訳あり野盗
翌朝、私達はアイゼスの北西へ向かった。
野盗たちはアイゼスの町の北側を囲む山の向こう側にいるらしく、真北と北東には軍の人達が向かったから、私達は残った北西の方へ行くことになった、というわけだ。
町の外側に山があり、そこを越えると野盗が出てくる…というのは、レークみたいだ。
レークの北の山脈にも、山賊やアンデッドがうろついていて、町に出入りする人を襲うことがある。
数十年前に魔力で守られた安全な道が敷設されてからは、そのルートを通る限り基本的に襲われなくはなったけど、いなくなったわけではない。
確か、龍神さんとこの旅を始めて間もない頃に、一度あの辺りで山賊に襲われたような気がする。
思えばあれ以降、山賊や野盗に襲われた記憶はあまりない。
わりと治安のいいところばかりうろついていたおかげだろうか。
アイゼス側から続く峠道を越えてしばらくすると、向こう側から2人組の男性が歩いてきた。
おそらく人間…のようで、少なくとも見た目は野盗には見えない。でも念の為、近づかれる前に、その2人の過去を映し出す。
すると、この近辺地域にある村や里を襲い、略奪を働いている盗賊そのものの姿が見えた。
だから私は、2人に声をかけた。
「あなた達ね?野盗って言うのは…」
「…へえ、よくわかるなあ!そうだ、俺たちがこの辺りでブイブイ言わしてる盗賊団だ!」
しらを切るかと思いきや、意外にもあっさり認めた。そして、片方は私に目をつけた。
「おほぉ、こいつぁ水兵さんじゃねえか。ちょうどいい、この女ももらって行こうぜ!…野郎ども!行くぞ!」
その声に応じて、周りの茂みや岩の陰から10人近くの野盗が現れる。
感じる気配や魔力からすると、みんな人間だろうか。ただ、手にしている武器はいずれも魔法武器だけど。
悲しいものだ。彼らとて、元々は罪なき一般人だったのだろう。それも、おそらくはアイゼス出身の。
堕ちた人々、といったところだろうか。
でもいずれにせよ、放ってはおけない。
「水兵には手を出すなよ?男の方は、やっちまえ!」
そうして、襲ってきた野盗たちは…まあ案の定、すぐに片付いた。
元が人間である以上、当然なのだけど。
ただ、そんな中に1人だけ例外がいた。
それは女の野盗で、他の野盗たちと同じくきれいなようで汚れた服を着ており、刀を持っていた。
やる気はあったようだけど、仲間があっという間に血まみれの死体にされたのを見て怖気づいたようだ。「あ…あぁ…」と言いながら震えるばかりで、何もしてこない。
龍神さんが無言で近づく。
でも、その怯える目を見て私ははっとした。
「待ってください!」
彼を引き留め、震える女性に近づき、その顔を覆うマスクを剥ぎ取り、素顔をしっかり見る。
…やっぱりだ。
「あなた、水兵ね…?」
すると、女性は目を大きく見開いて刀を落とし、膝をついて大声で泣き出した。
「な、なんだ…?」
「どうしたの?…何があったの?」
聞いても泣きじゃくるばかりで、話などしてくれそうにない。
とりあえず、落ち着くまで待つことにした。
20分ほどして、彼女は泣き止んだ。
「もう、大丈夫?」
優しく声をかける。
「…ええ」
「少し話をしたいんだけど…できる?」
「…ええ」
そうして、彼女は語りだした。
まず、彼女の名前はクリスラ・アリマータンといい、元々はニームで生まれ育ったらしい。
父親を幼い頃に亡くしていた彼女は、唯一の家族であり同族でもある母親と一緒に暮らしていた。
しかし、母はやがて病気になってしまう。
幸い治療薬があるものだったので、日々の生活と母の治療費をまかなうため、造船の仕事に精を出した。でもやがて母の容態が悪化し、休職して看病せざるを得なくなった。
そのうちに資金が底をつき、食べるものにも困るようになった。
そして彼女は、やむなく外部の人からお金を借りた。でも、これがいけなかった。
お金を貸してくれたのは実は殺人者で、貸す時は優しく貸してくれたものの、後から異様なほど高い利息を払えと要求してきた。しかもそれを払えないと言うと、毎日のように家に押しかけてきて表で怒鳴ったり、近くの家の人に支払いを要求したりするようになった。
このままでは、無関係な多くの人に迷惑をかけてしまう。
そう感じた彼女は、母を連れて町を出た。借金取りの追跡を恐れ、わざわざニームからアイゼスまでやってきて移り住んだ。
でも、それから程なくして母が亡くなってしまった。
悲しみの中で職を探すも、よい仕事が見つからないばかりか、ある時町中で借金取りの姿を見かけた。
その時は幸い見つからなかった。でも、これでこの町でまともに働くことはできない。
一時は自殺を考えたものの、何とか踏みとどまることができた。しかし、生活ができないことに代わりはない。かといって、他の町へいくようなお金も体力もない。
海を渡ればレークだけど、やはり迷惑をかけたくない一心で渡らなかったという。
そうした経緯があって、彼女は町の外で活動している野盗の一員となり、通行人を襲うようになったらしい。
もちろん生きるためだ。でも、すごく抵抗と罪悪感があったという。
「私は水兵…地上で生きることを許された海人。なのに、罪なき人を襲って、物を奪って生きるなんてこと、したくない。私は、ただ静かに生きたいだけ…なのに、どうしてこんな酷い目に遭わなきゃいけないの?」
そう言って、彼女はまた涙をこぼした。
野盗は、決まった住処を持たない盗賊の一種。そして盗賊行為は、大抵の国で重罪だ。捕まれば、死刑も珍しくない。
つまり、彼女はかつてのような暮らしはもう、できないと言っていい。
「…」
一息ついて、龍神さんが口を開く。
「辛かったな。自殺しなかっただけ、あんたは立派だ」
「…あなたは?」
「俺は龍神。冥月龍神だ。…聞いたことあるか?」
「…殺人鬼の?なら、聞いたことあるわ。でも、どうして水兵と一緒にいるの?」
「それは…まあ、ちょっと訳ありでな。あ、そうそう。この子はアレイってんだ」
「アレイ…?」
彼女、クリスラさんは私を見る。
「ええ、私はアレイ。レークの所属よ」
「レーク…ああ、ニーム…帰りたい…」
それはそうだろう。こんなところで野盗なんかやるより、故郷の町に帰って穏やかに暮らしたいに決まっている。
「どうにかしてあげられないでしょうか…」
私は、龍神さんに言った。
「うーむ…そうだな。とりあえずウェニーのところに連れていこう」
すると、クリスラさんは拒絶反応を起こしたかのように嫌がった。どうやら、皇魔女のところへ連れていかれるというのは野盗として処罰を受けること、つまり殺されることだと思ったようだ。
「大丈夫だ、俺たちが事情を説明する。素直な魔女だから、きっとわかってくれるさ」
「そうよ。それにあなたは私の仲間。事情を汲んで許してくれるよう、私が頼むから」
そう言うと、彼女は安堵したのか、「ありがとう…ありがとう…」と言ってまた涙した。
クリスラ・アリマータン
元ニームの水兵。
病を患った母を支えながら2人暮らしをしていたが、殺人者から借金をし返せずにいたのが元で悪質な取り立てに悩むようになり、他の水兵に迷惑をかけないためにと町を去った。
その後母が亡くなり、悲しみの中で職を見つけようとするも上手くいかず、路頭に迷った結果、生活のためと借金取りから逃れるために、アイゼス近隣の野盗に参加した。




