アンル海台
形を変えた海人の霊に乗り、海上を進む。
その速度はかなり速く、昨日泳いだ時よりも速い。
ちなみになぜ潜っていないのかというと、まずは海上から渦潮を探そうということになったからだ。
昨日は海中から海面を見上げて渦潮を探していたが、今日は海面から探してみようということになったのだ。
しかし、昨日と同じく渦潮の下には何もないことが多かった。まあ、仕方ないが。
渦潮自体はあちこちにあったが、そのほとんどが外れだった。
「なかなかありませんね…」
「まあ、無いに越したことはないんだけどな」
「この海域は、腐海の場所に近いので、あるのではないかなと思ったのですが…」
「腐海…」
腐海の名は聞いたことがある。ちょうどこの海の一角にかつて存在した、ラディアとの関係が深い場所。
ケルバー湾という湾と、それに面していた都市をまるまる潰して作られた湿地帯のような場所で、その水はあらゆる生あるものの体を腐敗させて溶かし、また強烈な悪臭を放つとされる。同時に、海と陸のあらゆるアンデッドを引き寄せる。
まさしく、呪われた海域だ。
ラディアの封印後、有志によって浄化が試みられたが、現在でも完全な回復には至っていないという。
…ところで申し訳ないが、腐海と聞くとナウ◯カしか出てこない。
まあ、こちらの腐海は何千年もの間存在しているし、その名の通り海に存在しているが。
「はい、そうです。腐海は、かつての再生者ラディアによって生み出された呪われた海域で、今でもまだ完全に浄化できたわけではなく、生者は寄り付かず、無数のアンデッドが寄り付く恐ろしい場所となっています」
「いや、知ってるよ…聞いたことあるから。それより、皇魔女さん。あたしはあんたに言いたいことがあるんだけど」
「はい?何でしょうか?」
「実はあたし、元々ジヌドのクランにいたんだけど…組がよくわかんない連中に襲われて、解散させられたのよ。…一応聞くけど、あれは皇魔女さんが仕向けたものじゃないのよね?」
「違います。私は基本的にジヌドには関わりませんし、直接我が国に干渉していない反社會を潰すなんてことはしません」
「ならよかった。…それとさ、お願いしたいことがあるんだけど…どこでもいいから、住む所を3つばかり手配してくれない?」
「それは、なぜですか?」
「今言った通り、あたしたちのクランは解散させられた。だから、みんな住む家がないの。そして、元クランの構成員で、この国に流れてきたのはあたし以外に2人いるの。だからさ…住む所を、提供してほしいの」
朔矢の言葉だけでは…と思ったが、アレイも頼み込んでくれた。
「そうでした、すっかり忘れてました。朔矢さんは、私たちにとっても色々と手をかけてくれている人なんです。それに、朔矢さんはウェニーさんと同じような生きづらさを抱えています。…どうか、助けてあげてください」
皇魔女…ウェニーは少し考えた挙げ句に言った。
「わかりました、ちょうど南西の湾岸エリアに空いている家がいくつかあったはずなので、そこを使ってください」
「ありがとう。掃除とかは自分でするから」
「いや、お前掃除できねーだろ」
朔矢は、掃除とか片付けが大の苦手であるのを俺は知っている。
「うっさいわね。他の2人にやってもらうからいいの」
「おお…まあ…そうだな」
「あたしはこれでも組長なんだからね。組員に命令するくらい、簡単よ」
「もう解散したのにか?」
「…っ!あんたちょっと黙って!」
これ以上いじるとそのうち怒らせかねないので、適当に引いておく。
忘れがちだが、キレた朔矢はかなり恐ろしい。
ところで、ラディアの拠点らしきものはまったく見えない。
渦潮はやはりあちこちにあったのだが、その下を見ても何もない。
そもそも渦潮の真下には大して深い海底はなく、何かを建てるには浅すぎる。
結局、今日も収穫ナシで終わりそうだ。
「見つかりませんね…」
アレイが、どこか残念そうに言った。
「存在しないなら、それでいいんですが…見つけられてないだけで存在して、あとになって我が国や近隣の集落にラディアやその部下が…なんてことになるのだけは、避けねばなりません!」
その時、ウェニーはいきなりはっとして後ろを振り向いた。
そして、何やら喚きだした。
「海人がきます!皆さん、注目してください!」
は…?と思ったら、ウェニーが指さしている海面から何かが顔を出した。
それは、男の海人だった。
何気に本物の海人だ…水守人とかではなく。
純正の海人は地味にレアで、なかなかお目にかかれるものではない。
「ああ、やっぱりウェニー様でしたか。こんな遠洋まで来られるなんて、何かあったのですか?」
どうやら、ウェニーを知っているようだ…まあ、昨日の夜アレイに聞いた限り、この海の海人の大半はアイゼスに行ったことがあるらしいし、ウェニーを知らない海人の方がレアなんだろうが。
「はい!先日、城の図書館にて気になる文献を見つけまして。その真相を確かめるため、昨日からこのお三方と一緒に捜索しているんです!」
「へえ…よろしければ、その文献に何が書かれていたのかお伺いしても?」
「大丈夫です!文献には、再生者ラディアに関する記録が書いてありました。そして、もし次にラディアが蘇ることがあれば、その時はケルバー湾の南を拠点とするだろう、という記述があったんです。なので、私たちは今、それが本当なのか…ラディアの拠点があるのか、探しているんです!」
すると、海人は顔色を変えた。
「ら、ラディア…!?あいつの拠点が、この辺りにあるんですか!?」
「文献には、おそらくそうなのではないか…という風に書いてありました。しかし、昨日今日と探しても見つからなくて。渦潮の下にあるとのことなんですが、そこを探しても見当たらないのです…」
「渦潮?…あ!もしかして!」
海人は何かピンときたようで、手を叩いた。
「何か知っているのですか?」
「ラディアの拠点…であるかはわかりませんが、ここから2フェードほど南東にやたら大きな渦潮があるんです。その周りはいつも天気と海が荒れていて、誰も近寄りません。もしかしたら、あそこが…」
「それは、いつ頃からあるのですか?」
「わかりません。ただ、少なくとも3年前には既に存在していたかと…」
「わかりました、ありがとうございます。皆さん!彼の言っていたポイントへ、向かいましょう!」
「え?大丈夫なんでしょうか…」
アレイはちょっと心配そうだったが、ウェニーは行く気満々だった。
「我が国と、この海の安全を守るためです!私は、そのためなら何事も恐れません!」
そうしてウェニーは乗り物たる海獣に命令を出し、南東へと舵を切った。
「フェード、って海人が使う長さの単位よね。2フェードだと…どのくらいなの?」
「2フェードは、約10キロですね。大した距離じゃないです」
「そうなの…てか、あんたよくわかるわね」
「私も水兵、海人の一種ですからね」
そんな会話をしているうちに、ポイントが見えてきた。
その場所の上空には、恐ろしいくらい真っ黒な雲が台風か竜巻のように渦巻いており、その真下には黒い霧のようなものがかかっている…恐らく、ものすごい雨が降っている。
そして何より、その海面は直径数十メートルはあろう大きさの渦潮として渦巻いている。
確かに、あれでは誰も近寄らないだろう。
「な、なんかヤバそうだけど…大丈夫なの?」
「確かに、このまま接近するのは危険です。私の術で、海流を穏やかにしてみます」
ウェニーはそう言って手を伸ばした。
「[アルファニー・メリッツィオ]」
すると、渦潮の渦巻く速度が緩やかになった。
「今のうちです。さあ、行きましょう!」
一気に近づき、海中に潜ったその直後。
「あれ?」
アレイが、何やら表情を急速に変える。
「どうした?」
「海流が…」
直後、彼女は叫んだ。
「急いで離れましょう!海流が…戻ってます!」
「えっ!」
「そんなバカな!私の術は、そんなすぐには…」
そうこうしているうちに、海流はみるみる強くなっていった。
俺達は何も抵抗できず海流の流れのままに流され、渦巻く海水に巻き込まれ…




