ラシュテル海底
俺たちは、港…ではなく砂浜にやってきた。
さすがに今の時期泳ぐ奴はいないようだ…レークとかナアトに比べると、この国はまだ暖かいのだが。
海に入る前に、俺と朔矢はアレイの力を受ける。
皇魔女…ウェニーは、自らに魔法をかける。
「[アルフェス・エマートニー]」
見た目では変化はないが、おそらく水中でも息ができるようにする魔法だろう。
しかし、その後彼女はアレイに妙なことを言った。
「アレイさん。私にも、あなたの力を与えてください」
なんでも、水中呼吸と暗視は魔法で付与できるが、水圧への耐性は付与できないのだと言う。
なら、初めから俺たちと同じようにアレイに頼ったほうが良かった気がするのだが。
しかし、アレイはその言葉を拒まず、彼女にも力を与えた。
「これが、水兵の力…ああ、また1つ忘れられないものができました…!」
俺たちは、特には何も感じないのだが…ウェニーには、何かが感じられているのだろうか。
海に入ると、朔矢が喜んだ。
「っはあ!真冬の海に生身で入るなんて、そうそう出来ない経験ね!」
「まあ…な。でも、アレイ…というか水兵の力を借りればいつでもできるんじゃないか?」
すると、朔矢は諦めたような顔で言ってきた。
「龍神…あたしが、普通に水兵と仲良くなれると思う?」
…言われてみれば。
「…悪かったな」
アレイを見ればわかる通り、水兵はきっちりした性格の者が多い。
それは、朔矢にとっては最も相性の悪いタイプだ。
「それで、目的地はどの辺なのよ?」
「我が国の南から南東にかけての海底です。海面に渦潮が発生しているかと思うので、それを目印にして捜索しましょう」
「渦潮ね。わかった」
「それから、万一ラディアの拠点らしきものを発見したら、写真を撮影しておきます。後で、記録にあるものと照らし合わせます」
「記録にあるの?」
「ラディアは、生の始祖の時代にも様々な形状の拠点を築いていたといいます。そして、そのいくつかが記録に残っています。なので、それらと写真を見比べ、同一あるいは似通った形状のものであれば断定ができます」
「なるほどね」
「たしか、ラディアは元々海人でしたよね。なら、貝殻やサンゴを使った拠点を築く可能性が高いと思います。そして、おそらく普通の海人のそれより大きいでしょうから、その意味では目立つと思います」
「あー、たしかにね」
「とりあえずは…ウェニーさん。この辺りの海底…ラシュテル海底を探してみるのはどうでしょう?意外と深いところもありますし」
「それは、いいですね。そうしましょう。…ただ、それだと我が国…もとい陸地の本当に近くにラディアがいるということになりますが…」
「まあ、本当にいるかはわかりませんけど…探すだけ探してみましょうよ」
「…はい!」
というわけで、ラシュテル海底を捜索した。
ある程度泳いで思ったのだが、意外と広い。
アレイによると、この海底の面積は約12平方キロメートルで、水深は平均60メートル。一部に深い溝があり、その部分の深さは最深で250メートルに達するとのことだ。
「この辺りの海流は比較的緩やかなので、泳ぐ力が弱い海人…例えば海姫や、子供の海人でも暮らしやすいんですよ」
アレイは、さりげなくそういう解説も入れてくれた。
「子供の海人…ですか。そう言えば、我が国にもよく訪れます。海人、水守人、魚人など…あ、そう言えば水兵の子供は見たことがないですね」
「仕方ないですよ。海を直線で渡るだけとは言え、レークとアイゼスは200キロは離れてますから」
「そうでした。やはり、水兵と言えど子供では長距離を泳ぐのは難しいのですね」
「時間もかかりますしね。仮に私が泳いだら、片道5時間はかかると思います」
「結構かかるんですね。だとしたら、我が国に来てくれる水兵たちはそのような手間をかけているのですか!?」
「ええ。…まあ海術を使えば加速できますし、途中でワープもできます。それでも1時間半はかかる…って聞いたことありますけど」
つまるところ、レークの水兵にとってアイゼスはちょっと遠い他の町、といった感じなのだろう。
俺の実家は、車で1時間半ほどで海が見える所だったが…ある意味、似たようなもんかもしれない。
結局6時間近くかけて見て回ったが、それらしきものはなかった。
深くなっている溝のところも見たが、収穫ナシ…だった。
「この海底にはないみたいですね」
「そのようですね。…我が国の近くになくて、よかったです」
ウェニーは、胸を撫で下ろした。
…しかし、こうしてウェニーのモノを見るとアレイの小ささが際立つ。
もちろん、声に出したらアレイにキレられるだろうが。
「ひとまず、今日は戻りましょう。客室が空いていますので、そこを使っていただいて結構です。…あ!」
ウェニーは時間を確認し、焦りだした。
「もうすぐ夕食の時間です!すぐに戻らねば!」
時間を決めてるのか。まあ俺も昔はそうしてたが。
「なら、すぐに泳いで…」
「いえ、その必要はありません。[舞い戻りの雫]!」
ウェニーが魔法を唱え、気づいた時には城の玉座の間にワープしていた。
「即時帰還の魔法か…」
「5時27分!…間に合いました!」
ウェニーは、ニコッと笑って走っていった。恐らく、食堂に向かったのだろう。
俺たちも、後を追う。
「みなさんの分も用意してもらいました!どうぞ、召し上がってください!」
ウェニーは、席について叫んだ。
「ああ、ありがとうございます…」
アレイは、おそるおそる席についた。
ちなみに、俺たちは普通に着席した。
料理の内容は、焼き魚やパン、サラダといったいかにも健康的なものだった。
敢えて聞かなかったが、たぶんウェニーはメニューも1日、1食単位で決めてるのだろう。
使う食器の色と種類も細かく決めていたようで、卓上には同じデザイン・形・サイズの食器が複数並んでいた。
覚えるのが面倒…だが、彼女の気持ちはわからないでもないので何とも言えない。
ちなみに、俺は大した量は食わなかった。
パンはともかく、焼き魚やサラダは嫌いだ。
あとで何か、適当なところで買ってくればいい。
寝室として与えられた客室は、意外と豪華だった…が、正直ちょっと使うのが怖い。
もしウェニーが、布団の敷き方や床のきれいさなどにもこだわりがあったら、それに合わせなければならない。
しかし、それは大変だ。
だから、俺は可能な限り最初の状態を乱さないようにして寝た。
ベッドの寝心地は、割とよかった。
翌朝、朝食を終えてすぐに昨日の続きをすると聞いた。
ただし、今回はラシュテル海底の東、アンル海台というエリアを捜索するらしい。
「今回は、エリアがかなり広いので特別な乗り物を使います!」
昨日と同じ海岸にやってきて、ウェニーは何やら水色の水晶玉のようなものを出した。
「何するとこ?」
「こうするのです。…海獣の海霊よ、顕現せよ!」
ウェニーが叫ぶと、玉から白い異人の霊が飛び出してきた。
それは光を放ちながら姿を変え、イルカのような生物になった。
「これは…?」
「これは、三海霊の石といいます。かつて海を荒らし回っていた3人の海人がいまして、彼らはある冒険家の一行に倒されたのですが、その後霊となって彷徨うようになりました。当時の皇魔女セリール様は彼らの霊を封じ、使役できるようにしました。それがこれで、これを使えば彼らの持つ能力を使うことができます」
「式神みたいな感じか。ってことは、こいつは名前あるのか?」
「はい!彼は、ルーデウス。あらゆる海の生物に形を変えることができる、水守人の霊です」
「ほ、ほう…」
「あと、他にはリームレットとキリルという霊がいます。彼らは、ルーデウスとはまた違った能力を持っていて、手助けをしてくれるんです!」
「そうか…」
ルーデウスにリームレット、キリルか。
…ん?
なんか、妙なデジャヴを感じる。
どれも、初めて聞く名前のはずなのだが。
なんだろう…
なんか、記憶のどっかに引っかかる。
遠い昔、どっかで聞いたことがあるような…。
・三海霊の石
数千年前、マレイク海のあちこちで海人や船舶などを襲っていた3人の海人(通称海人愚連隊)がいた。
彼らはとある旅人の一行によって倒されたが、その後怨霊となって海を彷徨うようになった。
当時のアイゼス皇魔女セリールは、「海水晶」と呼ばれる鉱物でできた宝玉にその3人を封じ、悪意を持たず各自が特殊な能力を有する霊として自由に召喚し使役できるようにした。
これを三海霊の石、それに封じられた3人の海人の霊を三海霊と呼び、攻撃を当てた相手の能力や性質をコピーできる「リームレット」、様々な海の生命体に変身できる「ルーデウス」、攻撃と同時に相手の水への耐性を下げることができる「キリル」が存在する。




