師と弟子
イゼルは杖の先端を赤く光らせる。
「[フレイマー]!」
燃え盛る炎を打ち出してきた。
いきなり火の上級魔法を使ってくるあたり、本気で殺しにかかってきてるのがわかる。
対するサリスはというと、まあ当然かとは思うが水の上級魔法[フォール]を使い、水の柱で火をかき消した。
「サリスさん…!」
「サリス司祭…!」
己の身を案ずるアレイとイクアルに、サリスは笑顔で返した。
「大丈夫ですよ。私は弟子に負けるようなヤワな司祭ではありません」
それを聞いたイゼルは、喚き散らした。
「あぁ…!またそうやって私を見下して!」
「見下す?そんなつもりはないのだけど」
「…自覚してないあたり、流石ね!いっつも私をこき使って、偉ぶって…ちょっと立場が上で、経験があるからって、態度でかすぎなのよ!」
「私は大きい態度など取っていない。お前に高位の司祭となる資格があるか、試していたに過ぎない」
「はあ…?あんた、それっぽい事言えば許されると思ってるんじゃないでしょうね!
私はあんたの一番弟子だった。心の底からあんたを尊敬してたし、あんたのことが好きだった。だから、どんなに理不尽な事を言われても耐えてきた。なのにあんたは、私にだけ苦しい思いをさせ続けた。しかも、最初に弟子になり、一番力があったこの私を差し置いてトーラを先に昇格させた上、私にくれるはずだったオームの魔導書もあいつに与えた。
…あんたは、私の事なんてどうでもよかったんでしょう!私は、あんたの部下になって、城で働くのが夢だったのに!なのに…なのに裏切られた…!
私は…あんただけは許したくない!!」
どうやら、こいつはサリスの有能な弟子であったが、他の弟子に嫉妬し、やがて嫉妬と憎しみに囚われてしまったようだ。
「イゼル…」
サリスはため息をつき、そしてきっぱりと言った。
「そのように捉えていたのなら、やはりお前に私の後を継ぐ資格はない!」
「な、なんですって…!」
イゼルの魔弾を弾き、サリスは続けた。
「私は、特定の弟子を贔屓していた訳じゃない。
お前には、確かに司祭としての優れた力があった。しかし、お前には司祭の心がない。故に昇格を見送り、オームの魔導書もまた与えなかった」
「司祭の心…?」
「そう。全ての人に敬意を払い、礼節と純潔、生命を何よりも重んじ、欲を捨てる。それがセスト…司祭としてあるべき心。
お前にはそれがなかった。でも、私は…」
イゼルは、それ以上聞こうとはしなかった。
「もういい!」
「イゼル、聞きなさい」
「黙れ!…さっき言ってたわね。私はもう、あんたの弟子じゃないって。
なら、本気で殺しにかかってもいいわよね?」
イゼルのまわりに、電気を帯びたドクロが複数現れた。
「あんたさえそう言ってくれれば、私も安心よ。
新たな主のために、遠慮なく任務に掛かれる!」
そう言って、ドクロを一斉に飛ばしてきた。
サリスが杖を構えて呪文を唱え、大量の白い球体を召喚してドクロを受け止め、かき消す。
「イゼル…ここまでお前が堕ちているとは思わなかった。皇魔女に化けて好き勝手やった上、再生者と契約を交わすとは…。
もはや、今のお前は私にもどうしようもない。
ならば、せめて誠の死を持って皆に謝罪を!」
ここで、サリスはこちらを見る。
「申し訳ありませんが、協力していただけないでしょうか。
イゼルは再生者尚佗の力を得ている。しかも、リッチとなって。
あれでは、さしもの私でも撃破に時間がかかります。
どうか、お力添えを!」
「わかりました!」
「喜んで!」
奴は、俺たちを不機嫌そうな顔で見てきた。
「龍神、朔矢…」
「何よ?感じ悪いわね」
「な、なんだ、俺たちだけ呼び捨てか?」
「殺人鬼相手に礼儀など不要です。…しかし、今はあなた達も貴重な戦力。どうか私に協力をお願いします。
否、協力しなさい」
「命令する気か?」
すると奴は小さく舌打ちをして、
「大人しく従いなさい。イゼルの代わりに、あなた達を殺してもいいのですよ」
と凄んできた。
「…ちっ、わかったよ」
「素直でよいですこと。…さて」
サリスは再びイゼルの方を見た。
「お前がそうなってしまったのは私の責任でもある。
ならば、私が終わらせる他はない。…」
そして、サリスは杖を掲げ、その先に巨大な魔力球を作り出した。
「皆さん…協力をお願いします!」
俺達は手を伸ばし、球体に魔力を流し込む。
イゼルは、そうはさせるかとばかりに魔法を撃ち込んできた。
「[アヴィース]!」
ブラックホールに似た闇の空間を生み出して敵を引き込む、闇の超上級魔法。
それに対するは…
「太陽奥義 [夜明けの光]!」
アレイの太陽奥義。
渦巻く闇は、強烈な光に照らされて消えた。
「[テムペスト]!」
次は風の超上級魔法を出してきた。
これには、再びアレイが氷の術を使って対処した。
「氷法 [フロスト・バイト]!」
荒れ狂う暴風が吹き出す前に、複数の氷塊が風を食い止めた。
さて、そうこうしてるうちにサリスの魔力球の準備が整った。
「皆さん、ありがとうございます!」
サリスはそう言って、球を投げ落とした。
イゼルは球に飲み込まれ、球が消滅した時…
ダメージを負いながらも、そこに立っていた。
「イゼル…!」
「わ、私はこの位では倒れないわよ…
何せ、今の私には再生者の加護がついてるんだから!」
そう笑い飛ばすように言い、イゼルはサリスを睨む。
「私を軽んじた事を後悔しなさい!あんたのせいで、ここにいるみんなが死ぬのよ!」
「そうはさせない!」
再び兵士のローパー達を召喚し、それらはサリスに襲い掛かる。
…かに思えたのだが、なんとアレイに向かっていった。
アレイはとっさに兵士達を凍りつかせ、粉砕して攻撃を阻止した。
「な、なんで私を…?」
「あら、気づいてないの?」
イゼルは、不気味な笑みを浮かべた。
「私が与えられた、本当の使命。
この国を乗っ取った、本当の理由。
それはね、あんたをおびき寄せるためよ」
「私を…!?」
「そう。再生者尚佗は、あんたの身柄を欲しがっている。故に彼は、私にあんたを連れてこいと命じたの。
さあ、行くわよ!」
イゼルは黒い小さな空間を生み出し、そこに手を入れる。
すると、アレイの前に同じ空間が現れて手が伸びてくる。
「い、いや…!」
「やめなさい!」
イクアルとサリスと朔矢が手を斬った。
しかし、その手はすぐに再生した。
これも、再生者の力によるものか。
「正直、この国がどうのとかはそんな気にしてないのよね。…でも、あんたの身柄の確保とサリス様の始末だけは、絶対にやり遂げてやるわ!」
サリスは、イゼルに今更ながら質問した。
「イゼル。お前は、本当に私の下に戻る気はないの?」
「何を今更…!」
「…」
サリスはため息をつき、悲しげに小声で言った。
「残念だわ…イゼルは優秀な弟子だったのに。今ここで、私の過去の記憶を見せる事でも出来たら…」
これに、アレイはすぐに反応した。
「『偉大な司祭の過去の記憶よ、今ここに甦れ!』」