覚醒
「グラス!」
ニリが悲鳴をあげる。
グラスは、頭頂部から顎のあたりまできれいに割れ、黒い血を垂れ流す。
「だ、大丈夫だ…この程度…」
「変なやせ我慢しなくていいのよ?」
私がそう言うと、グラスは怒った。
「貴様、俺をなめるな…!この程度の傷、何ともないわ!」
「あらそう。なら…」
マチェットを取り出し、目の前で構える。
「これならどう?」
魔力を刀身に込め、全身全霊を込めてグラスの割れた頭に振り下ろした。
「[サバイバーパワー]!」
「なっ…!な、なぜ…それを…」
グラスは驚き、かすかな声を上げながら倒れた。
「なんでって…あんた、自分で言ってたじゃない。
私に吸血鬼狩りの力があるって」
「だ…だが…お前は…まだ…」
まどろっこしいので、もう終わりにする。
「もういい。…ありがとね。あんたのおかげで、私、自分の中に眠る力に気づけたわ」
そして、私はもう一度マチェットを振り下ろす。
「グラス!!」
ニリが、甲高い悲鳴をあげた。
「どうやらアレイの勝ちみたいだな。
さあ、石を渡してもらおうか」
ニリは、もはや龍神さんの言葉など聞いていなかった。
目を三角にし、瞳を光らせ、牙を剥いて、彼に飛びかかった。
「おっとぉ…?」
龍神さんは、怒りに目を滾らせるニリの剣を受け止めながら、とぼけた顔をした。
「っ…!
許さない!そこの水兵も、あんた達も!!」
「なんであたし達を恨むのよ?あたし達は何もしてないじゃない」
「うるさい!とにかく、あんた達は私が殺す!
グラスのかわりに、私がやってやる!!」
ニリはかなり怒っているようだ。
まあ、でもこれは正直予想通り。
というか、実はむしろ怒ってくれた方が都合がよかったりする。
怒りに身を支配された相手は理性を失い、攻撃偏重になる。
攻撃面では劇的に強くなるけど、他の面は決してそんな事はなく、むしろ弱くなる面の方が多いのだ。
とは言え、ニリはグラスと同じくアビス階級の負の吸血鬼。剣の腕も相当なものだろう。
そこで、リスクを減らすために一つ、技を使う。
「弓技 [ソードブレイク]」
ニリの剣をピンポイントで射って砕き、無力化する。
するとニリはすぐに牙を剥き、私に飛びかかってきた。
これも予想済みだ。
素早くマチェットを構え、カウンターを見舞う。
「ぐぁっ…!」
ニリの口から後頭部を貫通させ、そのまま斬り上げて頭を真っ二つにする。
吸血鬼は、基本的にはゾンビと同じく、噛みつきしかできない。
飛び回るのがゾンビとの違いだけど、翼を傷つければ飛べなくなるし、武器を持ってる個体は、武器を吹き飛ばすなり砕くなりしてしまえばいい。
お手軽なのは武器を吹き飛ばすこと。
それには術か、鞭や短剣の技がある。
でもニリ…というよりアビスの吸血鬼は術への耐性が高い事が多いので、素直に武器を砕く技を使ったのだ。
「う…うううぅぅ…!!」
ニリは不気味な唸り声をあげた。
なんと、割れた頭が元に戻っていく。
それも、ニリだけでなくグラスも。
「な…!」
私は驚いたけど、龍神さんたちはさして驚いてもなかった。
「さすがの再生力だな」
「ま、そりゃそうでしょうね」
二人は単に見た目が元に戻っただけでなく、ここまでに与えたダメージも癒えているようだった。
アビスの吸血鬼ともなると、再生力もディープ以下の吸血鬼とは桁違いなのか。
「わかってたんなら、驚く必要はないでしょ?」
「その通りだ。お前ら、本当に吸血鬼狩りか?」
「別に驚いちゃない。アレイは知らんがな」
「あんた達はともかく、この子はずいぶん若いわね。
吸血鬼狩りって、そんなに人手が足りないの?」
「ああそうさ…お前ら、死にぞこないの連中のお陰でな」
ふん、とグラスは鼻で笑った。
「この娘を選ぶとは…見る目は本物のようだな。
だが、お前らは一つヘマをした。この娘を、もっと強くしてからここに来るべきだった」
「あらそう?この子、十分強いと思うんだけど」
「いいや、この娘はまだまだ弱い。…いや、正確にはまだ本当の力を目覚めさせていない。俺には、本来の力の2割も出せていないように感じられる。
だからこそ好機だ。必ず、こいつをここで潰す」
グラスは棍を横に構え、技を唱えた。
「棍技 [円輪払い]」
自ら回転して、打ち払ってきた。
龍神さん達はジャンプしてこれを回避する。
私はというと…わざと攻撃を食らい、一瞬のうちにカウンターを決めた。
「[返り射ち]!」
相手の攻撃の威力が高いほど、高い威力になる矢を放つカウンター技。
矢はグラスの右肩に当たった。
でもこの程度で奴が怯むはずもなく、すぐにまた技を撃ってきた。
「[斬裂円舞]」
この技、知ってる。
刃のない棍でも、相手を斬り裂く事ができる技だ。
「[アイスブロック]」
氷の壁を作り出し、攻撃を阻む。
そして反撃しようとした時、突如私の手が光りだした。
「ぐぉっ…!」
「な、なにこの光…!」
手が…いや、正確には手にはめている陰の手が、眩い光を放つ。
「な、なに…!?」
その光が消えた時、私ははっと閃いた。
たった今、この篭手の使い方がわかった。
この篭手の役目は、防御ではない。
むしろ、攻撃なのだ。
「…」
「なんだ?」
首をかしげるグラスに、今見せてやるわ、と言わんばかりに叫ぶ。
「陰の手よ、ここに我が第二の腕となれ!」
陰の手は自然に私の手から外れ、それそのものが氷の手となる。
そして、私の第三、第四の手になった。