樹
「アリス三世伯爵婦人、お目汚しをお許し下さい。
私が、本物の彼の友人です。探求者の楼海樹と申します」
彼はちゃんと挨拶をし、礼をした。
自然な事ではあるけど…龍神さんの雑な挨拶を見た後だから、すごく礼儀正しく感じる。
「左様ですか。こちらこそ、曲者を排除して下さり、ありがとうございます。
あなたのお名前は耳にしておりますよ、楼海樹さん」
アリス三世は、彼の事も知っているらしい。
彼は立ち上がり、振り向いた。
「しっかし…久しぶりだな」
「だな。てか、水兵なんてどこで捕まえた?」
そう言って、彼は私をチラ見してきた。
「私は彼に捕まったんじゃありません、自分の意思で彼と旅をしてるんです!」
私は、ちょっと怒って言った。
「あ、そうなのか?じゃ、あの噂は嘘だったのか」
「噂?」
「とある男の殺人鬼が、水兵を連れて大陸を旅してるって噂さ。そんで、その男は水兵を捕まえて無理やり同行させてるらしい…って聞いたよ」
「それは半分正解で半分嘘だな。その殺人鬼ってのは間違いなく俺の事だが、アレイの事は無理やり連れ回してる訳じゃないぜ」
「そうですよ、私は望んで彼と旅をしてるんですから」
「そうかい。…しっかし、可愛いな。やっぱり、水兵は可愛い子が多いんだな」
会って早々このセリフ。
本物の樹さんも、女好きらしい。
「あら、私に魅力を感じてくれるんですか?」
「ああ。若くて可愛い娘はみんな大好きだぜ」
そんな話をしていると、アリス三世が苦言を呈した。
「雑談は場所を弁えてして下さい…」
「あっ…ごめんなさい」
「とにかく、樹さんも含めて、あなた達には暫しこの城にいて頂きます。
時が来たらお呼びしますので、それまでは…」
ここで、龍神さんが彼女の言葉を遮った。
「それで気になったんだが、結局俺達はなんでここで引き止められるんだ?」
「いて下さった方が助かるからです」
彼は首をかしげたけど、それ以上深くは聞かなかった。
部屋に戻り、椅子に座って改めて話を聞いた。
「水兵、お好きなんですか?」
「もちろんだ。オレは昔から海が好きでな、海辺の町にはよく行くんだ。もちろん、水兵の町だって何回も行ったことあるぜ。
てか君…よく見たらレークの水兵だな。前行った時は見なかったけど、もしかして新入りか?」
よくわかるものだ。
「どちらかと言えば新入り…でしょうか。20年前に人間から転生したので」
「は、20年前…か。そりゃ、見たこと無いわけだ。オレが行ったのは確か25年前…復活の儀の年だったからな」
「復活の儀の年…となると、色々大変だったのでは?」
「まあ…な。海も酷い事になってたっけな」
「え、海?」
私は、喋りながら彼の過去を覗いてみた。
「ああ、別の大陸に行く時は海を渡るもんだろ?」
「いや、そうじゃなくて…」
この人から感じていた親近感の正体が、薄々わかったような気がした。
「ん?」
「樹さん、ひょっとして海人の血を引いてるんじゃないですか?」
過去を見てみたら、この人は船などを使わず、普通に身体一つで泳いで大陸間を移動していた。
それに、この人からは潮の香りを感じる。
だから、海人と探求者の混血ではないかと思ったのだ。
「いや、オレは純粋の探求者だよ。…ま、ある意味では龍神と同じようなもんだけどな」
「え…?」
これには、龍神さんが答えてくれた。
「俺と樹は同級生でな、元々は人間界の同じ地方に住む人間だったんだ。で、ほぼ同じタイミングでノワールに来たんだが、互いに別々の種族に昇華したって訳さ」
「あ、そういうことですか…。
とすれば、なぜ海を泳いで渡れるんです?」
「オレは[水操]の異能を持ってるからな、海中では海人とさして変わらない事が出来るのさ」
なるほど、そういうことか。
「それで、海をあちこち旅していると…?」
「まあ…そんな所だ。ただ、今の時期は潜らない事にしてる。寒いし、海が荒れやすいからな」
そこは真正の海人とは違うようだ。
私達は真冬の海にも入れるし、荒波の日でも泳げる。
まあ、探求者と比べても仕方ないけど。
「いいよな…水兵って、冷たい海も荒れ狂う波も平気なんだよな」
「ま、まあ…」
半分正解、といった所だ。
私達は冷水は平気だけど、荒れた海を泳げるか、と言われると微妙な所だから。
「水兵は、自身の力を与えた相手に自身と同じ能力を付与できるぜ。何なら、アレイと海に入ればいい」
龍神さんが言った。
「え、そうなのか?」
「そうですよ…」
ここで私は立ち上がり、片手を胸に当て、もう片方の手を腰に当てて、微かに微笑みながら言う。
「私達は、気に入った陸人には力をあげて、海に誘うんです。樹さんなら、喜んで誘いますよ」
「…お、そうなのか?」
「ええ。そもそも私達は、陸人と関わるために陸に上がったんですから」
ここで、さらにささやくように言う。
「そうそう、私達は、海が好きな方は大好きですよ。
海に来てくれたら、色々とお見せします。そして、場合によってはそのまま…」
それ以上は言わなかった。
彼なら、察してくれるだろうから。
「…なるほど。そりゃ光栄な事だな」
彼も満更でもないような表情をしたので、折角だし落とせるか試してみようかと思った矢先…
「陸人、って何だ?」
龍神さんが空気を壊してきた。
「いや、字面から察しろよ…」
樹さんがため息交じりに言った。
「陸人っていうのは、私達から見た陸の人の総称です。皆さんも、私達の事を海人と呼ぶでしょう?」
「…あ、そういう事か」
改めて、樹さんの方を向く。
「レークの東には、世界一深い海溝もあるんです。
行ってみたいですか?」
「もちろんだ…オレはいつか、世界一深い海に行くのが夢の一つだったからな」
やはり彼こそが、以前龍神さんが言っていた探求者のようだ。
「なら、お連れします。この旅の途中にでも、行きましょう」
「本当か…!ありがとうな。…あっ、そうだ。町以外で水兵に会えたら、試してみたい事があったんだ」
彼はそう言って咳払いし、こう言った。
「¿Es cierto que hablas español?」
私はとても驚いた。
今彼が話したのは、水兵の本来の公用語だったから。
この世界では一般的に「メテラル語」という言語が使われているけど、異人には種族ごとに伝統的に話されてきた言語がある。
そして、私達にも「スペイン語」という昔から使われてきた言葉があるのだ。
「え?なんだって?」
龍神さんはわからないようだ。
まあ当たり前か。
彼は今、「スペイン語を喋るって本当か?」と聞いてきた。
だから、私は笑って答えた。
「Sí,Es cierto.Lo sabes muy bien.
(ええ、本当ですよ。よく知っていますね)」
楼海樹
ノワール各地を回る、宝と海とロマンが好きな科学者にして考古学者で、種族は探求者。
棍を扱い、[水操]の異能を持つ。
異人としての種族のランクは低いが、多くの実績があるため界隈での知名度及び社会的信用は高く、かなりの財を成している。
龍神とは同級生にして古い友人のような関係であり、これまで何度か二人で冒険した事がある。
人間だった時の名前は「三海樹」。
世界観・言語
ノワールには多くの種族が存在し、それらの種族の間で使われている独自の言語も当然数多くある。
それらは人間界の言語をそのまま使っているものが多く、この世界が人間界の要素を取り入れて作られた世界である事を暗に示している。
特定の種族の間で使用されている言語には、英語(守人、戦士)、ドイツ語(騎士、アンデッド)、スペイン語(水兵及び一部の海人)、ロシア語(一部の水兵及び魔人)などがある。
全種族共通の言語として、公の場での会話や記録に使用されている「メテラル語」は、生の始祖によって生み出された完全なオリジナル言語。
人間は日本語とメテラル語を話す者が混在しており、殺人者は日本語とメテラル語が多めだが、安定しない。
人間界から転移してきた者に関しては、種族問わず元の国の言語をメインとする場合がほとんど。
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