理由と役目
「ふう…これで終わりだな」
「ええ。御三方、本当にありがとうございます」
「いえいえ。私達はただ、生き残る為に戦っただけです」
樹さんの言葉には、どこか重々しさがあった。
龍神さんと何度も旅をしたことがあるなら、『生き残る』というのがどんな事か、よくわかっているだろう。
「生き残る…ですか」
アリス三世は、龍神さんの方を見た。
「ん?」
「あなたは確か…吸血鬼狩りの頂点と呼ばれていましたよね?」
「よくご存知で」
すると、アリス三世は感心したように言った。
「あなたは、本当にすごい方です」
「…申し訳ないが、どういう意味か教えてもらえないか?生憎、言葉の裏の意味は読めないんでね」
「あなたは殺人鬼。経緯はどうあれ、この世界で生き残っていくのは、とても大変な事でしょう…私達とも、彼ら二人とも違う意味で」
「それは…まあ、な。
俺は社会では生きられなかった。だから人を、異形を殺し、物を奪い、罪を犯し、生きている。
生きてくってのは、本当に大変だよ。でも、世に生まれたからには、精一杯最後まで生きなきゃな…って思ってる」
私は、彼の生き方に異常性を感じる。
でも、一方で理解できる部分もある。
実は、彼のように仕事をせず強盗殺人や殺人を行って生きるというのは、殺人者はもちろん、戦士や守人と言った種族でも決して珍しい事ではなく、人間や修道士などの種族においても稀にある事なのだ。
それには、社会の行き詰まりが関係している。
この世界にはたくさんの種族が、社会が存在する。
でも、その中で生きていける者だけではない。
そしてそのような者には、大抵残酷で辛い運命が待っている。
極端に野垂れ死ぬか、常人より遥かに苦しみながら生きるか、のどちらかだ。
そして後者を選んだ者は、文字通り茨の道を進む事になる。
体と心に鞭を打って働いたり、罪を犯したり…
彼らは、自分たちが道を外れた存在である事、自分たちの最期が惨めで悲惨なものになることを、よくわかっている。
それでも、彼らは生きる。
それは、なぜか。
その答えは、私にはわからない。
でも…
少なくとも、生きていなくていい存在というものはいないと思う。
「生きているだけで素晴らしい」とは、よく言ったものだ。
現に、私もこうして転生して、水兵として生きているのだから。
私は、まだまだ経験も知識も足りない。
だからこれ以上はわからないし、考えられない。
でも、龍神さんやアリス三世は、きっともっと深く考えられるのだろう。
城に戻る途中、私は龍神さんの過去を見ていた。
彼は、子供の時から周りとは何かが違っていた。
自身が何者であり、何のために生きているのか。
それを、幼い時からずっと考えていたのだ。
でも、その答えは出なかった。
彼は、苦しんだ。
人と上手く関われず、他者が出来る事ができず、周囲には変人扱いされ、社会に馴染めなかった。
でも、彼は生きた。
心に眠る葛藤と苦しみ、そして異常な衝動を抑えながら。
その果てに彼が見つけた、自身が生きる理由。
それは、この世の特異な歯車となる事だった。
人を殺すのは、人間社会ではタブーとされる。
でも、この世に必要ないかと言われると否だ。
平然と人を殺せる怪物も、この世には必要だ。
故に、猟奇殺人者と呼ばれる人間が存在する。
そして、そうなる運命を背負った者達がいる。
そして、人間の社会で生きられないのなら…
人々に受け入れられず、居場所がないなら…
自身に眠る衝動が、その運命にある証なら…
稼ぐ事ができず、他に生きる道がないなら…
彼は、そういった考えの果てに、異常者となる事を選んだ。
たとえ社会で罪とされる事であろうと、それが自身の生きる道ならば、それを全うする。
それが自身の定めなら、従うのみ。
彼は、そう考えたのだ。
私には、彼の考えが正しかったかはわからない。
でも、一人の人間として考えを巡らせ、辿り着いた考えなら、尊重すべきだとは思う。
殺人者とは、本当に恐れを抱き、人々の敵とすべき種族なのだろうか。
私は、もはやわからなくなってしまった。
みんなが立ち止まった時、私は現実に戻ってきた。
「はい、ただいま…っと」
「ふふ。では、こちらへ」
アリス三世は、私達に正式に護りを与えてくれるという。
…そうだ、私達には役目があるんだ。
今は、こんな事で思い悩んでいる場合ではないのだ。
玉座に腰掛け、アリス三世は喋る。
「3つのスカイストーンを、出しなさい」
スカイストーンを出すと、彼女は頷いて、目を閉じた。
「再生者の打倒に燃え、空への道標を集めた者よ。
汝らの功績と決意を讃え、この護りを授けます。
天空の帝国の主…霹靂の帝に挑み、そして戻ってくる汝らの姿を、私は心より望んでおります」
そして、3つのスカイストーンは白い光を放ちながら浮き上がり…
「おお…!」
スカイストーンが消え、代わりに出来上がったのは、不思議なデザインの腕輪。
それは、ちょうど3つあった。
「これぞ雷神の護り。これがあれば、かの帝国を包む雷の力にも打ち勝てましょう」
「てことは、これがあれば電撃が平気になるんだな!」
樹さんは何か勘違いしているようだ。
「いえ、これはあくまで、彼の居城に乗り込むためのアイテムです」
「そうです…残念ながら、尚佗の放つ雷から身を守る事はできません」
「そうか…残念だな」
すると、龍神さんが口を挟んだ。
「樹、無茶言うな。あいつの電撃は、そこらの電術士のそれとは根本的に格が違うんだからな」
「そうですよ樹さん」
私がそう言うと、彼ははっと驚いた顔をした。
「てか、結局あいつの居場所がわからんな」
そう言えばそうだ。
「大丈夫です。彼は、オズバの山上空で封じられた。
そして、今はミゴル山の山頂上空にいるはずです」
「なんでわかる?」
「彼の復活後、あのあたりにだけ常に雷雲がかかっていると聞きます。それに、ワーグルもそう言い残していたでしょう?」
「…あ、そう言えば」
「ミゴル山へは、この町を出て北西に行くとよいでしょう。
登るのは、きっと辛い道のりになるでしょう。
しかし大丈夫。それはかつて、生の始祖達も登った道。
あなた達に登りきれぬはずがありません」
樹さんは、嬉しそうに笑った。
「言ってくれるな。よーし、登りきってやるぜ!」
「ふっ、お調子者が。…っしゃ、そうとわかればすぐに向かおう!」
そして、私達はミゴル山の山頂…
もとい、尚佗の元へと向かう。
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