『水母』
水神殿に到着した私たちは、すぐにキャルシィさんのもとへと向かった。
青く透き通る水晶の柱が並ぶ神殿の奥で、彼女は静かに瞑想していた。しかし、私たちの足音を聞くと、ゆっくりと目を開ける。
「・・・キャルシィさん!」
「知ってる。夢で見ていたから。フィージアの連中にも困ったものね・・・」
キャルシィさんは、ラヴィナさんと目を合わせた。
「ラヴィナ・・・今回は、災難だったね」
「ええ、いい迷惑でした。でも、フィージアの奴らに直々に制裁を下せたからいいとします!」
ラヴィナさんはそう言った後、「ニームを守るのは、あたしの使命の1つですから!」と決めた。
彼女はニームの生まれなのだけど、ある時両親が町の掟に背く何かをしたのがきっかけで町を追放された。
それにより、当時子供だったラヴィナさんは外部へ引っ越すことを余儀なくされた。
でも、どうしてもニームに戻りたかったラヴィナさんは、数十年後に神殿へ赴いた。
そして、自身の町への帰還を許してほしいとキャルシィさんに頼み込み、それを認めてもらった。
それ以来、キャルシィさんには頭が上がらず、与えられた使命をしっかり守って頑張っているらしい。
「顛末を夢で見てたんなら、もしかして『水母』のこともご存じか?」
「もちろん。というか、彼女のことは今の今まで見てたわ」
「ありゃ、そうだったのか?」
「ええ。ちょうど見終わったところだったの」
そうして、キャルシィさんは『水母』について話した・・・。
◆
『水母』は、今から3年前にフィージアの「指導者」の第14階位として着任した人物。
奇抜な仮面を被っているために素顔はわからないが、黒く美しい長髪を持ち、声と時折覗く美しい足から女であることだけはわかる。
フィージアの祖国はシュンズネーアイという国だが、その支配者共々表舞台に出てくることはほとんど無い。
ただ、自身の下僕たる部隊の兵士たちに命を下して動かし、目的を果たすのみ。
そんな、いかにも敵の幹部という存在だが、同時に再生者ラディアにたどり着く鍵でもあるという。
その理由は・・・。
「『水母』は、かつて海人だった。そして、主の命を受けてフィージアに潜り込み、地上の者を滅ぼそうとしている。
同時に、かつてのシエラの子孫・・・つまりアレイの身も狙っている。もう、わかるわね?」
もはや、そこから先は聞くまでも無かった。
つまり、『水母』ってのはよそ者。そして、地上を滅ぼそうとし、しかもわざわざアレイを狙うということは・・・。
「ラディアの下僕、か」
キャルシィは、正解の意を示した。
「フィージアの者は、例外なく仮面をつけている。でも、私は夢を通じて、彼女の素顔を見た。
ラディアに仕える3人の死海人の1人、ロゥシィ。それが『水母』の正体よ」
ラディア直属の、海人の屍。
以前に遭遇した、ミュウマと同じだ。
・・・しかし、なんか妙に引っかかる。
理由はわからないが、ロゥシィという名前に謎の既視感を感じる。
なんか、ずっと昔にどっかで聞いたことがある・・・ような気がする。
というか、前にもどっかの誰かの名前を聞いてこんなことを思ったような。
「ロゥシィ?なんか、キャルシィさんとちょっと似た名前ですね・・・」
「ええ。でも、あいつは私とはまるで違う・・・属性以外はね」
キャルシィ曰く、ロゥシィとはいわば「ラディアに仕える魔法使い」のようなアンデッドであり、姿も魔法使いに似ているという。
ラディアの力の一部を扱うことができ、その一環として相手の体を腐敗させる[腐食]の異能を持つ。
このため、武器や体術で攻撃するとこちらがダメージを受けることになり、基本的に通用しないと思って良い。
「属性は水と闇。だけど結界を張って電に強くなるから、実質刺さるのは光だけ。
それに、そもそも魔法への耐性が高いし、今言ったように直接攻撃するのも危険だから、強力な光魔法か、耐性を無視できる魔法で無理やり押し切るのが無難ね」
耐性無視の魔法なら、それなりにある。
魔導書を探せば、いくつかあったはずだ。
「魔法でゴリ押しかぁ・・・あれ、そう言えばキャルシィはそいつと戦ったことあるんですか?」
ラヴィナが尋ねると、キャルシィは頷いた。
「シエラたちが各地で再生者と戦っていた時、私も彼女たちに協力したのよ・・・母さんと共に」
キャルシィの母、か。
そう言われると、部外者ながら思い出す。
火の再生者によって幽霊船に縛りつけられ、吸血鬼にされた哀れな女のことを。
「ラディアは水の再生者だけど、私と母さんは彼女自身とは戦っていないの。ただ、その下僕である3人の死海人とは戦った。
その際、一番苦戦したのがロゥシィだった」
まあ、それはそうだろう。
物理が効かない上に、こちらが使う属性にも魔法にも耐性があるような相手とは、とてもまともに戦えまい。
「ラディアが蘇った今、あいつは彼女のために暗躍している。そして・・・」
キャルシィは目を閉じ、アレイのそれのように空中に映像を映し出した。
そこには、どこかの部屋できれいに横に並ぶ数人のフィージアの兵士。
そしてその視線の先には、青い装束のような服を来た仮面の女がいた。
「『水母』様、それではいよいよ・・・!」
「ええ。計画は明日、朝6時に実行する。その時までに、準備をきっちり終わらせて。
・・・ニームの町に攻め入って、3日以内に陥落させる」
それを聞いて、アレイとラヴィナが驚きの声を上げた。
「この計画は、あくまでもスタートに過ぎない・・・水兵どもを滅ぼすためのね。
奴らは海人としては強い。くれぐれも、気を抜かないように」
「はっ!」
兵士が部屋を去った後、『水母』は呟いた。
「あの女・・・今度こそ潰してやる。姉妹揃って、母親の元に送ってやる・・・」
映像が消えた後、キャルシィは目を開けた。
「これでわかったでしょう?あいつは、この町を潰すつもりでいるのよ・・・私ごとね。
でも、そんなことはさせない!」
キャルシィは目を閉じ、深く息を吸った。
そして目の前に、水の鏡を顕現させた。
「『昏い夢の底から・・・』」
鏡の表面が揺れ、波紋が広がる。
その中に映し出されたのは、暗い地下都市のような場所。
「ここは・・・?」
水鏡の映像が奥へと進み、一人の人物が映し出された。
暗い衣をまとった女。やはり仮面をつけているが、その奥に覗く目は冷たい光を宿している。
「・・・これが、『水母』?」
ラヴィナが声を震わせる。
誰かと話しているようだった。
水鏡を通して、その声が微かに響く。
『明日の朝、ニームへの侵攻を開始することになりました。
今度こそ、あの女を仕留めて見せます』
『そう・・・それは楽しみね。
では、あとは計画どおりに進めなさい。もし邪魔者が現れても、容赦なく排除するのよ』
『もちろんです。全ては、あなたとあのお方のために・・・』
その言葉を最後に、水鏡の映像は消えた。
「やっぱり、あの女が『水母』・・・!てことは、話してたのは!」
キャルシィはラヴィナに向かって頷いた。
「もう、時間がない。ラヴィナ、管理職の子たちに言ってきて・・・緊急召集を行なうとね」
「はい!」
そうして、ラヴィナは走っていった。




