にいるって噂がある。まあ本当かどうかは知らねーけどな」
「ほう…」
龍神さんは、何かにんまりとして頷いた。
「おい、まさか本気で八大再生者をやりに行く気なのか!?」
「当然だ。俺はそのために来たんだからな」
「マジで言ってんのか…まあ止めはしないけどよ、死んでも知らねえぞ?」
「それは大丈夫だ」
「あのな、そう言って死んでった奴がどれだけ…」
ベクスは言葉を切った。
「…そっか、あんたなら大丈夫か。なんせあんたは、世界最強の吸血鬼狩りなんだもんな…」
「いやいや、俺は全然最強なんかじゃない。
司祭とか反逆者とか魔皇には負けるだろうよ」
「っ…それ全部最上位種族じゃんかよ…」
「ふふっ…」
思わず笑みがこぼれた。
「龍神さんの場合、司祭相手でも十分やり合えると思いますよ」
「俺もそう思うな」
ベクスが食いついてきた。
「…ま、それは正直何とも言えねぇな。実際に戦った事がある訳じゃないし」
「てか、反逆者って本当にいるのか?」
反逆者とは殺人鬼のさらに上位の種族。
全てを凌駕する強さとカリスマ性を備え、その上不老不死という、まさしく最強の種族だ。
でも、ここ数千年?数万年?の間はその姿を見たという正式な記録が全くない。
だから、現代ではあくまでもお伽噺や伝承の中にだけ登場する存在と認識している人が殆どだ。
「いるさ。きっといる。信じれば叶うものだ…」
どこか神妙な面持ちになる龍神さん。
そんな彼とは対象的に、ベクスは懐疑的な表情をした。
「もう長いこと誰も見てないんだぜ?
ノグレの王立図書館の図鑑でも、絶滅した種族…って紹介されてる。
そんなのがいるとは思えないよ。な、アレイ?」
私に同情を誘ってきた。
でもね…
「いえ、それは違いますよベクス」
「えっ?」
私の答えに、彼は驚いたようだった。
「反逆者は実在する。
今も、どこかでひっそりと生きてるはず」
「おい、おまえまで…」
「私、昔反逆者に会った事があるの」
すると、二人とも食いついてきた。
「なんの冗談だ?」
「本当か?」
「ええ。詳しくは言えませんが…とにかく、私はかつて、本物の反逆者に会った事があります。
彼は、とても強くて頼れる人でした。
彼がいなければ、私達は…」
え、私何言ってるの?
自分でも何を言ってるのかわからなかった。
私は反逆者に会った事なんてないのに…
「どうした?」
「何でもありません」
「どうせ嘘かネタだろ。
…ま、強ち絶対にいないとも言いきれないけどな」
「そうね。でもきっと…っ!いったあい…」
いきなり馬車がガタンと跳ねて、舌を噛んでしまった。
「まもなくマトルアー!マトルアー!」
馬主の声が響き渡る。
「お、もうすぐだ。
んじゃな、俺はここでお暇するよ」
「おう、じゃあな」
「またね、ベクス」
彼が馬車を降りてしばらくして、馬車は発進した。
アルノからミトルまでは約85km。
丸一日かかるかな、と思ったけど午後10時頃にはつく事ができた。
「思ったよりだいぶ早くつけましたね」
「だな…
てか、宿を見つけないとな」
「ですね」
宿はあっさり見つかった。
こんな遅い時間でもやってる所があってよかった。