告別式
ルメを元気づけた後、少ししてアレイ達が戻ってきて下に行こうと言ってきた。
どうやら、ウェニーに呼ばれたらしい。
下に降りると、ちょうど魔騎士のエーリングが城を訪れたところだった。どうやら既に今回の騒ぎを知っており、他の役人達と一緒にレークへ行っていたようだ。
それを裏付けるかのように、奴の直後にユキを始めとした数人の水兵が入ってきた。
水兵達はウェニーとエーリング、そして役人と話して、今回死んだ水兵の身元確認が終わったことを伝えると、霊安室へ向かった。そして水兵の顔を見、静かに手を合わせた。
「それにしても、一体何があったんでしょう…」
「何か、辛いことがあったんだろうけど…私達みんなの責任ね」
「ええ。町のみんなも悲しんでいるし、悔しがってる。…もう長いこと、レークの子に自殺者はいなかったのに」
悲しげな声で言った後、ユキはひと息ついた。
「私の責任ね。苦しんでいる子がいたのに、気づけなかった。そして、助けてあげられなかった…」
ユキは、より悲しそうに言った。
「本当に、私達はなんてことを…」
周りの水兵達も悲しんでいた。
その様子を見て、俺は思うところがあった。
「水兵ってのは、やっぱり人間とは違うんだな」
「…どういう意味?」
「そのままさ。…あ、別に悪く言ってるわけじゃないからな」
「どうして相談してくれなかったの…」とか「なんでこんなことに…」とか、ありきたりなことを言わなかったのを評価したい。そういう事を言うのは、基本何もわかっちゃないし何もしない奴だからだ。
「…そう言えば、あなたはかつて人間だったのよね?こんな事を聞くのもなんだけど…どうして殺人者になんてなったの?」
「ああ、言ったことなかったか」
周りの水兵達は、何やら複雑な表情をしていた。
「ユキの言う通り、俺は元々人間だった。だがな…」
ぽつりぽつりと事情を説明した。
殺人者は自分語りを好まないというが、俺はむしろ好きだ…それがちょくちょく行き過ぎるのが問題だが。
話し終えると、水兵たちは様々な表情をした。より悲しげな顔をする者、何とも言えない顔をする者…
いずれにせよ、笑ったり怒ったりしている者はいなかった。
「…そんな経緯があったのね」
「殺人者に同情するのはなんか嫌だけど、そうも言えなくなりそう…」
「同情なんざしてもらわなくていい。それより、これから皆さんはどうするつもりだ?」
「サリメを町に連れて帰って、告別式を行うわ。彼女に家族はいなかったけど、町のみんなに送り出してもらえば、きっと…」
告別式、か。そう言えば、水兵の告別式…すなわち葬儀は他の種族とは大きく異なる珍しいものらしい。どんなものか、気になるところだ。
「なら、俺も参列させてくれないか?水兵の告別式には興味がある」
不謹慎だと呆れる水兵もいたが、ユキは快く承諾してくれた。もちろん、アレイもだ。
というわけで、一旦レークに戻ることになった。
水兵の死体は結界で二重に保護され、ユキの手に繋げられた。
水兵たちと死体と一緒に海を泳ぐというのは、何とも複雑な気持ちだ。
「町までどれくらいかかる?」
「2時間半ほどね。みんなに私の力を与えているから」
アイゼスからレークまでは200キロあると聞いたので、単純に考えるとユキの泳ぐ速度は時速80キロ。確か、カジキの一種の泳ぐ速度が丁度そのくらいだったはずだから、世界最速の魚類並の速度ということになる。
そういや確かに、さっきからやたらと速い速度で海を泳いでいる。
まあ水兵は元々海人の一種だし、泳ぐのが速いのはわかるが…基本地上で生活している海人なのに、そんなに速く泳げるとは。
長というだけはある。
地上に上がったのは、レークの西の海岸からだった。
そこには多くの水兵が集まっており、彼女らはユキの連れてきた同胞を見るなり、口々に哀悼の言葉を口にした。
そうして、ユキは1人の水兵に声をかけた。
「準備はもうできてる?」
「はい。いつでも始められます」
まさか、もう葬儀の準備ができてたのか。
ものの数時間でできるとは、驚きだ。
「ありがとう。それじゃ、みんな。始めましょう」
ふと気づいたが、海岸側を除く周囲に真っ白い仕切りが設置され、会場が作られていた。
緑帯の水兵に案内され、ユキは横長のテーブルのような台座に死体を乗せた。そして少しバックして直立すると、目を閉じて両手を合わせ、翼を顕にした。
「尊き同胞よ。私達はあなたの所業を否定はしません。でも、もう少しあなたと語り合い、笑い合いたかった。あなたの所業は、きっとこの世では許されないことかもしれません。でも、私達はあなたの所業を許し、受け入れます。あなたの苦しみに気づけなかった私達を、どうか許してください。私達みな、あなたの冥福と成仏を祈ります」
やたら長い台詞を述べた後、ユキは翼を柔らかく光らせた。
蛍のような、小さな丸い光がその翼からゆっくりと飛散する。
光が消えると、ユキは振り向いた。
「それじゃ、みんな。彼女のために祈りましょう」
その言葉を聞いた水兵達はみな目を閉じ、少し俯いて手を合わせた。
これが、水兵の…長の弔辞か。
そして、これが水兵の祈りか。
なんか、思ったより人間に近い。
1分ほどして、皆は顔を上げた。
「では、これより『フネラル』を行います」
聞き慣れない言葉だったので、アレイに聞いたら「人間で言うと、『埋葬する』ってことです」と言われた。
埋葬、ということはやはり埋めるのだろうか?と思っていたら、ユキが台座から死体だけを浮かべて歩き始めた。
そしてそのまま海に入っていき、死体を沖合いまで持っていってゆっくりと海面に降ろした。
まさかと思ったが、そのまま死体を海に沈めてしまった。
「え…どういうことだ?」
葬儀には水葬というのもあるが、あんなやり方は見たことがない。まあ水兵特有のやり方という可能性もあるが…なんて思ってたら、アレイから説明された。
「あれが私達の埋葬の仕方なんです。死者の遺骸を『トゥンバ』と呼ばれる海域にそのまま沈めるっていう、シンプルなものです。…驚きました?まあ初めて見た人はみんな驚くんですよ。でも、あれが『フネラル』と呼ばれる、私達水兵の伝統の埋葬方法なんです」
「そんなことして大丈夫なのか?…色んな意味で」
「水兵は元々海人です。だから生きるために海に生きる命を消費する。そして最期は海に還り、その遺骸はあらゆる生物の餌となり、連鎖してゆく命の一部になる。それが最も自然かつ然るべき終わり方である、というのが私達の考えです」
「でも、それって…なんか、倫理的にあまり良くないなとか思わないか?」
「確かに、衛生的にどうなんだ?と言う方もいますが、私達は別に何とも思わないですね」
「そうか。…なるほどな」
陸の人類とはまた違った、独特の考え方だ。だが、彼女らがそれでいい、それが守るべき伝統であると言うのなら、否定する理由はないし、そんな権利もない。
死体が沈められる様子を見て、一部の水兵は涙を流していた。やはり、これが人間で言う所の葬式なのだろう。
最も、俺は葬式に出席したことはほぼないが。
ユキは陸に戻ってくると、式の終了を宣言した。その後間もなくして、彼女とその部下であろう水兵たちが、死体が乗せられた台座と周囲の仕切りを片付け始めた。
作業しているのはみな緑帯の水兵だったので、青帯であるアレイは関係ないのだろう。
…そう言えば、水兵は帯の色によって就いている職が違うんだった。アレイは確か料理店勤務だったって聞いたから、接客業ってとこか。
朔矢のとこにいるフィーマも、昔は料理人になろうとしてたらしいから、たぶん同じ帯が入った制服を着てたんだろう。
そう思うと、何となく現役時代のフィーマを一度は見たかったなと思った。
アレイの着てる服をフィーマが着たら似合いそうだ…まあ当たり前っちゃ当たり前だし、セーラー服が似合わない女の子なんてのがいるのかは疑問だが。
ちなみに後で聞いたのだが、フネラルとはスペイン語で「葬儀」、トゥンバとは「墓」を意味するらしい。水兵は古くからスペイン語を使っていた種族だというので、納得のいく名前だ。
そう言えば、かつてレークの水兵だったフィーマも、母親の墓がトゥンバという所にある…と言っていたような気がする。
フィーマは殺人者にしては珍しく親想いで、今でも毎年墓参りは欠かさない、と言っていたのを聞いたことがある。
しかし、特定の海域に死体を投げ込むだけというのは…その方法はまだしも、それで墓参りするってどうやるんだ?と思わずにはいられない。
海の中、あるいは浜辺で祈るのだろうか。




