水兵の町の伝説
喫茶店を出たあとは、海辺を歩いた。
アイゼスの砂浜はほとんどが海水浴場として開かれているのだけど、さすがに今の時期泳ぎに来ている人はいない。
…のだけど、海辺の道には人がちらほらいた。
そしてその中には、明らかにアイゼスの人ではない人もいた。
彼らの正体は、なんとなく見当がつく。
「あれは…探求者かしら。でもこれだけの数の探求者がいっぺんに集まってるなんて珍しい」
「おそらく、彼らはエルメンドの伝説…リデラの財宝を追いかけてきた者たちと、それを餌にした詐欺を働こうとしている者たちでしょうね」
アイゼスに面する海の東にはケルバー湾という湾があるのだけど、この湾にはある伝説がある。そして、それには莫大な価値の財宝が海に沈んだ…という一節がある。
それを信じて、海に沈んだ財宝を探す人と、それを悪用して、嘘の情報と引き換えにお金を巻き上げる人がいるのだ。
「詐欺…なるほどね。今の私は職務で来ているわけじゃないし、確たる証拠がない以上検挙できないわね…悔しいけど」
「でも、正直捕まえても意味ない気がします。どうせまた、すぐ出てきますから」
「…それもそうね」
エーリングさんは、諦めたように言った。
「そう言えば、エルメンドの伝説はよく知らないのよね…アレイさんは、知っているの?」
「はい。水兵として、知らないはずがありません」
「なら、話してくれる?」
「もちろんです」
エルメンドの伝説、リデラの財宝。
それは、数百年前からこのあたりの地域で語られるようになった伝説だ。
かつてこのケルバー湾に面したどこかの陸地に、エルメンドという水兵の町があった。それは水兵の町ではあったけど人間はほとんどおらず、代わりに魔女や魔王が住んでいた。
そして、この町は他のどの水兵の町よりも栄え、豊かだった。
その理由は、長にあった。
当時のエルメンドの長、リデラ。
「草創」の異能を持ち、剣の使い手だった彼女は、とにかく強かった。しかも戦い好きで、水兵の身分を隠してはあちこちの町の闘技場に出て荒稼ぎして、それで築いた富により、町を豊かに発展させた。
やがて町には数多くの水兵と魔女、そして魔王が住むようになり、レークにも負けず劣らずの規模となった。
しかし、その後悲劇が起こった。
リデラは大きな帆船を所有しており、それで海を旅するのが好きだった。でも、そんなある時、このケルバー湾で襲われた。
待ち伏せされていたのか、偶然だったのかは定かではないけど、とにかくラディアのしもべの死海人に襲われたのだ。
リデラは戦った。でも、再生者の力を持つ死海人には敵わず敗れ、船を沈められてしまった。
その際、一緒に船に乗っていた町の水兵や魔女、合わせて40人あまりが亡くなったという。
そしてリデラ自身も、海の藻屑と消えた。
その際、船には多くの財宝が積まれていた。
実は、エルメンドの町には多くの財宝や宝石があり、リデラはその一部、あるいは全部を隠す場所を探している途中だったのだ。
それらは当然、船と共に海の底に沈んだ。
後にラディアがケルバー湾を侵攻して腐海を作り上げ、湾に直接面していたエルメンドの町は滅びてしまった。町の者は大きな被害を受けたものの全滅は免れ、近くにあったロミの町に逃げ延びた。
その際、町には財宝がほぼそのまま残された。
そして後にラディアが倒され、腐海は消滅した。
それから、実に6000年が過ぎた。
エルメンド、そしてリデラの沈没船に残された財宝は今でも見つかっておらず、ケルバー湾とかつて確かに水兵の町が存在したどこかにて、眠り続けている。
「…という話です」
「なるほど…いかにも探求者が食いつきそうな伝説だわ」
「伝説、ではなくて本当にあった話なんですけどね」
エルメンドの町、そしてその長リデラが実在したかどうかについては、正確な記録がないため不明とされている。
でも、私達にとっては違う。かつて、このケルバー湾に面した陸地に水兵の町が存在し、そこの長がその強さ故に莫大な富を築いた人物だったことは、間違いのない史実として伝わっている。
そもそも、当時はすでにレークの長の一人娘、つまりユキさんが生まれており、いずれ母の後を継ぐために頑張っていた頃だ。
そしてそのユキさんは、「エルメンドの町は確かに存在した。私はリデラと話したこともある」と言っている上、「リデラは町の財宝を船に積んで海に出て、そこで不死者に襲われて命を落とした。彼女の弔いには、母と一緒に参列したのを覚えている」とも言っている。
すなわち、この話は嘘でも伝説でもなく、間違いなく存在した「実話」なのだ。
「え?…まあ、水兵のあなたがそう言うのなら、そうなのでしょうね。それに約6000年前なら、ユキ水兵長はすでに生まれていたはず。彼女が言っているのなら、間違いないでしょうね」
「エルメンドの町があった場所は、レークの水兵なら誰もが知っています。リデラの船が沈んだ場所はよくわからないんですが、少なくとも陸人が容易く行けるような場所ではない、という事です」
例の詐欺師の中には、リデラの船は今は浅瀬、あるいは洞窟になっている所に沈んでいる、自分はそこへの行き方を知っている、連れていってやると言って、情報料や紹介料と称して高額のお金を騙し取る者もいるらしいけど、水兵としての立場から言わせてもらえば、そのような話は間違いなく嘘だ。
なんとも古典的でつまらない商売だとは思うけど、同時に引っかかってしまう人がいるのもわかる気がする。
私も、水兵になって正しい歴史を教わっていなければ、引っかかっていたかもしれないから。
「ということは、安易にその沈没船や町の跡地に案内してやるから金をよこせ…というのは全て詐欺ということね」
「はい、間違いなく詐欺です」
そう言っていた矢先、通行人に声をかけられた。
「おっ。お嬢ちゃんたち、面白い話に興味ないかい?」
「面白い話?」
「ああ。海の底に沈んだ財宝の話だ」
もう、この人の正体はわかったようなものだ。でも、敢えて泳がせる。
「それ、どんな話ですか?」
「お、興味ある?…いいぜ、話そう。リデラの財宝、って聞いたことない?」
「はい。もしかして、その財宝の在処を知ってる…とかですか?」
「ああ。詳しいことは言えないんだけど、ちょっと裏ルートでマジな情報を仕入れちゃってね…」
「その財宝って、いくらくらいの価値があるんですか?」
「んー、そうだね…現在の価値に換算すると、15億くらいになるらしいぜ」
この時点で、もう嘘だ。リデラの財宝は、総額で300億テルン以上の価値がある。
「それはすごい額。それで…まさか、その在処を教えてくれるってことですか?」
「ああ。3000テルンで教えるぜ。財宝を見つけても、おれは横取りしたりしないからな。好きなだけ取ってくるがいいさ」
おそらく連れて行くだけ連れて行って、あとはご自由に…という形になるのだろう。でも、それはつまりそこに何があってもなくても責任は取らないと言っているようなものだ。
3000…か。安くはないどころか、それで得られるのが何もない、あるいは大した価値のあるものが置かれていない場所に案内されるだけだと考えると、逆に笑えてくる。
一応過去を見てみたけど、やはりこれまでに何度も同じような方法で、それも結構な額を稼いでいるようだ。
それを確認し、私は言った。
「なるほど。つまり、あなたは詐欺の常習犯ということですね」
「え?な、なにを言ってんだ…?」
「とぼけても無駄です。私は過去を知る異能を持っています。それで、あなたのこれまでの悪行はよくわかりました。似たような手法で、結構な額を稼いだようですね?」
男が言葉を失ったところで、続ける。
「リデラの財宝の話は信じていますが、それを使った汚い稼ぎ方をする人の存在は信じたくなかったです。…それにしても、本物の水兵にそんな話をするなんて。宣戦布告もいいところね」
「っ…!な、なんで…!」
罪を認めたところで、エーリングさんが本性を現した。
「どうやら彼女の言う通りなようだな…であれば、答えは1つだ。お前を詐欺の現行犯で逮捕する!」
この一瞬で、雰囲気も口調も豹変させられるのがすごい。
「は…?え、も…もしかしてあなたは…!」
彼女のことを知っていたようだ。
「私はノグレの王立騎士団元帥、エーリングだ。訳あって一人で来ている。…墓穴を掘ったな」
「…ウソだろ!?」
「私はお前のような者の存在が信じられんがな。…本国には後ほど連絡する、速やかに身柄を送ろう」
そうして、男は透明なシャボン玉のような球体に包まれてどこかへ転送されていった。
おそらく、ノグレへ送られたのだろう。
それを見てか、あたりにいた人達が一気にいなくなった。やはり、周りにいたのも同類の詐欺師だったようだ。
「あら、ずいぶんと見晴らしが良くなりましたね」
「そうだな。小悪党どもが」
「ふふっ」
正直、ちょっとスッキリした。
同族の遺志、引いては死者を冒涜するような人は、許したくない。
これを期にああいうのが減ってくれればいいな、と思うけど…そうはいかないんだろうな。
そこまでして稼ぎたいのだろうか。真面目に働けばいいのに。やってることが殺人者と変わらない。
さっきのを見ていなくなった人たちも、多くの人と同じように殺人者を非難するだろう。なのに彼らと同じようなことをやってるとは、なんとも皮肉というか、悲しいというか。
まあ、私が干渉することではないけど。
あとは、エーリングさんと一緒に海辺の道を歩いた。
…なんか、レークにいた時を思い出した。この寒さと潮風の匂いは、私の育ちの故郷によく似ている。
急に故郷が懐かしくなってきた。
リデラ・ファンド・リアム・エルメンド
かつて存在した水兵の町エルメンドの20代目にして最後の長とされる人物。
「草創」の異能を持ち、剣を扱い、至る所の闘技場で優勝を欲しいままにすることから「最強の水兵」と謳われていた。
後に愛用の帆船での航海中に死海人に遭遇し、船と乗組員、そして船に積んであった莫大な財宝をケルバー湾のどこかに沈められたという。
遺体は見つかっていないが、後に乗組員全員の死亡が確認され、アイゼスの町の一角で葬儀が行われた。
その場所には慰霊碑が建てられ、現在も一部の海人や水兵が祈りを捧げにやってくる。




