二人の因縁
体を直立させ、真っ直ぐに飛び上がる。
その速度は凄まじく、あっという間に雲を突き抜けた。
空を切り、風を受けながら浮かび上がるのは、海底から一気に浮上するのにも似ていた。
けれど、それとは違ってなんだか…気持ちいい。
以前シルトさんたちと一緒に飛んだ時には感じなかった、特別な開放感と爽快感を感じる。
寒空の中で冷たい風を浴びているのだから、身が凍りそうなほど寒いはずなのだけど、なぜだかそんな感情は湧かない。
本来、私は空を飛ぶことはまずない。
理由は一重に、私が水棲種族だからだ。
けれど、なんだか…
空を飛ぶと、不思議な懐かしさを感じる。
それがなぜなのかは、よくわからないけど。
「これなら、蒼穹のブーツは必要なかったかもな」
龍神さんが、そんなことを言った。
「まあ、まあ…」
…いきなり何を言い出すかと思ったら。
確かに今回は、ルーヴァルのおかげで飛べているから使わないかもしれない。でも、今後も飛行の際には使うだろう。
彼にとってはそうでもないかもしれないけど、私にとっては飛行という行為はリスクも消費も結構大きいのだ…魔力も使うし、海人を狙う異形やアンデッドに狙われる恐れもあるから。
まあ、龍神さんがいれば大丈夫かもしれないけど。
「無駄話はするな。このまま奴の巣の上空まで突っ込むぞ」
ルーヴァルは大空の一角を見、ハヤブサのように飛んだ。
それから数分後、何かが見えてきた。
それは岩山…のようだったけど、山頂のあたりが何やら気持ち悪いことになっていた。
赤っぽい色をした、無数の肉塊やミミズのように細長くウネウネするもので山肌がびっしりと覆われている。
「うわ、気持ち悪い…」
私は思わず声に出してしまった。
「あれが流未歌の巣だ。あんなグロいことになってるのは、おそらく取り込んだ奴らを巣の材料にしたからだろう」
「取り込む…?まさか、流未歌って…!」
「ああ。奴は魅了した奴を体の良い操り人形にして、最後は自らにその体と命を捧げさせる。犠牲になった奴らは、ああして巣の一部にされることもある」
もし彼女に捕まっていたら、私も最終的にはああなっていたかもしれない。
そう思うと、心の底からゾッとした。
「ところで、若人よ。そろそろ、奴との関係を話してはくれぬか?」
突然、ルーヴァルがそんなことを言った。
「え?」
「薄々勘づいていた。お前には、流未歌と因縁があるのだろう。無理に言えとは言わぬが、言えるならばここで話してほしい。彼女にとっても、気がかりだろう」
そう言えば、以前から彼は流未歌と面識があるような感じだった。
言われてみれば、という感じだけど、確かに気にはなる。
「そうか…そうだな。よし、話そう」
そうして、彼は話した…流未歌との関係を。
前々から思っていたことではあるんだけど、彼は話し方や説明の仕方に独特な癖があり、喋りだけでは分かりづらいところがあった。なので、随所で私が過去を見たり空中に映し出して理解した。
実は、龍神さんと流未歌は同い年で、共に人間界の出身なのだという。
流未歌は元々「長谷野美歌」という名前で、子供の頃から比較的彼の近所に住んでいた。
幼い時はそこまで仲が悪いわけでもなかったようなのだけど、14歳の時にそれは変わった。
当時、地域に伝わる伝統舞踊を子どもたちがやるという行事…というかイベントがあったのだけど、流未歌こと美歌はこれの保存会の会長の孫娘だった。
だから当然その踊りには積極的で、練習にも必ず参加していた。
けれど、龍神さんはその真逆だった。
彼は当時、読書やゲームに没頭していた。
そのため、興味が無くつまらないと感じていたこの行事にはとことん消極的かつ否定的だった。
そしてそれを、周囲にも行動で示していた。
その態度が気に入らない美歌は、彼とよく揉めた。時には、怒鳴り合うような喧嘩もしたこともあるようだ。
美歌としては、大切な祖父と自身が心から愛している伝統を否定する者が許せなかったのだろう。
けれど、彼は頑固で、何があっても考えを曲げなかった。
それどころか、美歌の人格や家庭までも否定するような過激な言動もするようになっていった。
美歌も誇りとプライドを守るため、彼と争い続けた。
そうして2人は仲が悪いまま、別の学校へ進学した。
龍神さんはそうでもなかったようだけど、美歌は龍神さんのことを恨んでいた。
そして、22歳の時…彼女は、事故で命を落とした。その後この世界に鳥人として転生したのだけど、偶然にもその時は2回目の復活の儀の直後で、これまた偶然にも彼女こそが当時の忌み子だった。
そうして死後にアンデッドとなった彼女は、風を操る再生者の1人、皇京流未歌となったのだった。
一方、龍神さんがこの世界に来たのは転生ではなく転移で、時期もかなりズレていた。
だから、この世界に来てから彼女と関わってきたことが今までなかったのだという。
「そんな過去があったなんて…」
「奴が舞いを好んでいるのには、そのような経緯があったのか。人嫌いなのにも、それが関わっているのかもしれぬな」
ルーヴァルは、流未歌の性格や好みが何に起因していたのか納得したようだった。
龍神さんは、最後にこう言った。
「俺はおかしいことをしたつもりはない。ただ、自分の考えを貫いただけだ。あいつが俺をどう思って、どんな人生を辿ったにしろ、俺には関係ないし、責任もないと思ってる」
流未歌…もとい美歌がどんな人生を歩んできたにしろ、今の彼女は世界を脅かすアンデッドだ。その事実は決して変わらない…龍神さんが、悲しい過去を背負った殺人鬼であるように。
けれど、私は…彼女を一概に責めていいものか、と複雑な気持ちになった。
彼女が再生者になったのも、元をたどれば龍神さんが原因なのかもしれない…とも思ってしまうけど、だからと言って彼を責めていいのだろうか。
彼には生まれ持った特性がある。
周りと上手くやれないのは、致し方ない面もあるだろう。
「さて、もうすぐだぞ」
ルーヴァルはそう言うけど、まだ封印の祀具は見えない。
巣にもうすぐ着地する、という意味だろうか?と思っていると、突如周辺の空間に異変が起こった。
なんだか嫌な風が吹き、黒い空間の裂け目のようなものが現れた。
「…!」
私は身構えた。
以前、彼女が現れた時と同じものだ。
「出やがったな…!」
龍神さんは刀を抜き、ルーヴァルは剣を抜く。
そして…
「哀れだな。本当に、本当に哀れな蛆虫どもだ…」
あの時聞いたのと同じ、再生者の声が響いた。




