初戦
窓から差し込む薄明かるい朝の光。
それを浴びて、私は目を覚ました。
時間を見ると、5時45分。
(まだ早いなあ…)
ここのモーニングコールは6時半にかかってくる。
その後にレストランなどが開くので、今は部屋を出るにはまだ早い。
今のうちに着替えとシャワーを済ませておくことにした。
「ふう…
やっと目が覚めた、って感じ」
シャワーを浴び、そんな事を呟きながら体を拭いて着替える。
外はもうだいぶ明るくなってきていた。
ふと思い立ち、窓の外を覗く。
「綺麗…」
外の景色を見て、思わず言葉が漏れた。
この部屋は17階にあり、ここからは丁度、町の東側のほぼ全域が見える。
見慣れた町並みも、雪を被ると途端に非日常感溢れる情景に早変わりする。
ここから見える景色の中で私が気に入っているのは、雪の積もったテマクの砂浜とミネア岬だ。
どっちも普通に訪れても凄く綺麗な場所なのだけど、雪が積もるとまた一段と素晴らしいものになる。
白銀の砂浜と雪化粧をした岬、そして雪に覆われた海辺の町…
一つだけでも十分に風情のあるものを3つ、それも同時に見られるのは、雪の降る港町だけの特権だと思う。
「っ、寒っ…!」
湯上がりの肌に、外の冷気が直に伝わってきた。
ずっと景色に見とれている訳にもいかない。
今のうちに、弓の手入れをしておこう。
今まではあまり使ってこなかったけど、これからはそういう訳にいかなくなるだろうから。
私の弓はちょっと特別な代物で、他に手入れできるような人はまずいない。
けど幸いにも私は手先が器用なので、弓の弦の調整や矢の制作は全て自分で行える。
弓の弦を張り替え終わってもまだ時間があったので、矢を追加で作る事にした。
矢につける鏃は貫通力に優れたタイプ(この世界では「ブレイド」と呼ばれる)と、射切る事に特化したタイプ(「スラッシャー」と呼ばれる)の二種類を使い分けている。
いつも持ち歩いているのは片方30本ずつで合計60本だけど、これからはもっと使う場面も出てくるだろう。
モーニングコールが鳴るまでに新しく作った矢は20本。
鏃に塗る矢薬が足りなくなったけど、これは途中で買えばいい。
ちょっと数が少ない気もするけど、空いた時間に必要に応じて手入れと矢作りをするようにすればいいだろう。
出てすぐに龍神さんの部屋に向かった。
私がドアを叩こうと部屋の前にきた丁度その時に、
「きゃっ!」
ドアが開き、彼が出てきたので驚いた。
「おっと…
ごめんな。大丈夫か?」
「はい…大丈夫です。
あ、おはようございます」
「おはよう。
レストランとかはもうやってるか?」
「モーニングコールも鳴りましたし、やってるはずです」
「そうか…」
龍神さんは大きく伸びをして、
「んじゃ、早速行こうか」
と言ってきた。
レストランは一階にあり、バイキング形式になっている。
私は白ご飯の他、サラダや焼き魚を取った。
龍神さんはというと、肉やピザなどをもりもり食べていた。
聞けば、彼は野菜や焼き魚などが嫌いであまり食べず、代わり?にお寿司やハンバーガーなどをよく食べているらしい。
彼のような人は食事バランスにも気をつけているものだと思っていたから、意外だった。
というか、そんな食生活をしてていいの?と思った。
正直、彼の体が心配だ。
ホテルを出てしばらく西へ歩くと、突然龍神さんの表情が険しくなった。
「…どうしたんですか?」
「あれを見ろ」
彼はある一点を指差した。
そこには…
遠くからだからはっきりとは見えないけど、町の門の一つであるカトスの門に、複数の人影があった。
「あれは…?」
「客だな。
ただ普通の客とはちょいと違う、迷惑な客だ」
「え…?」
彼の台詞からなんとなくは察したけど…
まさか。
彼に引っぱられるようにして門へ向かった。
そこにいたモノはみんな目の焦点があっておらず、ふらついたり足を引きずったりしながら歩いていた。
今まで野生のものは見たことがなかったけど、間違いなく…
「ゾンビだ。
よりによってこんな朝っぱらから来るとは…」
龍神さんが弓を構えたので、私も弓を構えた。
すると向こうはこちらに気づいたようで、一斉に向かってきた。
「絶対に近づかせるなよ!」
「はい!」
私はスラッシャーの矢をつがえ、一体ずつ正確に頭を射抜いていった。
幸い距離は数十m離れているし、向こうは走ってこないので的確に仕留められる。
けれど、結構数が多い。このままでは折角作った矢をかなり使ってしまう。
そこで…
「弓法 [拡散氷矢]」
矢のかわりに複数の小さな刃に分裂する氷を放つ、術と連携させた技を撃った。
これで、一度に複数の敵を倒せた。
「へえ…?
っと!」
龍神さんはそんな私を見て感心しながらも、
「[コスモウェーブ]」
一本だけ放った矢から衝撃波を放ち、残る全てのゾンビを倒した。
…いや、まだ1体だけいる。
そいつは、仲間を失ってやけになったのか走ってきた。
これは私が、
「弓技 [三点射ち]」
3本の矢を一度に撃ち込む技で倒した。
全てが終わると、ゾンビたちの死体は一斉に溶けて消えた。
「これでよし、だ。
それにしても…」
「?」
「まだ吸血鬼狩りに入ってもないのに、奴らを鉄の鏃の矢と術で倒せるとはな。
やっぱり君は特別だぜ」
「そうですか?」
と、最後に倒したゾンビがいた場所に何か落ちているのに気がついた。
「あら?何でしょう」
拾ってみるとそれは、さびにまみれボロボロになった大きめの刃物だった。
「刃物…みたいですけど、これじゃ使えないですね」
「だな…
でも、こいつからは妙な魔力を感じる。磨いて修復できれば役に立つかもしれん」
「そうですね。
とりあえず持っていきましょう」
私も、これからは不思議な魔力を感じる。
武具工房で磨いてもらえば、使えそうだ。




