火の術極意
サリスとイゼル、イクアル、朔矢、アレイが国を立て直している間、俺はジヌドに戻ってザーロンに色々と報告した。
朔矢達がすぐに襲ってくる可能性はない事を話すと、やつは安心したようだった。
その後はフルスに戻り、イクアル達の手伝いをした。
イクアル達は国民達に事情を話し、イゼルが殺した者達は全てイゼル自身の手で蘇生させられた。
そしてイゼルは、自分こそが偽の皇魔女の正体であること、身勝手な理由で再生者の下僕になろうとしていたことなど全てを人々の前で話し、どんな恨み言でも私刑でも甘んじて受け入れると言った。
しかし、人々は誰一人イゼルに危害を加えなかった。
もちろん、偽の皇魔女を演じた事に怒る者は多くいたが、再生者尚佗の名が出たことで、真に恨むべきは尚佗であると考える者がほとんどだった。
イゼルは感謝の言葉と共に涙を流した。
その日の夜は派手なパーティーが催された。
花火まで打ち上げられて、正直なかなか楽しかった。
そしてパーティーが終わると、サリスは人々に感謝しつつ、弟子と共に消えていった。
そんなこんなで、ようやく本物のイクアルが玉座に戻る事ができた。
「またここに戻れるとは思いませんでした。心よりお礼を申し上げます」
「いえいえ、こちらこそ」
「何はともあれ、よかったな」
「ええ。…ところで、あなた達は私に何か用があって我が国へ来たと聞きましたが」
「…あっ、そうだった」
ロザミからの手紙を渡す。
イクアルは、時折頷きながらそれを読み、読み終えるとすぐ、
「事情はわかりました。私の扱う術極意、すぐにお教えしましょう」
と言ってくれた。
「ずいぶん素直ね」
朔矢が変だな?というように言った。
「当然です。あなた達は私の恩人ですもの。
それで、私の扱う術極意ですが…」
「はい」
「あなた達が楓姫を倒して下さった事により、私も力を取り戻し、術極意を再び使えるようになりました。
簡単に言えば、力尽きても蘇る術です」
「蘇る…?」
「そうです…いかに傷つき、倒れようとも、たちまち全快して蘇る術。
そして、それはこういうものです!」
イクアルは全身から赤い魔力を滾らせ、両手を広げた。
「炎法 [途炎・アタナシア]」
魔力が柱のように真っ直ぐ伸び上がり、そして消えた。
演出としては割と地味だが、効果はどうなのだろう。
「今のが…術極意ですか?」
「はい。一見地味ですが、効果は確かです。
一度使えば、命が一つ増えるも同然。
当然ながら、重ねればそれだけ効果が増加します」
要するに、ゾンビ戦法が取れる訳か。
言うまでもなく強力な術であり、危険な冒険をする者には必須といっていい術だ。
俺としても、保険として使っておいて損はない。
「あなた方なら、すぐに習得できるかと思います。やってみて下さい」
言われるがままに両の手を広げて魔力を滾らせると、やはり赤い光が体を包んだ。
そして、自然に術を詠唱していた。
なんとも言えない不思議な感触が走った。
アレイにどうかと聞かれたが、「別になんとも…」としか言えなかった。
「お見事です。では、次はアレイさんが試して見て下さい」
「はい」
そして、アレイも見事一発で術を扱ってみせた。
「完璧です。これで、あなた方の旅のリスクは大きく減少するでしょう。ただし、この術はかなり消耗しますので、乱用は禁物です」
「そんなやたらめったらには使わないさ。
それに、そもそも死ななきゃいい話だしな」
「あなたはともかく、アレイさんには必要なものかと」
そう言われればそうだ。
何が何でもアレイを守るつもりだが、力及ばず…って場面が出てくる可能性も無いとは言えない。
そういう時に、アレイに生き延びてもらうにはこの術が必要だ。
「私は死ぬつもりはありませんが…ありがとうございます。
あ、それと…ご存知ないかもしれませんが、この町に盗品でも買う道具屋があるという話を耳にしました。心当たりありませんか?」
イクアルは少し考えた末、
「一つ、怪しい所があります」
と言った。
「それはどこですか?」
「町の北西にある道具屋です。あそこの店主が、以前不審な動きを見せていましたから」
「と言うと?」
「あの店は、この町では老舗の店なのですが、最近は資金繰りが上手く行っていなかったらしく、我が城に金を貸してくれと願い出てきたことがあったのです。
私はそれを断ったのですが…その後、何やら急に金回りがよくなり、今に至るまで繁盛している、ということなのです」
「それは怪しいわね…」
なんだ、朔矢まだいたのか。
…てか、よく考えれば当たり前か。
「行ってみましょうか。モノの行方がわかるかもしれません」
「だな」
「あ、あの、モノ、とは?」
「そっか、あんたは知らないか。
赤のスカイストーン…再生者尚佗の根城に乗り込む為に必要なアイテムのうちの一つさ」
すると、イクアルはとても驚いたようだった。
「まあ…あれが盗まれたと!?
それは大変!すぐに取り戻さねば!」
あれの価値がわかってるようでよかった。
「知ってるなら話は早い。すぐにその道具屋に案内してくれ」
件の道具屋に行くと、店主はすぐにかしこまって情報を吐いた。
「あ、あの石ですね?はい。貴重なものであることは知っていました。
もし陛下が来てくだされば、すぐにお出しする用意ができていました。しかし…」
「しかし?」
イクアルの怒った声を聞いて、道具屋は震え上がった。
「き、吸血鬼に奪われてしまったのです。
以前、うちに吸血鬼が入ってきて、それを渡せば命を助けてやる、と言われましたもので、つい渡してしまったんです。
あ、そ、そうだ。あの吸血鬼から伝言を預かっております。『瑠璃色の瞳をした金髪の弓使いの水兵を、ヤーロの古城に連れてこい』だそうです」
場の全員が凍りついた。
瞳が瑠璃色で、金髪の弓使いの水兵…間違いなく、アレイの事だ。
「…その吸血鬼は、他に何か言っていましたか?」
「いえ、何も…」
「…」
アレイは、一人思考を巡らせているようだった。
「ヤーロの古城…間違いなく、そう言っていたのですね?」
「はい…ですから、私は何も悪い事はしていません。
ですから、陛下。どうか…」
「ふむ…」
イクアルは考えているような素振りを見せた後、
「その吸血鬼、並びに今あなたが言ったような事実が確かに存在したのなら、この度のあなたの罪は問わない事にしましょう」
と言った。
「あ、ありがとうございます…」
「ただし、これまでのあなたの行いを見過ごす訳にはいきません。
調査と事実確認をした上で、処罰を決定します」
「そんな!陛下、私はまだ…」
「あなたや家族の命を奪ったりはしないから、安心なさい。檻にはしばらく入ってもらいますが」
「な、なんだ…その程度なら、喜んで受け入れます」
国民達にも、前のイクアルは偽物で、今のイクアルが本物だという話は伝わっているはずだが…まだ信じられない奴もいるのだろうか。
ここで、朔矢が喋り出した。
「ねえ、あんた。その吸血鬼って、どんなやつだった?」
「は、はい、長身で黒髪黒目の、男の吸血鬼でした。
蝙蝠のような翼があって、それで吸血鬼だと…」
「…なるほどね」
朔矢と俺は、顔を見合わせた。
「決まりだな。ヤーロの古城に行こう」




