訃報
日が暮れる前に城に戻った。
ウェニーさんに、昼間龍神さんたちと何をしていたのですかと聞いたら、ケルバー湾の海賊に関する記録を調べていたと言っていた。
やはり彼女も、エーリングさんの言っていた海賊の残党が気になっていたようだ。
でも、それらしき集団に関する記録はなかったらしい。
「私は1週間ごとにケルバー湾全域に探知結界を張って、海賊や不死者の類がいないか調べています。なので、見落としているという可能性はないと思います」
「もちろん、私もウェニー様を疑うつもりはありません。だからこそ、今回の海賊の正体が気になるのです」
「はい、私もそう思っていました。なので、今回の調査には全面協力させていただきます」
「ありがとうございます。私は宿を取ってありますので、ここで失礼します」
そうして、エーリングさんは去っていった。
「城に泊まらないんだな」
「そういう方もいらっしゃいます。朔矢さんだって、帰りましたし」
「それもそうだな。一応確認するが、俺達は…」
「お二方は、城の客室に泊まっていただいて結構です」
「よかった」と言う彼を見て、私はちょっと複雑な思いを感じた。
翌朝、ウェニーさんの部屋に行くと、中から話し声が聞こえてきた。
「…では、レークの水兵が?」
「はい。町の方には既に連絡しておきました。現在、詳細を確認してもらっています。後ほど、向こうの長もこちらに来るでしょう」
レークの長…ということは、ユキさん?この町にユキさんが来る?しかも、わざわざ連絡がいったなんて…一体、何があったのだろう。
「わかりました。それで、遺体の方はどうしました?」
「城内の霊安室に。レークの方での確認と、長の認可が取れるまではあそこで保管したほうが良いかと」
「確かに、それがいいでしょうね。では、あとのことはあなたにお任せします」
「お任せを」
扉が開き、1人の男性が出てきた。
おそらく、この人がウェニーさんと話していたのだろう。
私達は、念のため天井に張り付いて見つからないようにした。
水兵、遺体…と言っていた。
もしかして、浜に水兵の死体が打ち上げられたとか、そういうことだろうか?でも、水兵は海で命を落とすことはそうないと思うけど…。
とにかく、確認するのが一番早い。
部屋に入り、ウェニーさんに声をかけた。
「あっ、おはようございます」
「おはようございます。ウェニーさん、今の人と話してたのって…」
「ああ…聞こえていましたか。実は今日の5時ごろ、ポル町の4番地の民家内で水兵の遺体が見つかったとの報告がありまして」
「えっ!」
「民家の中で…ってことは、殺されたのか?」
「いえ、付近に争った形跡はなく、近くに昏睡薬の空瓶があったそうなので、おそらくは自殺かと」
信じられない気持ちだった。
まさか、私の同族が…それも、自殺するなんて。
「昏睡薬…即効性がある、睡眠薬の上位互換みたいな感じの魔法薬か。殺人者御用達のアイテムだが…あれで自殺とは、考えたな」
「どこに感心してるんですか!それで…その水兵のことは、レークに連絡したんですね?」
「ええ。先ほどの男性…家臣がやってくれました。現場の写真もあります」
「見せてください!」
私は、ウェニーさんの手から半ば強引に写真を取った。
若干散らかっているけど、特に変わったところはない普通の部屋だった。
ただ、床に空のガラス瓶が落ちていたけど。
「確かに…争ったような形跡はないですね。となると、やはり自殺なのでしょうか…」
「遺体は霊安室にあるそうです。見に行ってみましょう」
そうして、城の地下にあった霊安室で、私達はそれを見た。
真っ白なテーブルの上に置かれた、白い布をかけられた体。
布を取ると、穏やかに眠っている顔があった。
「…!」
「知ってるのか?」
「ええ…この人は、サリメさん…サリメ・エスタームさんです!」
「あ、お知り合いでしたか。…では、辛いものを見せてしまいましたね…」
「いえ、大丈夫です。同族の遺体は、何度も見ていますから…」
言ってはなんだけど、これよりもっと無残な、ひどい姿の遺体はこれまでに何度も見てきた。
それに、同族の遺体もまた…。
「サリメさん…」
私は、穏やかな表情の顔に手を当てた。
彼女…サリメ・エスタームさんは、レークの制服などを作る服屋で働いていた人で、短い金髪と青色の目、私の身の丈ほどある大剣を軽く振り回す腕力が印象に残っている。
何度か話したことがあるけど、そつがなくて話しやすい、親しみやすい人だった。
仕事もできるし、いつも明るくて悩みなんてなさそうな人だと思っていたのに。
「一応言っておきますが、まだ司法解剖は行っていません。ただ、状況から薬物を用いた自殺と思われる、というだけの話で…」
「…!」
私はサリメさんの手を握り、言葉にならない声を上げた。
どうして。どうしてこの人が、自ら命を断つような真似を。
私はもちろん、みんなとも仲が良かったし、多くの人に頼られていた存在だったのに。
「アレイさん…」
「アレイ…」
2人の声を背に受けながら、私は静かに悲しい雫を零した。
◆
アレイが死体の手を握りしめ、静かに泣いているのがわかった。やはり、悲しいのだろう。
彼女が一番知りたいことだろうが…どうしてこんな決断をしてしまったのか。
いや、気持ちはわからなくもない。
俺とて、かつて幾度となく生きていることを辛い、嫌だ、逃げたい、消えたいと思った。
だが、俺は臆病だった。心のどこかでは「死んでもどうにもならない」とわかっていた。
だから、死ななかった。
あの時ばかりは、自分の優柔不断さに救われたと思う。
しかし…水兵にも、こういう思い切った決断をする奴がいるとは。その勇気と覚悟は認めるが、方向を間違えたと言わざるを得ない。
だがまあ、ある意味では水兵が「人間」に近い存在となるために続けてきた進化が正しかったことの証明とも言えるか。
昔の水兵なら、こんなことをしようとする者はいなかっただろう。
霊安室を出てくると、2人の水兵に出会った。
無印の帽子で緑目に金髪ロングの方はミセリ、赤帯の帽子で青目、金髪ショートの方はルメと言う名前らしい。
2人はたまたま休暇中でアイゼスにいたレークの水兵、つまりアレイの知り合いで、同族の自殺者が出た事を聞いて駆けつけたという。
彼女らはすぐに霊安室に案内された。
そして死体の顔を見た瞬間、
「嘘でしょ…?本当にサリメだ…どうして?どうして…?」
「…。サリメ…」
と涙を流した。
「お辛いでしょうが、残念ながらこれは現実です。彼女は、南西部の町の民家で薬物自殺を…」
ウェニーの言葉を聞いて、帯無しの水兵はさらに号泣した。もう一人の方もまた、さっきより大きな涙声を上げた。
その後、2人は俺達と同じ客室に来た。
アレイとミセリは、まだ気持ちが落ち着かないということで席を外している。というわけで、今は赤帽子の水兵…ルメと二人っきりだ。
「あの…」
「どうした」
「前々から、アレイから話を聞いておりましたが、あなたが殺人鬼の龍神さんですか?」
「ああ…」
「よかった。なら、お願いしたいことがあるんです」
「何だ」
すると、この子は突拍子もないことを言ってきた。
「私を…殺してください」
ミセリ・ファイネル
レークの水兵の1人。
ものぐさな性格で、無駄に働くことを望まず、自由にのんびりと暮らしている。
完全な無職であるため帽子には職業を示す帯がなく、一見すると白水兵のようにも見えるが、生まれも育ちもレークの、正真正銘の水兵。
ルメ・アーラード
レークの水兵の1人。衣料店に務めている。
属性は水と氷。武器は刀とブーメラン。異能はない。
大人しくあまり喋らないが、これと言った所はなく、一見するとどこにでもいそうな水兵。
復活の儀の時に娘と夫を亡くしたことで生きる気力を失って希死念慮を持つようになり、自分を殺してくれる者を探している。




