登山
ポームを旅立ち、北西へ向かうこと半日。
ミゴル山へ着いた私達は、まずその姿に驚いた。
冬だというのに、山肌に雪がまったく積もっていないのだ。
所々に生えてる木は枯れているので、寒いのは地上と変わらないんだろうけど、なんか変な感じだ。
「雪が全く積もってないな。どういう事だ?」
「おそらく、尚佗の力によるものだろう。
詳しくはわからないが、あいつが何かして、雪が積もらないようにしてるんだと思うぞ」
「そりゃ、またなんでだ?」
「さあてな。いずれにせよ、これは好都合だ。登りやすくて助かる」
龍神さんはそう言うけど、この山は岩山で、道と呼べるようなものは見当たらない。
しかも、空からはゴロゴロと雷の音が響いている。
飛ぶのはやめておいたほうがいいだろう。
…結局、ロッククライミングのように岩肌を登っていくしかなさそうだ。
登り始めて20分。
この山登りは、思った以上に大変だ。
寒さで指がかじかみ、上手く岩を掴めない。
しかもあちこち風化していて、掴んだり足を乗せたりすると崩れ落ちる所がある。
ここまでにも、何回かそれで落ちそうになった。
それに、私はこんな体験はほとんどしたことない。
一応、ニラルの山に登った時に少しだけ岩場を登ったけど、それもせいぜい10mくらいだった。
それが、今回は500m以上ある。
少しでも集中力が途切れたら、真っ逆さまだ。
落ちればまず命はないだろうし、仮に助かっても、またこの岩山を登らなければならない。
龍神さん達はわりとホイホイ登っていくけど、私にはあんな真似はできない。
私は高所恐怖症ではないけど、下を見ると何を思うかわからないので、手元と足元、そして上だけを見ながら登ってゆく。
「あっ!」
掴んだ部分が崩れ、バランスを崩し―
「おっと!」
間一髪、先に上に登っていた樹さんが水のロープを巻き付けて助けてくれた。
「あ…ありがとうございます…」
彼はそのまま私を引き上げ、広めの出っ張った岩の上に置いてくれた。
「危なかったな」
「少し、ここで休もう。アレイに無理をさせる訳にはいかないからな」
「そうだな…」
そして、私達は少しここで休んでいく事にした。
「君は、岩登り初めてか?」
「初めて、ではないですが…ほぼ未経験です」
「そうか…なら、なおさら無理はできないな。
水兵じゃ、落下とか落石に耐性はないだろうしな…」
「落石はわかりますが、落下への耐性っていうのは…?」
「落下の衝撃への耐性…ようは、高いところから落ちた時の衝撃への耐性さ。探求者は大体200mくらいまでなら耐えられるが、水兵はどうなんだろうな」
そういう意味か。
水兵は元々水中で暮らしていた種族なので、水のないところで落下する事を想定した進化はしていない。
せいぜい、耐えられて10m程度だろう。
「わかりませんが…たぶん10mくらいだと思います」
「そうか…それじゃ、やっぱりアテになんないな。
基本ではあるけど、落ちないように注意して登ってくれ」
「はい…」
そうして、岩登りを再開した。
日が暮れ出し、薄暗くなってきた。
寒さがきつく、手に力が入らない。
「はあ…はあ…」
疲れもあって、体が動かしにくい。
「寒いな…
なあ、龍神!そろそろストップしないか?」
「そうだな…だいぶ暗くなってきたし。
よし、今日はあそこの岩の上でキャンプしよう」
彼が指さしたのは、小屋か倉庫が立てられそうなほど広く、平たい岩だった。
「アレイ、いけるか?」
「はい…なんとか…!」
龍神さん達は既に岩まで登り切り、残りは私だけだ。
龍神さんの応援もあって、震える手で冷たい岩をつかみ、重い体を引き上げ、そしてどうにか登り切れた。
「よく頑張ったな」
気づけば、もうすっかり暗くなっており、雪が舞い始めていた。
「テントはもう立ててある。中でゆっくり休もう」
テントの中には、中央に焚き火があった。
私は迷わずそれにあたり、体を温めた。
「はあ…温かい…」
「ははっ、氷属性でも寒さは感じるんだな」
「そりゃそうだろ。アレイはエレメントじゃないんだぞ」
「あ、そっか」
二人は、賑やかに笑った。
なんだかこの火を見ていると、初めて龍神さんに会った時の事を思い出す。
あの時の私は、友達はいても、戦闘では弱い水兵だった。
でも、今はもう違う。
強い…とは言わないけど、それでもある程度は戦いの経験を積み、術や奥義も使いこなせるようになったのだ。
尚佗がどれほどの実力者かはわからない。
でも、きっと勝てる。
以前までの私なら、勝てる訳がないと諦めていただろう。
ここまで私が変われたのは、龍神さんはもちろん、私をここまで支えてくれた人達のおかげだ。
「そろそろ、なんか食おうぜ」
龍神さんはそう言って、干し肉を出した。
「おっ、いいもん持ってるな。なら、オレはこれだ」
樹さんは、キャベツを出した。
「どこに入れてたんだ、そんなもん」
「ちょっと…な。…てか、よく考えたらこれどうやって食おうか…」
「いや考えなしかよ」
ここで、私は口を開いた。
「いえ、大丈夫です」
「え?」
私はイートル(魚肉で作ったソーセージの一種)を取り出し、
「これだけあれば、ちゃんとした料理が作れます」
魔法で右手にフライパン、左手に菜箸を出した。
「確認しますが、この焚き火は料理に使えますよね?」
「ああ、もちろん…」
「なら大丈夫です」
平たく頑丈な氷を生成し、その上にイートルを置く。
そして、マチェットを包丁代わりにして輪切りにしていく。
「おぉ…なるほどな…!」
「お二人も食材をそこに置いてください」
「ああ…」
イートルを切った後は、魔法で出したごま油をフライパンに引き、火にかける。
そして、その間にキャベツを刻む。
「ずいぶん手際いいな」
「料理は得意ですから」
私は、料理店で15年働いてきた。
だから、料理は得意なのだ。
「陰の手を使います」
刻んだキャベツをフライパンに入れて炒めながら、干し肉を切る。
そしてそれが終わったら、肉、イートルの順でフライパンに入れ、炒めていく。
「器用なもんだな」
樹さんが、感心する龍神さんに笑いながら言った。
「いいなこの子。お前とは偉い違いじゃんか」
「…うるさい!料理は苦手なの、知ってるだろ!」
「だから、この子お前と相性いいんじゃないか、って言ってるんだよ。
この子弓使いだし、近接重視のお前と組めばなかなかいいコンビになれると思うぜ」
樹さん…
第三者にそう言ってもらえると、嬉しい。
「まあ、それはな…」
「いいなー、水兵と仲良しこよしできるなんて。
しかも、こんなにかわいくて小さい子と!いやー…お前ずるいよー」
「ばっ…馬鹿!俺はそんな気はねえ!」
「そうかい。でも、この子はなかなかイイ線いってると思うぜ?」
「はあ?」
「スタイルもいいし、性格も悪かねえ。何だったら、お前この子の店に通ってやれよ」
「なに言ってんだ!この子はあくまで…その…」
盛り上がる二人の姿に、私はどこか懐かしさを覚えた。
―かつて、私もこんな風に友人と楽しく盛り上がった事があった。
あの時は、本当に楽しいひと時だった。
でも、今は―
…いや、過ぎた事を蒸し返しても仕方ない。
思う所を静め、料理を仕上げる。
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