樹海の中の穴
やはりというべきか、洞窟の中は意外と暖かい。
雪もないので、奥へ進むのはたやすい。
この地域全体がそうなのだけど、流未歌の力のせいで飛ぶことができない。
なので、足を踏み外したり転んだりしないよう慎重に奥へと進んでいく。
「結構長いな…いかにも冒険って感じだ」
狭い穴を通りながら、龍神さんはそんなことを言った。
それで、私はふと気になった。
「龍神さんは、反逆者に会ってみたい…とか思ってたんですか?」
彼は、世界中でその強さと異常性を危険視されている殺人鬼だ。
でも、殺人鬼は殺人者系統で見れば中位の種族。最上位種族の反逆者と比べれば、下の存在ではある。
そんな彼は、反逆者のことをどう思っているのだろう。
「ふーむ、そうだな…まあ、会ってはみたかったな。いずれ進むかもしれん道だし」
「あ、そうなんですね。私も同じです」
「ん?何でだ?」
「反逆者って、伝説や物語でしか聞いたことがなかったので…」
反逆者は多くの地方で伝説上の存在、あるいは過去の存在とされていて、昔話や吟遊詩人の詠う詩のような物語にはよく登場する。
でもあくまで「伝説」で、そもそも初めから実在していない種族だという人もいれば、かつては実在したけどすでに滅びた種族だという人もいる。
そんな種族にこれから会うのかと思うと、何とも言えない感動と緊張を感じずにはいられない。
「確かに、伝説とかには出てくるな。けど、伝説ってのはただのうわさ話とは違うぜ。ちゃんと、そのもとになった事実がある」
「…確かに、そうですね」
そんな会話をしながら進んでいると、突如大きな穴のように広がった所に出た。
底は見えないけど、なぜだか飛び降りても大丈夫なような気がした。
「龍神さん、ここ…」
「ああ、飛び降りれそうだな」
彼も、同じように思ったようだ。
意を決して飛び降りた先は、さらに奥へ続くらしい道があった。
そしてその先は…。
「あれ?」
思わず声を上げてしまった。
そこには過去に道が崩れたのか、目の前に大きな空洞があるだけで行き止まりだったのだ。
(来るのが遅かったの?それとも、道を間違えたのかしら?)
私はそう思ったけど、龍神さんは違った。
彼は壁に手を当てて「そういうことか…」と呟き、上を見上げて叫んだ。
「親父ー、いるなら返事してくれー」
「えっ…?」
その言葉に驚くと、彼は小声で注釈を説明してくれた。
「俺たちの間ではな、反逆者のことは『親父』とか『お袋』って呼ぶ習わしがあるんだ」
「あっ、そういうことですか…」
彼は、引き続き声を張り上げた。
「俺は殺人鬼だ、偉大な親父の顔を一目でも見たい。だから…頼む、出てきてくれー」
すると、何やら大きな物音がした。
飛ぶ音…みたいだったけど、翼や魔力を使っているのとは違う。ゴーッというような、すごい音だった。
「なんだ…若人か。ならば隠れる必要もないな」
重々しい声と共に虚空から現れたのは、赤い貴族のような服を着込んだ男性だった。
髪は黒く、目は青色をしている。
これが、反逆者ラモンの息子…ルーヴァルか。
「おお、ついに応えてくれたか。…やっと会えたな、偉大な反逆者よ…」
龍神さんは、震える声で言った。
「ふん…私はまだ生まれて間もない。無駄に持ち上げるようなマネはするな」
生まれたばかり…ってこと?
でも、見た限り私より年上っぽいけど…。
「それは申し訳ない。だが、あんた…じゃなかった、あんたの親父の話はいろいろ聞かせてもらってるんだ」
「であろうな。だがそれは、所詮我が父の残した軌跡に過ぎない。私自身の軌跡は、まだ皆無だ」
「あ、あの…」
私は声を絞り出すように言った。
すると、彼…ルーヴァルは私を見てきた。
「お前は…そうか。ここにいずれ水兵が来ることは父より聞いていたが、よもやこんなにも幼いとはな」
「それで、なんですが…あなたのお父様は、なぜ亡くなられたのですか?反逆者は、決して死なないと聞いたことがあるのですが…あ、間違ってたらごめんなさい…」
正直、ちょっと怖い。この気持ち…初めて龍神さんの正体を知った時に抱いた感情にも似ている。
「我が父…ラモンは死んだのではない。空の上の国へ飛び立っただけだ」
「空の上、ですか…?」
「そうだ。まあ、お前のような赤子には理解できまいが、我らはこの世に飽きた時に空の上の国へ飛び立つ。父もまた、そちらへ赴いたのだ…私を残してな」
死ぬのとは何か、わけが違うのだろうか。
私にはよくわからないけど、とにかくラモンはもうこの世にはいないようだ。
「あなたのお父様は、かつてシエラ達と一緒に流未歌を倒したと聞きます。疑っているわけではありませんが、一応確認させてください。それは、事実なのですか?」
「無論だ。父は1人の陰陽師と、2人の司祭と共に流未歌を倒した。…だが、完全には倒せていなかった」
「どういうことですか?」
すると、ルーヴァルは目を見開いた。
「なんだ、知らぬのか?…意外だな。お前なら知っていると思っていたのだが」
「…ごめんなさい、無知で。私、再生者のことはあまりよく知らないんです…姉からも、ほとんど聞いていなかったので」
「謝る必要はない。幼いお前には、残酷な事実だ。だが、事実とはもとより残酷なもの。お前に、それを知る覚悟と勇気があるかな?」
彼のセリフは、大げさではないような気がした。
それでも、私は答えた。
「…はい!」
「そうか…」
ルーヴァルはゆっくりと降りてきた。
「ならば教えよう。再生者の真実を。この世界に、今何が起きているのかを…」
異人・反逆者
ただならぬ雰囲気を漂わせる、殺人者系の最上位種族。
最上位の異人の中でも珍しい存在で、その数は極端に少なく、長らく実在も疑わしいとされていた。
優れたカリスマ性と行動力を持ち、あらゆる理不尽や不条理に「反逆」する、数々の独自の技を持つ、自ら望まない限り老いず死なない肉体を持つなどとされる。




