魔騎士元帥
私達は3人に与えられた家の掃除を手伝い、ウェニーさん以外はここに泊まることにした。
夜、私達は外に出た。
理由は、ジュノスさんの占いを聞くためだ。
幸いにも空はよく晴れており、星がよく見える。
彼は、南の空に広がる大きく明るい緑色の星…通称「緑芯星」をじっと眺めていたけど、やがて言った。
「明日の朝城に行ったら、客室でしばらく待っているといい。いずれ客人が来る。その者が、死海人にたどり着くためのカギとなる情報をくれるだろう」
城で待てというのはわかるにしても、客人というのは一体誰が来るのだろう。
このタイミングで、私達を尋ねてくるような人なんているだろうか。
翌朝城へ向かった私達は、占いにあった通り客室で待機した。
すると、1時間もしないうちに「客人」が現れた。
それは、久しく顔を見ていなかった上位種族の異人だった。
「あっ、エーリングさん!」
霊騎士の軋羽さんを総団長とする中央王国ノグレのレザイ王立騎士団。その副団長に当たる「元帥」の称号を持ち、彼の部下でもある魔騎士だ。
相変わらず地面につきそうなくらい長いポニーテールをなびかせ、自身に満ちた
「おお、君か。龍神も健在のようだな。…ん?お前は」
目が合うなり、朔矢さんはそっぽを向いた。
「朔矢、大丈夫だ。こいつは手を出しちゃしねえよ」
龍神さんにそう言われても、朔矢さんは信じていないようだった。
「こいつは、今まで何回もあたし達を追い回したり殺したりしてきた奴よ。顔見たくないわ」
「そうか?私としては、ぜひともお前に会いたかったんだが。…組が解散した今、何をしているのかと思ってな」
「…まさか、あんた達が一枚噛んでたの?」
「むしろ私達としては、お前達には解散してほしくなかった。まとめて捕まえる機会を失ってしまうからな」
やっぱり、朔矢さん達は彼女らに追われている身のようだ。まあ、犯罪歴のある殺人者である以上仕方ないけど。
「しかし、この2人と関係があるというなら別だ。無論罪を見逃すわけではないが、とりあえず手を出さないでおこう」
「それが賢明ね。あたしだって、これ以上手を焼くような事を増やしたくないわ」
ここで、私は場をなだめるように言った。
「そ、それよりエーリングさん。どうしてここに?」
「ああ、それはな。先日、私達はレークの長からの連絡を受けてレイル海に現れた海賊を捕らえたのだが、そのメンバーからアイゼスの沖に別動隊の船がいるという情報を聞き出すことができてな」
「レークの長…?ユキさんからわざわざ連絡がいったんですか?」
「数が多かったのでな、水兵たちだけでは力不足と感じたのだろう。それで、このアイゼス沖の調査の許可を頂くべく、やって来たのだ」
「へえ、わざわざ許可もらうのね」
「当然だ。…ウェニー様は大勢の前での対談がお嫌いだからな、私1人で来た」
ノグレからアイゼスまではそんなに遠くないから、1人でも十分来られるだろう。
「その別動隊の船って、どの辺りにいるとかわかってるんですか?」
「正確ではないかもしれないが…アイゼス沖の南方130キロの海域をうろついていると聞いた。真偽判別にも引っかからなかったから、少なくとも偽情報ではないはずだ」
「130キロなら、そんなに遠くないですね。ウェニーさんに許可をもらったら、私達にもお手伝いさせてください」
「無論だ。現役の水兵に協力してもらえるなら心強い。…お前たちはどうなんだ?」
金色の眼に見られ、龍神さんは鼻を鳴らした。朔矢さんは、また顔を背けた。
「アレイが行くと言うなら、拒否する理由はない」
「魔騎士と絡むのは気に食わないけど…まあ、龍神たちが行くってんなら仕方ないわね」
2人は、理由はともかく同行すると言ってくれた。
「賢い判断だ。私としても、一度戻って隊を連れてくる手間が省けたというものだ。あとは、ウェニー様が来るのを待つとしよう」
それから少しして、ウェニーさんが部屋に来た。
彼女はエーリングさんと面識があったようで、再会を喜びつつも話を聞いて「そういうことならば、もちろんです!」とあっさり承諾した。
「ウェニー様。その前に一つ…私のわがままを聞いていただけないでしょうか?」
「はい?何でしょう?」
「今日一日、このアイゼスの城下町を回らせてほしいのです…アイゼスに来るのは久しぶりですので。…この子と一緒に」
私の腕を軽く掴みながらそう言ってきたのは、意外だった。
「アレイさんと?…まあ、いいですが」
「ありがとうございます。…というわけだ、しばらく彼女を借りるぞ」
「はあ?…ま、いっか。さすがに何も変なことはしないだろうし」
「でも、アレイは良いのか?」
私が頷くと、龍神さんは「そっか。んじゃいいだろ」と言った。
「…」
エーリングさんと並び、城の正門をくぐる。
魔騎士と2人きりなんて、初めての経験だ。
なんか…緊張する。
「あ、あの…エーリング、さん…」
「どうした?」
「どうして、私を連れてきたんですか?」
「ん?そうだな…強いて言うなら、水兵という種族と歩いてみたかったから。そして…」
エーリングさんは腕を組み、一息ついて、
「あなたが娘に似てるから、かしら」
と言って微笑んだ。
「えっ…」
思わず声を上げて驚いた。
これまでとは違う女性的な口調と、柔らかい声に唖然とした。
「あら、何かおかしい?」
「いえ、そうではないですが…その、喋り方、が…」
「私はこれが普通よ?騎士として仕事をしている間は、種族を弁えた言動をするけど」
「そ、そうなん…ですね…」
返答がぎこちなくなってしまう。
別におかしくはないけど、これまでのイメージとのギャップのあまりそうなってしまう。
「あなたにはこれまで私の本性を見せてこなかったし、あまりイメージはないかもしれない。でも、私も所詮女なのよ」
「それは…まあ…」
その長い髪と美しい顔立ち、そして私よりずっと大きなものを見れば一目瞭然だ。
「私が娘に似てる…ってどういうことですか?」
「そのままよ。私には、聖騎士の娘がいたの。あなたと同じ金髪で、背丈もちょうど同じくらいだった」
「いた、ってことはひょっとして…」
「ええ…前の復活の儀の時に命を落とした。夫と一緒にね。生きていれば、今年でちょうど17になっていたわ」
「17…私より3つ上ですね」
「そうね。…あなたは、ちょうど15の時の娘に似てる。あの子も弓と剣を使っていた。属性は水だったけどね」
「なら、私と一緒ですね。私は水兵なので、水属性は元々持っています」
「あ、そうだった。ふふ」
エーリングさんは、口を押さえて笑った。
その姿は、大陸最強と言われる騎士団の元帥とは思えない。
「あなたを見ていたら、なんだか娘が懐かしくなってしまってね。今日一日は、私とこの町を回ってほしい。…いい?」
「もちろんです」
「ありがとう。…なんかその目、あの子みたい」
エーリングさんは、笑顔で私の頭を撫でてきた…自分の娘にするかのように。
私からしても、彼女は母親のようにも思える存在だ。
今日一日は、この人と一緒にいてもいいだろう。




