馬停
翌日私達は町の役所に行き、例の彫刻を全て撤去することを勧めた。
龍神さんが「あれはアンデッドを誘き寄せる」と言ったらあっさり信じてくれた。
役所の人いわく、「あなたがたのお話は伺っています。信じないわけにはいきません」とのことだ。
…それにしても、なんで町の近くにあれだけのアンデッドがいたんだろう。
そして、彫刻を町に寄付したという水兵は、何者だったんだろう。
色々と気になる事が多かった。
「そう言えば、アルノに来た目的は何かあるんですか?」
「特にはないな。
ただ、ここからでないとどこにもいけないから来た、ってだけだ」
「何だ、そういう事でしたか。
レークで船に乗るっていう手段もあったと思いますが」
「どこにいくっていうあてもなかったからな…」
「そうですか…」
となると、次はどうすればいいの?と思ったのだけど、
「取り敢えず、ミトルに行くか」
と彼は言い出した。
「ミトル…ですか。最初に聞いておきますが、何の用があるんですか?」
ミトルは、ここからずっと北西にある町。
人間ではなく、戦士という種族の異人が住んでいる。
「ちょっと、戦士の町を観光したくてな。ついでに、王典の情報も集められればいいな」
「でも、アルノからだと遠くないですか?」
「ああ…だから馬車を使って行こうと思う。
確か町の外れにあったと思ったが」
「そうでしたね。
…というか、龍神さんこの辺に来たことあるんですか?」
「ある。といっても40年くらい前だけどな」
「だいぶ昔ですね」
「人間からすればな。異人にとっちゃそうでもない。
君も異人なんだ、そのうちわかるだろうさ」
私は人間だった期間を合わせても30年しか生きてないけど、その気持ちがわかるような気がする。
「その時と、今とでは何か変化ありますか?」
「家が増えたのと、あと…道が年季を重ねてるな」
「それだけですか?」
「よく覚えてないんだよなぁ…」
そんな会話をしながら、町外れの馬停に向かう。
馬停はそれなりに人がおり、並んでいた。
入り口でチケットを買い、列に並ぶ。
掲示板を見ると、次の馬車は9時14分にくるらしい。
今は8時56分、まだ時間がある。
幸いそんなに人が並んでいる訳ではないので、乗れないという事はなさそうだ。気長に待とう。
突然、前の方から怒鳴り声と取っ組み合いの音が聞こえてきた。
「何だ?」
「さあ…」
怒号も喧嘩も止まらないようなので、列を外れて見に行くと、赤いパーカーの男性と黒いジャンパーの男性が何やら揉めていた。
「お前俺のチケット盗っただろ!」
「はあ!?盗ってねえよ!」
「嘘つけ!盗ったの絶対お前だろ!」
「それだけで決めつけるのか?」
「しらばっくれんな!」
「おぉ!?まだやる気かこのクソ野郎!!」
彼らは人目を気にする事もなく、乗り口の前で盛大に喧嘩している。
「ずいぶん派手にやってますね…」
「だな…ったく」
龍神さんは一歩前に出ると、男性達に話しかけた。
「ちょっと待ちな、お二人さん」
「あ?なんだお前!?」
「まず、一体何があった?」
「ああ、おれはさっきまでここに並んでたんだ。
んで、ちょっとここにチケット置いて荷物を整理した。
そしてカウンターの上を見たら、チケットがなくなってたんだ。
この一瞬でここを通ったのはこいつだけだ。
それに、おれにはこいつが犯人だってわかる!」
「だから、なんでそう決めつけんだって言ってんだよ!
俺はチケットなんか盗っちゃねえよ!もうあるしな!」
「それおれから盗ったやつだろうが!」
「あ!?いつまで言いがかりつけてくるつもりだ!?」
「まあ落ち着けっての…」
龍神さんは二人をなだめようとするものの、二人はヒートアップし、また喧嘩を始めてしまった。
「はあ…」
龍神さんも匙を投げてしまったようなので、次は私が出る。
「あの…」
「うるせぇ!こっちは今…
って、え?」
パーカーの男性は私を見て動きを止めた。
そして、ジャンパーの男性も。
「…なんだ、水兵さんか。
別に大した事じゃない、気にしなさんな」
「そ、そうだそうだ。ただおれが不注意でチケットを落としちまって、それで…こいつに知らないかって聞いた、ってだけの事よ」
…あからさまに態度が変わったわ。
この二人はアルノの人みたいに見えるけど、水兵が好きなの?
「そうなんですか?」
一応聞くだけ聞いてみる。
「あ、ああそう言う事だ。
だからな…全然大したことじゃないんだよ。
お嬢さんは気にすることはないぜ」
ま、おおよそ予想通りの答えだ。
「へえ…
それで、チケットは見つかったんですか?」
「いや、見つかってない」
「では、あなたは彼のチケットがどこに行ったのか、本当に知らないんですか?」
「ああ、本当に知らねえ。俺は盗人じゃないからな!」
「そうですか…」
まあ、素直には認めないだろう。
そこで、パーカーの男性にこう言った。
「ここにチケットを置いたのはいつごろですか?」
「本当についさっき…たぶん、7分くらい前だ」
「なるほど。では」
次にジャンパーの男性の方を向き、
「あなたが本当に無実であるなら、私がそれを証明しても大丈夫ですね?」
と聞いた。
男性は一瞬きょとん、としたけどすぐに、
「え、してくれるのか?」
「はい」
「そりゃ嬉しいね!ぜひ頼むよ!」
と言ってきた。
パーカーの男性含むまわりの人たちは、「どうするつもりだ?」などと言っている。
そしてジャンパーの男性は、嬉しそうににやけている。
…自分の罪を晒されるとわかっていないのね。
まあ、いいでしょう。
一度痛い目を見ないとわからない事もあるのだし。
私は並んでいる人達の方を見て言った。
「では、これからこのお二人のどちらが正しいのか確認してみましょう。
皆さん。そうですね…
そこの掲示板の下の壁をご覧になって下さい」
人々が掲示板の下の壁に目線を移す。
そして私は、目を閉じる。
私の目に映ったのは、今から約7分前の映像。
パーカーの男性が、手に持っていたチケットをカウンターに置き、しゃがんで荷物を整理し始める。
すると、その直後に後ろに並んでいた黒いジャンパーの男性が手を伸ばしてすっとチケットを取り、懐に入れた。
人々からおぉ…という声が上がる。
この映像は、今リアルタイムで壁に映し出されている。
「…以上が、7分前の真実になります。
どちらが正しいのか、一目瞭然でしたね」
目を開け、そう言った。
「…ほらな!だから言っただろ!」
「う、嘘だ!
こんなの、全部デタラメだ!」
悪あがきをする男に対し、私は淡々と話す。
「デタラメではありませんよ。
今の映像は、7分前にここで起きた事をありのまま流したものです」
「なんだと!」
さらに後ろの人々もざわめき出した。
ここで、私はネタばらしをする。
「私は人や場所、物の過去を見たり、人に見せたりできる異能を持っています。
そして今皆さんにお見せしたのが、この場所の過去。嘘偽りのない、真実です」
そして呆然としているジャンパーの男の方を向き、
「素直に認めればよかったものを。
さあ、彼にモノを返しなさい。
あと、護衛官が来るまで一緒にいてもらいますよ」
と言った。
「…うがぁ!!」
男は逆上した。
「このクソ女!余計な事しやがって!!」
喚いて掴みかかろうとしてきたので、
「[パルスタッチ]」
魔法で気絶させた。
男の懐を漁り、チケットを取り出して、
「どうぞ」
パーカーの男性に渡した。
「ありがとう。あ、あいつは…」
「すでに護衛官を呼んでくれてる方がいるはずですので、来たら引渡します。
あ、彼にかけたのは弱い魔法で、気絶させただけなので心配はいりませんよ」
「そうか。ならよかった…」
「ところであなた…」
「?」
「いつまで、貧相な姿を装っているつもりです?」
私には、始めからわかっていた。
この人は、こんな姿じゃない。
もっと言えば、人間じゃない。
「…バレてたのか」
「当然でしょ?上手く隠してるみたいだけど、私にはわかる。その魔力は、おおよそ人間のものじゃないわ。
何か理由があるんでしょうけど、変身魔法はあまり長続きするものじゃない。今のうちに休憩しといたら?」
「…そうだな、そうするよ」
そして、彼は魔法を解いて本来の姿を現した。
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