水兵と海娘
しばらく話し合った結果、今はとりあえず黙っておいて船がどこかに入港したら一気に暴れることにした。
と言っても、このあたりでこの大きさの船が止まれる所は限られている。なので、考えられる所に前もって海娘を数人置いておく、と長達は言っていた。
「この大きさの船だと、結構大きめの港じゃないと止まれない。でも、この辺りでそんな所は限られてる。島に残してきたみんなに、フェストとシームの港の周りを固めるように…って伝えたいな。レキナ、行ってくれる?」
「はい、喜んで!」
そうして、レキナと呼ばれた海娘は今しがた俺達が開けた穴から飛び込んでいった。
待機している間、ファシェ、アレイ、セズフィナらを中心とした他愛もない会話を交わした。
アレイは、ファシェらに会えた事に感激していると言っていた。
「本物の海娘さんを見るのは始めてなので…」
「まあ、そうかもね。私たちにも水兵を見たことない子は珍しくないし、しばらくはみんなレークの方にも行ってないからね」
「え、レークに来たことあるんですか?」
「ええ。昔は定期的に行ってたよ。レークの長にも謁見したことがある。確か…ユキって言ったっけ?」
「はい、レークの…私たちの長はユキさんです」
「あ、あなたレークの子なのね。でも…なんか、少しばかり人間の匂いがする」
セズフィナがそう言うと、アレイは「それはきっと、私が転生者だからですね」と言った。
「転生者…?あ、人間から転生して水兵になったってこと?」
「はい」
「へえ…そっか、水兵は転生あるんだもんな。私たち海娘は、人間が転生してくることはほぼなくて…」
「あら、そうなんですか?…そう言えば、海娘って水兵の亜種…なんて言われてますけど、実際のところは水兵とほとんど同一の存在ですよね?」
「そうだね。私たちの祖先も、かつてはレークに住んでたって言うし…本当は、私たちもれっきとした水兵なのよね」
「え、そうなのですか!?」
いきなり、ウェニーが驚きの声を上げた。
「あれ、ご存知ありませんでしたっけ?」
「はい。私は、海娘と水兵が近縁の存在であることは知っていましたが、実質的に同じ存在であることは知りませんでした。でも、海娘と水兵の遺伝子はほとんど同じだという話なら聞いたことがあります」
「それはそうですよ。だって、私たちは…かつて、レークの水兵だったんですから」
すると、ウェニーはいい質問をした。
「あなた方の祖先は、レークの水兵だったのですね?なら、なぜ町を離れて、こんな遠くの島国に移り住んだのですか?」
「それは…その…」
これまですらすら話していたファシェが、急に口ごもった。
「どうしましたか?」
「いえ、なんでもありません。私たちの祖先が町を離れた理由には諸説あるんですが、一説には再生者ラディアから逃れるためだったといいます」
ラディアと聞いて、場にいた全員がはっとした。
「ラディア!?ラディアが、何かしたのですか?」
「はい。ラディアはかつて、全ての海人を配下に置き、陸の生者を殺そうと考えていました。しかし、一部の陸地でも生活できる海人…特にレークの水兵は、その支配に強く抵抗しました。故にラディアは、何よりもまずレークの水兵を潰したがった。大きな津波を起こしたり、死海人の大群をけしかけたりして幾度もレークを襲ったそうです」
さりげなく、アレイが険しい顔つきになっていた。まあ、当然だろうが。
「当時のレークの長…エミナ・ファンド・ルマンド・レイリークは、生の始祖と協力して町を度重なる襲撃から守っていました。しかし、やがてラディアの力が強くなり、徐々に町の守りが破られそうになることが増えていきました。それに危険を感じた長は、生の始祖と町の水兵全員で話し合った結果、何人かの水兵をまだラディアの影響の及んでいない遠い島国へ逃がすことにしました。それが、このシェナー諸島だったのです」
つまり、ラディアの攻撃に耐えられなくなる可能性が出てきたから、やむを得ずして行われた緊急避難の先がこの島々だったというわけか。
「逃される人員には比較的若い水兵や子供、その親が選ばれたと聞きます。移動の際は、生の始祖の特別な術で送られたそうです。そして、それで飛ばされた水兵たちは、この諸島で新しい生活を始めました。それが、今の私たち海娘の起源である…とも言われています」
ウェニーは「なるほど…ありがとうございます」と言っていたが、その顔は暗かった。
「まあ、あくまで一説ですけどね。ちなみに違う説としては、単に南に向かって泳いでいった水兵が、あるときこのシェナー諸島の島の一つを偶然見つけて、まだ人口が少ないから…ってことで町から移り住んできた、なんてのもありますよ」
「そちらの説が正解であると、信じたいものです」
確かに、俺もそう思う。
やむを得ずして移り住んだ、というのよりは自分から選んで移り住んだ、というのの方が断然いい。というか、そうでなければ海娘というのは悲しい成り立ちを持つ種族になってしまう。
まあ、そういう種族もいるんだろうが、海娘はそうであって欲しくはない。水兵の一種に…アレイの同族に、そんな重い重りがついているとは考えたくない。
「いずれにせよ、海娘と水兵は同じ存在です…文化は違えど。皇魔女様にも、そのように認識していただきけると嬉しいのですが」
「はい、もちろんです。海娘は水兵と同一の存在、しかと覚えました」
ウェニーは、たぶん覚えたことは忘れない。
それは、俺もそんな感じであるからだ。
「盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、いつ出るの?」
朔矢がうんざりしたように言った。
「港に止まったら、奴らはここにくるはず。その時まで待ちましょう」
「わかった。そんじゃ、その時までは拘束されたふりをして大人しくしてればいいわけね」
「そうね。でも、この穴は塞いでおかないと怪しまれる。修繕魔法で塞いでおきましょう」
修繕の魔法をウェニーに使ってもらい、穴を塞いだ。そして、俺は扉の裏に隠れる。扉が、押し引きするタイプでよかった。
あとは、しばらく待とう。




