町復帰
ミュウマが消えると同時に、船の上を暴れまわっていた水の渦巻きも消える。
そして、その周囲にも異変が起こった。
具体的には、龍神さんたちと戦っていた海賊たちの体が揺らぎ、薄れ始めた。
「な…なんだ…!?」
エーリングさんはわからないようだけど、他の2人はわかったらしい。
そもそもこの海賊たちはミュウマの下僕で、ミュウマの力で生かされていたもの。
直接の主であるミュウマを失えば、消滅するのは必然だ。
「うっ…そんな、バカな!」
「船が…我らの…宝が…!」
そんな言葉を残して、海賊たちは跡形もなく消え去った。
ミュウマの作った屍と呪いは、すべて消えたのだ。
この海域には他にもアンデッドがうろついていただろうけど、それらも全て消える。
この海には4つの死者の脅威があるけど、そのうちの1つがこれで消えた。
…忘れてたけど、ミュウマの残したものの中に1つだけ消えずに残ったものがある。
それは…
「あ、あなたは…!」
ウェニーさんの声が聞こえる。
「私…私、消えない!どうして!?」
どうやらセラさん、自分がまだ死んでると思ってるみたいだ。
「当然でしょ?あなたは、生きた水兵として蘇った。さっき、私があなたに命をあげたじゃない」
「…!で、でも…」
「生き返ったことが、信じられないの?」
「いや、そうじゃなくて…!」
彼女は数秒かけて言葉をまとめ、一息ついて言った。
「あなたは、何者なの?」
「私はアレイ。…アレイ・スターリィ。かつて生の始祖と呼ばれた陰陽師の末裔。光の再生者星羅こころの実の妹…」
セラさんは、心の底から驚いたようだった。
その後、私達はひとまずアイゼスに戻って一夜を過ごした。
数千年ぶりの陸地に、セラさんは感動を隠せないと言っていた。
そして翌日には、みんなでレークに行った。
海を渡り、レークの町並みが見えてきた時、彼女は喜び、涙を流した。
「ああ…町だ…町だ…レークの町だ…」
すぐに神殿に向かい、ユキさんに謁見して事情を説明した。
驚いたことに、ユキさんは説明するまでもなくセラさんのことがわかったようだった。
反対に、セラさんもユキさんのことがすぐにわかったらしい。
というのも、ユキさんは子供の頃多くの水兵に遊び相手になってもらったり色々なことを教えてもらったりしていたらしいのだけど、その中にセラさんがいたという。
ユキさんはセラさんについて、「私の母とも交流があった彼女は、よく幼い私の面倒を見てくれた。彼女は、姉のような存在だった…」とまで言っていた。
「ある時いきなり消えてしまったから、私はすごくショックだった。町中を探したけどどこにもいなくて、母に泣きついたこともあった…」
「ごめんなさい。あの夜、クラブから帰る途中に暗闇の中から海賊たちに襲われて、そのまま船に乗せられてしまったの…」
「…いいわ、こうして帰ってきてくれたのだから。それに、私にはもはや幼い頃からの知り合いはいない。あなたがいてくれてるだけでも嬉しい」
ユキさんは町の長であり、生まれた時から400年の命を持つ。つまり、1歳育つのに400年かかる。
それに対して普通の水兵は5年の命を持つから、ユキさんにとっては「幼なじみ」や「同級生」といったものはとうに存在しないのだ…このセラさんを除いては。
「私だって嬉しい。昔よく遊んでた長の子供が、こんなに大きくなってたなんて。一瞬わかんなかったけど、帯で思い出したよ」
「覚えててくれたのね。…」
ユキさんは、無言でセラさんを抱きしめた。
セラさんも、目を閉じてユキさんを抱いた。
「…なかなかいい百合具合だな」
いきなり龍神さんが空気を壊すようなことを、それも変にニヤけ顔で言ったので、エーリングさんが怒った。
でも、私は気にしない。
…水兵には、同性愛者なんてたくさんいるし。男性がいない種族であるが故の、宿命だ。
その後、セラさんはまたかつてと同じく料理店に勤めることになった。
さすがに当時存在した店はもうないので、昔セラさんが在籍したという店の近くにある所で働くという方針になった。
そのお店というのが、なんと私の勤めていた店のすぐ近く。
心から驚いたと同時に、嬉しかった。
いつか旅を終え、町に帰って来る時。
それがいつになるかはわからないけど、私が命を与えた者が頑張っている所を見られると思うと、その日が待ち遠しいなと思った。
アイゼスに戻った後、エーリングさんは仕事が終わったからと帰っていった。
そして私達は、ウェニーさんから新たな依頼を受けた。
「配下の者から、我が国の周辺地域の野盗が数を増やしているとの報告がありました。このままでは、町に被害が及びます。なので、明日、その掃討作戦を実行しようと思います。…ご協力、願えますか?」
「もちろんです」
「野盗か…まあ、いいだろう」
龍神さんにとっては、何とも言えない存在だろう。
何しろ、彼の元々の生業は野盗や山賊と大して変わらないのだから。
普通はそんな事情があるなら、野盗の退治は気が引ける…と思いそうなものだけど。まあ、その辺は彼は何ともないだろう。
その神経の図太さは、非情で後悔も罪悪感も持たない上位の殺人者だからだろうか。
一方で、私にとってはちょっと久しぶりの戦いとなる。
野盗は多くの場合人間か、不特定多数の種族の異人の混合組織だ。襲われたことはそんなにないけど、それでもこの国の人々の脅威となるなら、排除しなければならない。
ともかく、今日はゆっくり休もう。
昨日の疲れが、まだ取れてない。
窓から差し込む月の光は、やがて雲に隠れていった。




