ジヌドの異変
ジヌドについたけど、特に何か大きな異変が起きている様子はなかった。
町の風景もいつも通りだし、妙な話が聞こえてくるとか、みんなが妙に慌ただしいとかという事もない。
ただ、龍神さんは違った。
彼はどこかに電話をかけた後、妙に焦っていた。
どうも、朔矢さんのことが気になっているようだけど…何かあったのだろうか。
◆
朔矢に電話をかけてみたがつながらないので、ザーロンに話を聞いた。
最近何か、変わったことはなかったかと。
その結果、なんと花摩流…朔矢たちの組が解散したというのだ。
焦った俺は、アレイを連れて奴らの事務所へ急いだ。
建物自体はあったが、中はもぬけの殻で、誰かがいる気配もなかった。
「あれ…?どうして…?」
アレイも疑問に思ったようだ。
俺が言うまでもなく、アレイは能力を使った。
そして映し出されたのは、わずか数日前の映像。
突如として事務所に謎の集団が押しかけてきて、朔矢たちに組の解散を迫る、というものだった。
当然朔矢はそんなことを受け入れなかったが、向こうも譲らず、争いになった。
しばらく争った末、なんと朔矢たちが敗れてしまい、向こうの要求通り解散を余儀なくされた。
しかも、それは解散というより追い出しに近く、その場ですぐに全員を事務所から出、戻らないように命じたのだった。
「な…なにこれ…」
アレイも言葉を失っていた。
「こりゃひどいぜ。いくらなんだって、いきなり押しかけてきて無理矢理追い出すなんてないだろ。…そうだ、朔矢はどうなったんだ?」
「見てみます」
アレイは、30秒ほど目を閉じてから言った。
「朔矢さんは、町を離れてアイゼスに行っています。そして、姿を変えて…浮浪者として暮らしています」
後半は妙に辛そうだったが、そんなところで同情する必要はない。
殺人者にとって、宿無しなど慣れたものだ。
「よし、向こうに行こう。朔矢が行ったんなら、使えるワープはあるだろう」
「はい。ワープは、こっちみたいです」
事務所を出て右に進み、2つ目の角を右折する。そうすると、小さな小屋が現れる。
これこそが、向こうの町…アイゼスと繋がるワープだ。
使ったことはないが、なんとなくわかる。
アイゼスは海に面した水の国であり、古くから多種多様な海人と関わりがあった…と聞いたことがある。
その親交の深さはかなりのもので、中にはアイゼスを第二の故郷と考える海人もいるという。
「そっか、アイゼスは水の国だもんな。アレイからすれば、楽しみだろう」
「え、ええ…」
なぜか気が進まないような言い方だったので、少しだけ詮索してみた。
「どうした?なにか心配事でもあるのか?」
「その…さっき見た、朔矢さんたちを解散させた集団は、アイゼスの方に行ったみたいなんです。…もしかしたら、ナアトの時みたいに…」
「皇魔女が仕向けたものかも、ってか。…さすがにそれはないと思いたいが…」
正直、半分はそうかもしれないと思った。
「私も信じたくはないですが、可能性はないとは言い切れないと思います。いずれにせよ、向こうの皇魔女に会ったほうがいいでしょうから、まずはそれを目標にしましょう」
「だな」
朔矢のことは…まあ、大丈夫だろう。
あいつは、なんやかんやでたくましいから。
かくして、アイゼスへやってきた。
ワープを出てすぐのところに噴水があり、若干ながら水がかかった。
…真冬のはずなのに、対して冷たくない。
「それは当然です。この国の水は、夏は冷たく冬は暖かくなるようになっているので」
「皇魔女陛下のお力か」
辺りを見渡してみると、なんと周りにも水がたくさんあった。
ここは広場のようなのだが、その周りに堀のようなものが広がっていて、そこに水がたっぷりあるのだ。
「まさしく水の国だな」
「この国の施設にある水は、すべて複合水と言って海水と淡水の両方の性質を持ってます。そして、この国には至る所に海と繫がった水路があるんです。だから、海人がそのまま国内に入ってくることができるんですよ」
「へえ…てか、淡水と海水の両方…ってことは、まさか飲めるのか?」
「はい。この国の複合水は水質もきれいで、飲料水として使う他にも、観賞魚を入れる水なんかに使うこともできます。凍らせてかき氷なんか作ってもおいしいって聞いたこともありますね」
「何でもできそうだな。さすが水の国だ」
そんなことを話していた矢先、ふとあるものが目についた。
「…」
「龍神さん?どうかしました?」
「あれ…」
「えっ…?」
俺の視線の先には、見覚えのある格好の女が座っていた…汚れてはいるが、猛烈に見たことがあるような女が。
「あれ、あれって朔矢さんじゃ…?」
アレイも気づいたようだ。
だいぶボロボロだが、たぶんあれは朔矢だ。
「行ってみるか」
ヤツは、こちらに気づくとすぐ反応してきた。
「ああ、あんた達…久しぶり」
「朔矢さん。どうして、こんなところに?」
「わざわざ言わせないでくれる?てか、あんたはわかるでしょ」
「それは、まあ…でも、なんで路上に?」
朔矢は、舗装された地面に直に腰を下ろしている。
「そんなの決まってるでしょ…住むような場所がないからよ」
「いえ、それは知ってますが…どうしてこんな人気のあるところにいるんですか?」
「人がいる所の方が、仕事がやりやすいからね」
「あ、仕事はしてるんですね」
残念だが、朔矢の言う「仕事」とはアレイのイメージするようなものとは全く違う。
俺と同じ強盗か、あるいは売春か…いずれにせよ、あまりよろしくない仕事だ。
「そりゃ、何もしないわけにはいかないからね。あとは住む家があれば最高なんだけど」
「家なら、皇魔女さんに事情を説明して借りればいいと思いますが」
「それは…まあそうなんだけど、難しいのよね。何せ、ここの皇魔女はちょっとね…」
「?」
アレイはわかっていないようだ。
…俺もわかっていない。
「とにかく、皇魔女さんに会おう。俺たちも、そいつに呼ばれて来た身だからな」
「あ、そうでした。朔矢さん、一緒に皇魔女の所へ行きましょう。私達が事情を説明します」
「それは助かるわ。ここの王城は、ちょうどこの広場の先にある。行きましょう」
この時、ふと思った。
まさか、朔矢初めからこのつもりだったんじゃあるまいな。
一人ではアレだから、俺たちが来るのを待って皇魔女と話そうとしてたんじゃ…。
まあ、それならそれでもいい。
俺だって人と話すのは苦手だし、朔矢みたいにするだろうから。




