成りすまして
翌日、指定された通り町の南東に向かった。
言うまでもなく、私一人で。
そして、指定の家の前に来た。
町の最南東の水色の屋根の家…というとここで間違いないはずだけど、周りの家と比べても特に違和感はない。
でも、こういう「何の変哲もない所」にこそ、悪党は巣食っているものだ。
私が「本物」の殺人者だったとしても、こういう所を根城にするだろう。
入り口の前に来ると、扉を3回叩く。
すると、数秒もしないうちに住人が出る。
一見、背が低いだけのごく普通の男性だけど…おそらく彼も、フィージアの一員だ。
「…名前は?」
「セアラト」
名前を確認すると、彼は無言で中へ入れと指図してきた。
家の中は、外見からは信じられないほどに広く、豪華な家具が並んでいた。
床には分厚く柔らかいカーペットが敷かれ、部屋にはしっかり暖房が入っており、この時期でもまったく寒くないようになっている。
そこからも、彼らの組織の財力が伺える。
私を連れてきたやつを含め、室内には3人の男がいる。
彼らはみな、奇怪な仮面をつけて顔を隠している…私を連れてきた男も、部屋に入るや否や仮面をつけた。
ここには、一応の仲間しかいないというのに。
これが、フィージアの兵士。
誕生から数十年間、独裁体制を維持し続けてきた軍事国家の、道具となった者たちか。
彼らが人間か異人かは、もはや私たちにはわからない。
いや、きっと彼ら自身にとっても、もはやどうでもいいことなのだろう。
「来たな…?」
リーダーと思しき、黒装束の男が口を開いた。
「俺は『R-134』だ。こっちは『R-156』。で、こっちのチビは『R-125』だ」
フィージアの兵士に名前はない。
すべての兵士…とされた者は、今彼が言ったように番号で呼ばれる。
そして、彼らは祖国のための使い捨ての駒として…
文字通り、『道具』として使われる。
「そう。私は…あ、知ってるか。なら言わなくていいね」
「そうだな。…では、さっそく本題に入ろう」
男…『R-134』は、自分の前のテーブルを挟んだ位置にある椅子に座れと案内してきた。
ちなみに、この様子はすべてウェニーさんたちに見えているし、聞こえている。
朔矢さんがつけてくれたブレスレットのおかげで。
さらに、向こうにつけていることが気づかれないよう、ステルスの魔法もかけてくれている。
これなら、安心していいだろう。
「依頼の基本的な情報は、昨日話した通りだ…言ってなかったが、期間は1カ月だ」
「短いのね」
「仕方ないんだ。本国の方から、1カ月後にはアイゼスから撤退せよとのお達しが出てるんでな。
言うて俺たちも、ついこの前言われたばっかりなんだけどな」
「どうして、急に?」
「さあな。けど、俺たちが気にすることじゃあない」
「そうだ。今回の撤退は、冬の帝様の…ひいては『水母』様の思し召しだ。我々がケチをつけることではない」
青いマントの男、『R-156』がそう言った。
それで、私は一歩踏み込んだ。
「『水母』って、どんなやつなの?」
名前からすると、おそらく「十五人の指導者」のうちの一人だろう。
フィージアにおいて、番号ではない名前を名乗ることが許されるのは指導者、またの名を「フィジアル」と呼ばれる存在だけらしいから。
「なんだ、お前さん…『水母』様を知らないのか?」
「あいにく、フィージアのことには疎くてね」
これは本当だ…けど、今回の私の目的はちょっと違う。
彼らの悪巧みの証拠を掴み、同時にその命を出している指導者について聞き出すことだ。
その為には、彼らに正体に気づかれるのは元より、怪しまれてはならない。
「…まあ、殺人者なら仕方ないな。『水母』様は、3年前に指導者の第十四階の称号を授けられたお方だ。
万物を閉ざす闇と、あらゆるものを穿つ水を操る…長髪のお美しい方だ。元は外部の者だそうでな、海を故郷と呼んでおられる」
言い方と行動、履歴からすると、女の海人だろうか。
まさかとは思うけど、水兵ではないでしょうね。
「あの方は、指導者となって程なくして、俺たちの主人となった。
そして、俺たちに金融面での活動を推進せよと命じられた。
…まあ、元々俺たちの仕事はこれだったから、結局何も変わっちゃないんだけどな」
そう言ったのは、チビと呼ばれた男…
『R-125』だった。
「それで、その『水母』があんたたちに色々と口を出してきてるわけね?」
「俺たちはフィージアの忠実な一員。『十五人の指導者』様の意思とあらば、従うまでだ」
つくづく忠順なものだ。
立派だ…けど、同時に彼らから何か、殺人者以上の恐怖と冷淡さを感じる。
「その『水母』様って、どこにいるの?」
「確か、今は本国にいたはずだ。近いうちに、近くの町に行くそうだがな」
私は、驚いて尋ねた。
「それって、水兵の町?」
「ああ。確か、ニーム…だったか。正体を隠して、お忍びで行かれるんだとよ。
一体どういう肚なんだか知らんが、あの町にフィージアの者が入れるってのは、なかなか衝撃的なことだと思うぜ」
「そう…ね」
私は、衝撃と驚きをなんとかごまかした。
「それで、依頼なんだけど…」
「ああ。そうだ、その前にこいつを」
『R-134』は、複数枚をまとめた書類を出してきた。
「こいつが、今回のターゲットたちの名簿。こっちは、奴らの今の住所。
そしてこっちが、奴らの借用書だ」
それらはいずれも、一見すると特におかしな所は見られない。
でも、これを使って暴力的な取り立てをすると考えると、読みたくもない。
「全部で50、金額にして1億2100万。利息を含めると、3億5800万だ。わりかしショボい額だよな」
どこがショボい額なのか。
というか、名簿や借用書を見た限り、どれも本来ならとうに時効を迎えているものばかりだ。
「…しかしまあ、それなりに膨れ上がってるわね。金利はどれくらいなの?」
この大陸では、金利の上限は年に20%までと決まっている。
もちろん、それを超えていれば違法だけど…まあ、結果は正直目に見えている。
「借用書の下、よーく見てみな?」
言われた通り下を見ると、小さな字で「トイチ」と書かれている。
つまり、「金利は10日で1割」ということか。
仮に元が10万だとしたら、10日後には11万、1カ月後には13万。
これだけなら大した額に感じない人もいるかもしれないけど、そのまま計算すると半年後には28万、1年後には46万返さなきゃないことになる。
しかも、これはあくまで10万借りた場合の話だ。
元手が多ければ、当然その分増える。
年利にすると、365%。めちゃくちゃだ。
上限の実に18倍で、違法以前に道徳的におかしいだろう。
どう考えたって、こんな額の利息を取っていいわけがない。
しかも、こんなに端っこに、それも小さく書いているなんて。
これは、後になって「明記してあるのに読まなかったあなたが悪い」と言って責任を逃れるためだろう。
なんともたちが悪い…けど、悪質な金貸しにはよくあることだ。
「…なるほどね。常套手段だわ」
これは、皮肉も何も一切なしの、思った通りの本音だった。
「俺たちなんか、まだ可愛いもんだぜ?…っと、それはさておき、あんたに頼みたいのは、そのリストに載ってる奴らの制裁だ。
もし返せないって言うんだったら、そのまま素材として回収すればいい。な、簡単だろ?」
確かに、こいつらにすれば簡単なことかもしれない。
でも、回収される人からすれば、こいつらは単なる悪魔、死神だ。
「…確かに簡単ね。見た限り、そんな位の高い異人もいないようだし」
これも悪質だなと思うのが、リストに載ってるのはみんな人間か下級種族の異人なのだ。
水兵は昇格がないにしても、未来も昇格先もある術士や魔法使いも含まれている。
弱いものいじめと同じだ。
こんなの、許せない。
「だろ。…で、どうだ?やってくれるか?報酬は昨日言った通りだ」
私は書類を置き、少し悩むふりをして答えた。
「わかった。引き受けましょう」
「おお、そりゃありがてえ。じゃ、さっそく明日から頼むぜ」
「今日からじゃなくていいの?」
「今日一日だけは、奴らに最後の情けをかけてやろうと思ってな」
…情けになってない。
元の額に1割プラスαの金額なんて、おおよそ1日で出せるわけないじゃない。
「まあ、こんなとこだ。それじゃ、お開きにしようぜ」
「ええ。…『いろいろありがとう』ね」
最後に、私は最大級の皮肉を込めて言い放った。
世界観・フィージア
大陸北方の軍事国家シュンズネーアイの組織。
「冬の帝」と呼ばれる人物によって治められる独裁国家であり、強引な外交や犯罪、あるいはそれに近い行為も平気で行う。
その内部には膨大な数の軍隊と、それを指揮、統括する「十五人の指導者」が存在する。




