人魚の囮
夜、レークにつくと、キュリンさんが出迎えてくれた。
久しぶりに会って、改めて思うけど・・・やっぱりいいスタイルだ。
キュリンさんはレークの中でも特に男性からの人気が高い水兵の1人だけど、その理由はよくわかる。
「話は聞いているわ。・・・でも、本当にやるつもりなの?」
私達の後ろの人達を見ながら、心配そうに言ってきた。
「大丈夫です。私達みんなで、全力で守ります」
後ろにいるのはアイゼスの官吏3人と、彼らが集めてくれた囮役の男性5人。
この人達は元々城に捕まっていた野盗などの小悪党で、これといった力はない人間や普通の異人だ。
私達がいれば大丈夫だとは言ったけど、異形を誘き寄せる餌となる人達だ。
普通に考えれば、もし仮に死んでも、あまり問題ない人を選ぶものだろう。
罪人を囮役として選んだあたり、さすがに同僚を差し出す勇気はなかったのか。
何のために彼らを集めたという理由に関しては、さすがに説明したようだけど。
でも、肝心の男たちはそこまで怖がっていないようだった。
「人魚って、可愛い女なんだろ?だったら、何を怖がる必要があるってよ」
「人魚にキスされると、溺れなくなる・・・なんて話、聞いたことあるぜ。本当なら、これってまたとないチャンスだよな」
どうやら、知らないようだ。
人魚というものの、本性を。
でも、私達は何も言わなかった。
ここで下手に言って、怯えられるわけにもいかない。
町の北東の岬に、海賊船さながらの帆船が停泊している。
私達は、それに乗り込む。
そして30分ほど東へ向かってもらい、手頃なところで囮役と私とキュリンさんを乗せた小舟を下ろしてもらう。
あとは、私とキュリンさんでしばらく漕いでいって、船からなるべく離れる。
これは、船が襲われる事態を避けるためだ。
手筈は整えてあると言っても、相手は凶暴な異形。油断はしない。
「・・・なんか薄気味悪いな」
「夜の海ってのは、やっぱり嫌だな。なあ、水兵さんよ。夜じゃなきゃダメだったのかい?」
それには、キュリンさんが答えた。
「ダメではないけど・・・シレイネは、夜や悪天候時の方が活動が活発になるから。
それより、あなた達はこれをつけて、釣りをなさい」
キュリンさんはランプを渡し、釣りをするよう彼らに促した。
ちなみに、釣りの道具はちゃんと人数分小舟に積んである。
「そうか。まあいいや、人魚に会えるんなら」
「言っておくけど、彼女らが出てきて、何を言われても、耳を傾けてはダメよ。命が惜しければね」
「ん?そりゃどういう意味だ?」
そこで、私は思わず声に出た。
「・・・可哀想に」
「ん?何か言ったか、お嬢さん?」
「別に。ただ、あなた達が可哀想に思っただけ」
「何が可哀想だって?」
もはや隠す必要もない。
私は、彼らに真実を教えることにした。
「人魚・・・シレイネっていうのは、あなた達が思ってるような、神秘的で美しい存在じゃない。あれは、水棲系の異形なの。
元々異人や人間を捕食する異形だけど、冬の時期はさらに危険な存在になる。子供を産むため、より獰猛に人を襲うようになるの・・・特に、男をね。
あなた達は、彼女らを誘き寄せるための餌よ」
果たして、彼らはどんな反応をするだろうか。
「・・・ありえねえ。あのきれいな人魚が、そんなバケモンだなんて」
「水兵が言うことだ。おれたちなんかの話より、よっぽど信じられるぜ。そうか、おれたちは異形の餌か・・・」
「まあ、どうせ死ぬんなら、最後にいい女に抱かれて死にたいかな。みすみす縛り首とかになるよりは、そっちのが100倍ましだ」
みんなして、何か勘違いしてる。
だから、私はこうも言った。
「心配しないで。あなた達は囮だけど、死にはしない。
シレイネが来たら、私達が捕まえる。あなた達には、絶対に手を出させない。約束する」
この人達を派遣してきた官吏たちはどうか知らないけど、少なくとも私達水兵は、彼らを死なせる気はない。
目の前でシレイネの犠牲者を出すなんてこと、絶対にさせない。
「本当かよ?」
「ええ。・・・とにかく、今はあなた達は自分の役目を果たして。私達も、しっかり務めを果たすから」
暗闇の海を漂う船の上で、ランプを灯す。
そして鼻歌を歌いながら、釣り糸を垂らす。
それが、この船に乗った男達のすることだ。
シレイネは魚と同じく、「餌」を求めて灯りに集まってくる。
そして、主に釣りをしている人を狙う。
だから、彼らには釣りをしてもらう。
また、シレイネは音に敏感で、特に歌を好む。
理由はよくわからないけど、それが男の声であれば近寄ってきて、女の声であれば無視するというわけだ。
ちなみに、この間私とキュリンさんは船の中で寝そべり、船のへりから足や髪が出ないようにしている。
海中から女の姿を見られると、シレイネ達が寄ってこなくなる可能性があるからだ。
当の男達は、正直私が思った以上に「船上で釣り糸を垂らす釣り人」を演じてくれている。
演技だとしても上手い。
自分たちが異形の餌であること、それを自覚していることなど、微塵も感じさせない。
「この調子なら、わりとすぐ出てくるかもしれませんね」
私は、キュリンさんに小声で言った。
「ええ。アレイ・・・コンディションは、大丈夫よね?」
「バッチリです。彼らを、シレイネの牙にかける気なんてありませんから」
「ふふ・・・いい顔だわ」
私達は単に横になっていたのではない。
耳を澄まし、周囲の海面から出てくるものがないか、常に気を配っている。
そしてそれをしばらく続けると・・・
いよいよ、海面から顔を出す音がした。




