メドルアへ
フルスでは、変な噂が立っていた。
フルスはメドルアという町と親交があるらしいのだけど、そのメドルアで最近おかしな事があったのだそう。
なんでも、一人の所属不明の魔女がいつの間にか城に忍び込んでいて、しかもその魔女は、自身をこの国の皇魔女だと言い張っていたという。
その魔女を見たことがある人は城どころか国中のどこにもおらず、外部からの不法侵入者とみなされ、国から追い出されたという。
珍しい事件があったものだ。
第一、あの国の皇魔女は…
あれ?誰だったっけ。
ひとまず、イクアルさんに赤のスカイストーンを取り戻した事を報告した。
すると、イクアルさんはとても喜び、また、こう言った。
「メドルアへ行きなさい。最後のスカイストーンは、あそこにあるはずです」
ちょっと待って…
ひょっとして、私達の運命はそっちに向かっていくのか。
魔導王国メドルアに。
ちなみに、朔矢さんはいつの間にか姿を消していた。
何も言わずにいなくなるなんて、と思ったけど、龍神さんはさして気にしてないようだった。
手配してもらった馬車で一日進むと、メドルアに到着した。
マトルアの姉妹都市というだけあり、立派な城壁に囲まれている。
門を通ると、黄色いローブを着た男女の賢者が出迎えてくれた。
どうやら、彼らはこの国の警備隊らしい。
しかし…
こんなことを言うのも何だけど、女性の賢者は珍しい。
術士は魔法使い、祈祷師、修道士のいずれかになれるけど、そのどれにもならずに昇格すると賢者になる。
そして、賢者の上には大賢者という種族がある。
でも、大抵の術士は魔法使いや修道士になり、賢者になる人はあまりいない。
しかもそれも男性が多く、女性は数少ない。
それは彼女自身も弁えているようで、「私は女の賢者だけど、ただそれだけ。もっと女性賢者が増えてほしい」なんて言っていた。
まあ、そこはあまり細かく突っ込むつもりはない。
町中を、立派な鎧を着込んだ一団が歩いていた。
その鎧や盾に刻まれた青い独特な紋章には、見覚えがあった。
あれは、ノグレの騎士団…正確に言えば、レザイ王立騎士団の紋章だ。
でも、そのリーダーは輾羽さんではなかった。
地面につきそうなほど長い金髪のポニーテールで、弓と槍を背負った女性の騎士だった。
「あれ、ボスは輾羽じゃないんだな。レザイの一団に見えるんだが」
「ええ、私にもそう見えますが…」
考えるより確認したほうが早い。
私は部隊に近づき、声をかけた。
「すみませーん、レザイ騎士団の方々ですよね?」
すると、リーダーの女性が答えてきた。
「ああ、私達はレザイ騎士団だ。どうした?」
「いえ、レザイ騎士団の紋章があるのに、リーダーが輾羽さんでないように見えたので…」
「そうか…
彼は、我が騎士団の総団長。そして、この部隊は私の部隊だ」
「どういう事ですか?」
すると、女性は名乗った。
「申し遅れたな…私は魔騎士エーリング。レザイ王立騎士団の元帥だ。
普段は総団長の直属の部下として活動している」
元帥ということは、副総団長のようなものか。
しかも、種族が魔騎士って…
魔騎士は霊騎士の一つ下の種族で、聖騎士の上位種族。
霊力は扱えないけど、魔王や司祭に匹敵する程の魔力と、霊騎士に準ずる階級に相応しい力を持つ。
霊騎士と違って記憶や能力を留めたまま生まれ変わり続ける事はできないけど、騎士系種族の中ではかなり位の高い種族で、あと数百年から数万年の修行を積めば霊騎士になれる、「あと一歩」の種族だ。
「そうでしたか。私はアレイと申します」
「アレイ…という事は、例の二人組の片割れか。
もう一人の…殺人鬼の男はどこにいる?」
「彼なら、あちらに」
龍神さんは、彼女と目が合うと気まずそうな顔をした。
「そんな所で突っ立っていないで、こっちへ来い」
「…」
「心配するな、お前を捕まえたりなどしない」
「…本当だろうな?」
「当然だ。団長から言いつかっているからな」
輾羽さんの命には忠実に従うのか。
当たり前ではあるけど、見事なものだ。
「ならよかったよ」
そして、彼は走ってきた。
「エーリング、だったな。あんたのお話は聞いてるよ」
「私もお前の話は聞いている。最近はほとんど殺しをしていないそうだな」
「ああ…アレイと一緒にいるし、何よりサリスに釘を刺されてるからな」
「そうか…ならば大丈夫そうだな。
彼女はお前を信じていないようだった。
だが、忠告をしっかり守っているなら問題ない」
「…そもそも俺は、好き勝手に殺すタイプじゃないんでね」
「そうだとしても、殺人鬼を野放しにはできんからな…ひとまずはお前を信じよう。
アレイ…だったな。君の事は、私達一同心から心配している。どうか、無事に旅を終えてくれ」
「はい。
…ところで、なぜ皆さんはメドルアに?」
「最近、皇魔女を騙って城や町に居座る不届き者が出たと聞いたのでな。詳しく聞き込みをしている所だ」
「あっ、なるほど…」
「それにしても、妄想の激しい奴がいたものだな。この国に皇魔女はいない」
その通りだ。
この国に皇魔女がいるという話は聞いたことがない。
「そうですよね…」
「該当の魔女はすでに追放されたそうだが、まだ近くにいるかもしれん。見つけ次第、捕まえて話を聞くつもりだ。
では、そろそろ行かせてもらう」
そして、エーリングさん達は歩き出した。
「ありがとうございました」
さて、本題たるスカイストーンはどこにあるのか。
町中で聞き込んでみたら、城にあるとの情報を得られた。
それで城へ来たはいいけど、中には入れなかった。
まあ、当たり前か。
どうにか城に入れないか、と城の周りを回ってみたけど、そう都合よくは行かなかった。
どうしたものか…
意味もなく城壁の外を歩いていたら、気になるものを見つけた。
城壁により掛かるようにして座り込む、一人の女性。
それは、どこか悲しげな雰囲気をまとっていた。
「龍神さん、あの人…」
「なんか、不思議な感じだな」
近づいて声をかけると、女性は顔を上げた。
その顔、そして帽子と服はひどく汚れていた。
「お前らは…」
「あ、こんにちは。私達、旅をしてるんです。
野暮な事をお聞きしますが、どうしてこんな所にいるんですか?」
「国を追い出されたのさ…みんなして、私を知らない振りしてな」
そして、彼女はわめき出した。
「…私はこの国の皇魔女だぞ!?なんなんだ、みんなして!
どいつもこいつも私を知らない、誰だお前は、って言うんだ!
今まで300年以上この国を治めてきた私を、知らないってのか!
一体何なんだ…私が何かしたのか!?」
よくわからないけど、この人、すごく悲しそうだ。
そして、彼女は唐突にこんな事を言った。
「そうだ…お前らにも前に会ったよな!
どうだ、私を知ってるか?…なあ!」
そんな事言われても…って感じだ。
私は、この人に会った覚えは全くない。
「いや…」
「申し訳ないですが、存じ上げません…」
「…!」
魔女は、口をあんぐりと開けた。
「嘘…だろ……」
魔女はポロポロと涙をこぼし、またわめき出した。
「あーーー!!
もう…死にたい!こんなの嫌だ!
なんで…誰も私を知らないんだ!
なんでだ…なんでこんな目に合わなきゃないんだ!
誰でもいい…このスレフ・ジニマスの事を知ってる奴はいないのか!」
彼女は顔を押さえ、大声をあげて泣き出してしまった。
事情はよくわからないけど、さすがに黙って見てられない。
やむを得ず、彼女の過去を覗いた。