変身して
「え…朔矢さん?」
私が思わず声を上げると、朔矢さんは目線を移してきた。
「また会ったわね」
いやまあ、元々この国に住んでいる…というか住むことになったわけだから、ここにいること自体は別におかしくないのだけど。
「…もしかして、ずっとこの城に?」
「まさか。そもそもあたしは、長時間じっとしてるってことは出来ないから」
それは、以前に見た過去から知っている。
この人は、隙があれば戦いに身を投じたり、男性を誘ったりしていて忙しい…というか、とにかく大人しく暮らす、自分の気持ちを抑えるということが出来ないようだ。
その衝動性故、後になって苦労することも多いみたいだけど。それで一番苦しいのは、きっと自分自身だろう。
「それで、ウェニーさん。朔矢さんに協力してもらうって言うのは…」
「朔矢さんは、任意の対象の外見および性質を他のものに変化させる異能をお持ちです。それを使い、アレイさんを殺人者に仕立て上げて、フィージアの依頼を引き受けるふりをしてもらいたいのです」
ということは、やはり犯罪組織に味方するものの演技をせよということか。
「そんなの、したことないです…」
「それは大丈夫よ。あたしの異能はね、変身した存在として自然な声、口調、性格に相手を仕立て上げることができるの。だから、あんたが殺人者に化けたとして、奴らに疑われる心配はまずないわ…変な動きをしなければね」
それを聞いて、正直怖くなった。
もし正体が彼らにバレたら…いや、龍神さん達がバックにいるわけだし、大丈夫だとは思うけど…。
「それで、いかがです?引き受けていただけますか?」
ウェニーさんは、迫るように聞いてきた。
「えーと…」
正直、こんなの引き受けたくない。
いくら何でも、殺人者に成りすますなんて。
でも、ここで断ればクリスラさんやサリメさんが浮かばれない。
「わかりました」
そうして、さっそく朔矢さんに異能を使ってもらった。
変身の瞬間は…何というか、不思議な感じだった。
体が煙のようなものに包まれ、一瞬で晴れたかと思ったら、目線が明らかに高くなっていたのだ。
その際、変身したという感覚は皆無だった。
姿見の前で変身したので、どのような姿になったのかはすぐわかった。
それは、白いコートに緑のフレアースカートを身に着けた黒目の女性…というものだった。
靴はシンプルな緑のブーツで、髪は白。上半身と下半身で、きれいに色が分かれている。
…正直、元の姿よりいいかもしれない。
偶然だとは思うけど、この上下の服の種類は私が制服以外で着ることの多い服と同じだ。
スタイルもいいし、背も明らかに高い。それに…元の私では小さいところも大きい。
この姿で制服を着たら、男性1人くらいは簡単に落とせそうだ。
「どう?」
「…なんか、おしゃれですね。殺人者って、こんなにおしゃれなんでしょうか…」
「意外とそういうもんよ?まあ興味ない奴はとことんダメダメだけどね」
「…」
私は、姿見に映る仮の自分の姿にしばし見惚れていた。
目は暗く、前の光景が映り込んでいない。これは龍神さんや朔矢さんと同じだ。
そしてふと気づいたのだけど、ブーツには短剣が、コートの中には短い矢が隠されていた。
短剣は言わずもがな、短い矢には毒が塗ってある。いかにも殺人者、暗殺者という感じだ。
「なかなか悪くないんじゃないか?殺人者の女として違和感ないぜ。露出が少なめなのがちょっと残念だが」
龍神さん…前半は良かったのに、最後の一言が良くないです。
朔矢さんほど露出が多くないのが残念だというのは、否定しないけど。
「あれ、これは?」
左腕に、青いブレスレットがついていた。
「それは発信器兼無線代わりよ。こっちとつながってる」
朔矢さんは、私の腕についているのと同じものを手にした。
「こっちからの声は、それをつけてる人にしか聞こえないから、奴らにバレる心配もない。逆にそっちから何か言いたいときは、心で念じてもらうことでも聞き取れる。もちろんそれが他人にバレることはない…最強の連絡ツールよ」
確かに、優秀なアイテムだ。
もしかして、殺人者は普段からこういうものを使って連絡を取り合っているのだろうか。
「では、計画をお話します…」
それから数時間後、私は固定電話の前に座っていた。
ウェニーさんの部下たちが正体を隠してフィージアに接近し、ちょうどいい殺人者を知っている…と言って、ここの電話の番号を教えてくれたのだ。
それで、当日実際に向こうに赴くことになる私が電話を握る…というわけだ。
彼らはご丁寧にも、この時間にかけるといいだろうとフィージアに忠告しておいてくれたらしい。
つまり、もう間もなく電話がかかってくるだろう。
「いいか?心に浮かんでくるままに話すんだ。本当の自分の人格を隠すつもりで…な」
電話がかかってくる前に、龍神さんが殺人者としての話し方を教えてくれた。
まあ、話し方そのものではないけど。
「…はい」
その直後、電話がかかってきた。
私は受話器を取り、自然に話す。
言われた通り、心に浮かぶまま。
「はい…」
「もしもし。『サッカーはお好きですか?』」
いきなり意味不明なことを聞かれた…と言いたいところだけど、何となくわかる。
これは犯罪組織の間で広く使われている隠語で、相手が自分たちの仲間であるかを確かめる、いわば合言葉のようなものだ。
これにどう答えるかで、自身の所属や正体を相手に教えることになる。
今の私は殺人者だ。だから、こう答えた。
「『私はバレーが好きです』」
「そうか。…バレーのセアラト、でいいか?」
バレーとは、ここでは殺人者のこと。セアラトとは、私の名前…ということになっている名前だ。
「ええ。そっちは?」
すると、向こうは安心したようだ。
「…俺はフィージアの者だ。先日、とある人物からお前さんのことを聞いた。まず聞くが、1つ依頼をさせてもらえるか?」
ここからは、「水兵」としての私の人格を切り離し、「殺人者」として応える。
「どんな依頼?」
「まあ…そうだな。簡単に言うと、集金と素材集めだ」
『集金』とは債務者から債権、つまり貸したお金を回収する…というか無理やり巻き上げることで、『素材集め』とは不特定多数の異人や人間を誘拐、殺害して売買する用の人身や臓器を集めることを言う。
当たり前ではあるけど、完全に犯罪者の言葉だ。
「…へえ。地域は?」
「この国全域だ…何、俺たちもやる。あくまで協力してもらう形だからな。そんな時間は食わないぜ」
「報酬は?」
「基本400、担当ネタ毎にプラス50でどうだ?あ、言ってなかったがネタはざっと50あるぜ」
単位はつけてないけど、おそらく「400万テルン」ということだろう。
そして件数が50で、1件につき50万追加か。すると、トータルで2900万テルンということになる。
そんな大金をポンと出せるあたり、やはりフィージアの財力は相当なものだ。
「ふーん…で、対象は?」
「基本的には人間、あと水兵とか魔法使いもちらほらいるな。ま、基本雑魚種族だ」
水兵が、雑魚種族…?
聞き捨てならないセリフだったけど、今はスルーする。
実際に会ったら、海術で屠ってやろうか。
「それが50か…まあ大した数じゃないかな」
「だろ。…で、どうだ?」
「そうね…まあ聞いた感じ、悪い仕事じゃないわ。もう少し詳しいことを聞かせて?」
「お、乗ってきたな。…そうしたいとこだがな、直接お前さんと会って話がしたい。いいか?」
殺人者やフィージアのような存在は、相手を簡単には信じない。取引や契約の際は、電話だけでなく直接会談して信用するものだ。
最も、それが難しい殺人者もそれなりにいるのだけど。
「もちろんよ。どこに行けばいい?」
「明日の朝8時、町の最南東の水色の屋根の家の前に来て、ドアを3回叩いてほしい。そうしたら、中でゆっくり話そう」
「わかった。明日の朝8時…ね」
「ああ」
そうして、電話は切れた。




