『フィージア』
クリスラさんを保護して程なくして兵士がやってきて、他の所での野盗の掃討が終わった、そっちはどうだ?と言ってきた。
それでことの経緯を説明し、ひとまず彼女のことをウェニーさんに説明したいと言ったら、すんなり承諾してくれた。
城へ戻り、一旦部屋の前で彼女を待機させて先にウェニーさんに事情を説明した。
すると、意外なほどあっさり理解してくれた。
「それで、その方はどこに?」
「部屋の前で待たせています。今お連れしますね」
そうして彼女を呼んだ。
クリスラさんは、恐る恐る部屋に入ってきた。
「…ウェニー、様…」
彼女も野盗として活動する以上、皇魔女であるウェニーさんの存在は認知していただろう…ただし常日頃から追い回され、捕まればまず命のない、「敵」として。
「事情はアレイさんから伺いました。あなたは野盗として活動していたとのことですが、その経緯には同情の余地があります。そして…確かにあなたはうす汚れています。でも、あなたが野盗の一味であるという物証はありません。よって、罪は問いません」
うす汚れている…って。まあ龍神さんと同様、思ったままを言っただけなのだろう。
それに本当は、私の異能を使えば彼女の過去の行いを把握することはできる。私の異能を知っているはずなのに、ウェニーさんがそれを敢えて言わなかったのは、彼女なりの優しさだろうか。
それを聞いて、クリスラさんは震えて涙した。
無理もない。この城でウェニーさんと話す時は、死刑を宣告される時だと思っていたのだから。
「それと、あなたが追われているという殺人者のことについて、詳しく教えてください。…あ、もし思い出したくないのであればアレイさんに異能を使ってもらいますので大丈夫です」
この期に及んで、「それであなたの罪を確認します」とは言っていない。
やっぱり、温情をかけている。
そうして、クリスラさんは自身を追い込んだ者たちのことについて語った。
時折、ウェニーさんが気になるところで覚えていない部分は私が映し出した。
その途中、突如龍神さんが喋った。
「ありゃ、これフィージアの奴じゃないか?」
「フィージアって…あの?」
フィージアとは、この大陸の北にある大国、シュンズネーアイの組織。
優れた技術と軍事力を持つ一方、強引な外交や犯罪紛いの活動も平気で行う、悪名高い組織だ。
私はあまり詳しいことは知らないけど、シュンズネーアイは「冬の帝」と呼ばれる人物によって治められる独裁国家であり、フィージアは冬の帝の直属の部下である「フィジアル第十五階位」、または「十五人の指導者」と呼ばれる存在によって総括されていると聞く。
そしてこの指導者達は、強大な力と権力を持つ人間あるいは異人で、その全てが冬の帝に絶対の忠誠を誓う者たちだ。
またその国民は意外にも多くが人間なのだけど、何やら特殊なアイテムを以て異人に負けず劣らずの能力を身につけているらしい。
いずれにせよ、関わるとつくづくろくなことがない組織として、大陸各国では認知されている。
地理的にシュンズネーアイと最も近いところにある水兵の町であるニームでは、建前上フィージアの者を受け入れてはいるけど、町の人はフィージアの者とは原則関わらないようにしている人が殆どだ。
「ちょっと意外だが…この格好を見る限り、フィージアの奴だな。一般階級の兵士ってとこか」
なんか納得いくな、と彼は言った。
「フィージアの中には、この子みたいな貧困層を食い物にする金貸しや犯罪グループもいる。何なら、野盗と手を組む奴だっている。…ある意味、この子はフィージアの手中にあったようなもんだな」
「…」
クリスラさんは、また悲しげな顔をした。
「やっぱり、フィージアの人を頼ったりなんかしたのがいけなかったんだ。素直に、他の人に頼めばよかった。嫌われるんじゃないかと思って言えなかったけど…今思うと、そうした方が絶対良かった!」
「嫌われたくない…か。まあ気持ちはわからんでもないが、だからってフィージアみたいな奴に頼るのは悪手だぜ。闇金業者から借金するようなもんだ」
「あれ、でもさっきは殺人者…って言ってたはず。フィージアだって、わかってたの?」
「そう名乗ってたから…それで、やっぱりやめたほうがいいんじゃないかって思ったんだけど、そうも言ってられないほど苦しい状況だったから…」
「ふーむ…しかし、それで重すぎる足枷をつけることになったんだから、判断が間違いだったと言わざるを得ないな」
「ええ…今にして思うと、他にも方法があったような気もする…」
「そうだぜ。何だったら、俺らみたいに他人の物を奪って生きるって手もあるんだしな」
「いや、それは…でも、そっか。結局私は、そういうことをしてたんだ。結果的に野盗になって、殺人者と同じ生き方をしてた。恥ずかしいし、町のみんなに申し訳ない」
「別に恥ずべきことじゃないさ。あんたはただ、必死になって生きただけだ。むしろ、こんなの嫌だーって言って自殺するほうがよっぽど恥ずかしいと思うがな?」
「…。とにかく、私はフィージアの者からお金を借りて、それを返せずにいた。その結果暴力的な取り立てや嫌がらせをされて、町を出るはめになって…この国に来た後も、彼らのせいで働き口を見つけられなくて…」
クリスラさんは言葉を切り、手を握って震えた。
「…悔しい!悔しいし、腹が立つ!奴らのせいで、私はすべてを失った!…仕返ししてやりたい!」
「その言葉を、待っていました!」
ウェニーさんが叫ぶように言った。
「私も、フィージアには個人的な恨みがあります。あなたが彼らに一矢報いたいと言うのなら、喜んで協力します!」
「…本当ですか!」
「はい!彼らは我が国にとっても脅威となる存在…できることなら、当分この国に近づこうと思わないくらいのお返しをしてやりましょう!」
「…はい!」
クリスラさんは、さっきまでの悲しい表情から一転して、涙を零すこともなく、力強く笑った。




