船長の日記
途中でセラから聞いたのだが、この船の船長はバルクという名の海賊らしい。
それで重要…というか気になったのは、「海賊」というのが種族名であることだ。
実は、海賊という名の種族は存在する。海人系と探求者系の混血で、いわゆる「海の海賊」と呼ばれる奴らだ。
基本的に陸の異人で構成された海賊であり、まさしく海を荒らし回る強盗団といった存在であり、皆の嫌われ者である「陸の海賊」とは根本的に異なるもので、むしろそういった陸の海賊とは敵対関係にあり、他の海人や探求者との仲も良いとされる。
正直、海賊は探求者の父親と水兵の母親を持っているイメージがある。
海人は正確に言うと「海人科」と「水守人科」に二分され、海賊は後者のグループに属する異人なのだが、この科に分類される海人は総じて陸の者に友好的なのだ。
そして同科の中には水兵のように陸地で生活できるものもいるため、それらと陸の異人がくっつく場合も当然ある。というか、水兵に関してはそれが基本となる。
そして、そんな中で水兵と探求者の間に生まれた子供は大抵水兵、まれに混血の種族となる。その結果、海賊の子供が生まれてくることがあるのだ。
アレイは言ってなかったが、レークにもたぶんそれなりに「種族の」海賊がいるだろう。
もちろん彼らは分類上は水兵の仲間なので、異なる種族と言えどぞんざいに扱われたりはしていないと思うが。
まあ、そこのところは後でアレイに聞いてみればわかることだ。
幸いにも、廊下…というか通路には海賊はいなかった。
そして、しばらく進んだところに個室の扉を見つけた。
「ここ、たぶん船長の部屋だな。入ってみよう」
海賊船に限らず、帆船には船長以外の個室は存在しないことが多いと聞く。なので、船内の個室は船長室と見てほぼ間違いないだろう。
内装は、部屋の中央に古びた椅子とテーブル、燭台があるだけというシンプルなもの。
だが、そのテーブルの上に何かの書物が置かれていた。
読んでみようと手に取ってページをめくってみたが、書かれている文字は読めない。
首を傾げていると、アレイが出てきた。
「これ、手書きのロシア語で書かれてますね。日記…でしょうか。かなり古いものみたいです」
「え、アレイ読めるのか?」
「ええ。ロシア語は、水兵や海賊の間で使われることがある言語なので」
言われてみりゃ、確かに昔見たロシア語に見えなくもない。
ウェニーも書物の内容が気になるようで、「アレイさん、読めるのでしたらぜひ解読をお願いします!」とせがんだ。
「では、まず最初のページから…」
そうして、アレイは解読を始めた。
「『…5月14日。我々はついに、憎きラドミル海賊団の一味を撃破した。奴らは10年に渡って、この海を荒らし回っていた陸の海賊団だ。奴らの牙にかかった船舶や、海人は計り知れない。彼らに対して我々ができることは鎮魂を祈るくらいしかないが、これで海の脅威が1つ減ったことも事実だ。せめて、これからは我々が彼らのような犠牲者を減らせるよう努力せねばならない』」
これがいつごろ書かれたものなのかはわからないが、やはり昔から陸の海賊と海の海賊は敵対関係にあったようだ。
そして、海の海賊達は同胞である海人や、罪なき人々が陸の海賊に襲われ、命を奪われることに心を痛めていたらしい。
「『…5月20日。先日沈めた陸の海賊どもの船の積み荷を漁っていたら、興味深いものを発見した。マーホル号なる船に関して記されたノートだ。それによれば、かつてこの海の支配者と恐れられた海の海賊が、生涯に見つけた全ての宝を乗せた船、マーホル号が今もこの海のどこかをさまよっているという。これだ!これこそ、我々が次に追うべき宝だ!そう思った私は、我が団の名前を改めることにした。マーホル号にかつて乗っていたという海賊の名を取り、カディ海賊団としたのだ。我ながら、良い名前ではないかと思う。今日から我々は、カディの財宝を探し求めるカディ海賊団だ!』」
それで、カディ海賊団ってわけか。
海の海賊は探求者の仲間でもあるので、そういう財宝やロマンを追い求めるのは至って普通のことだ。だが、なんか嫌な予感がするのは気の所為だろうか。
アレイはその後しばらくページをめくったが、何も書かれていないページがしばらく続いた。
そして、20ページほどめくったところで、また文章が書かれていた。
「『…7月8日。ついに我々の悲願が達成される時が来た。我々は、とうとう海賊船マーホル号を発見したのだ。深い霧の中を漂うそれは、まさしく幽霊船そのものであった。我々は速やかに船に乗り込んだ。船内には誰もいなかったが、その内装は驚くほどきれいだった。まるで、ついさっきまで操縦されていたかのように。』」
この時点で、他のみんなも不穏な気配を察知したようだ。
アレイもまた何かを感じていたようだが、感じるところを押さえて最後のページを読む。
「『何なんだ、この船は!ちょっと船内の宝を漁ったら、我々の乗ってきた船が何者かに沈められた。しかもそれと同時に、船の帆が降ろされ、舵が勝手に回り始めた。脱出しようにも、飛び降りようとすると船のロープが伸びてきて引き戻されてしまう。心做しか、霧もさらに深くなっている気がする。まずい。この先は、確か嵐がよく起きることで有名な海域だ。いくら我々でも、嵐にまともに巻き込まれたらひとたまりもない。今も、船はひとりでに嵐に向かって進んでいる…』」
そこで、ページは破かれていた。
さらに、俺は奇妙なことに気づいた。
最後のページには日付は記されていないのだが、左上に「S.S 1995000」という数字があったのだ。
この世界の紀年法…人間界でいうところの西暦は黒歴といい、今は確か黒歴1246年。だが、黒歴元年より前の年に関しては「創世期」と呼ばれ、これは人間界の紀元前に相当する。
そしてS.Sとはそんな創生期の末期に使われた単語で、これまた人間界の紀元前を表すB.Cと同じようなものだが、当時は創生期200万年から数字をプラスする方式で使われ、現代では逆に紀元前同様の数え方をするという違いがある。
そして、このS.Sは当時の数え方では今で言う創生期200万年を1年とし、以降創生期の終わる年、つまり黒歴元年の前年まで使われた。
つまるところ、この日記の「S.S 1995000」とは、わかりやすく言うと「創生期5000年」ということになる。
「ちょっと待て。S.Sが1995000年って…」
それで、みんなもピンときたようだ。
「S.Sとは、創生期の末期200万年間に使われた年号ですね。ということは、この数字は創生期5000年を意味しますね」
「…!?今は1246年…ということは!」
「だいたい6200年前…どうして、そんな大昔の海賊が今もいるの!?」
アレイが声を張り上げた時、
「見つけたぞ…」
背後から、声がした。
「…日記を見たな!!」
そこには、あの船長がいた。




