偽物の正体
墓地を抜け出し、足早に城へ向かった。
イクアルは今民衆に姿を見られると何かと都合が悪いので、アレイが生み出した魔法布を巻いた状態で走った。
道中、イクアルは町の様子を見て、
「ひどい…罪なき民に、こんなことをさせるなんて…」
と、悲しみと怒りに震えていた。
そして城に入ると、例のやる気のない兵士がお出迎えしてくれた。
しかし、イクアルがその布から顔を覗かせると、ひどく驚いたようだった。
「い、イクアル陛下…!?」
「どうして…玉座におられたはず…!」
「それは偽物です。私が本物のイクアルです!」
「えっ…!?それはどういう…」
「詳しい説明は後です。偽の私は、玉座にいるのですね!?」
「は、はい…」
「わかりました。行きましょう!」
偽の皇魔女は、玉座にしっかり座っていた。
そしてこちらを見て、立ち上がって声を張り上げた。
「何者!…ん?よく見ればさっきの…
しかし、また戻ってくるとは!兵士達よ、もう一度こいつらを閉じ込めておけ!」
「おっと、そうはいかないわよ!」
朔矢が、偽の皇魔女に向けて短剣を投げた。
それは奴の左頬を掠り、壁に当たって床に落ちた。
「…ぐっ!」
偽の皇魔女は左頬を押さえ、倒れ込んだ。
今のにそんな威力があったのか…?と驚いたが、倒れた皇魔女に起きている変化を見てさらに驚いた。
なんと、偽皇魔女の体がぐねぐねと歪んでいるのだ。
そして、その歪む速度はどんどん加速していき…
「…!」
最終的に、偽皇魔女は本来の姿―紫にピンクの筋が入ったフードを被った、茶髪の女に戻った。
「これって…!」
朔矢とイクアル、そしてアレイが驚く。
イクアルに化けていたこの女は、紛れもなくリッチだ。
「おお…!」
兵士たちもどよめいた。
まあそれは当然だろう。
リッチは賢者や司祭がアンデッドとなったもので、外見は目や髪が無くなり、骨に皮だけが張り付いたような姿をしているものが多い。
ただ、女のリッチは、元の美しさを多少なりとも残している場合がある。
こいつも、その例に漏れずだった。
アレイのものにも似た、きれいな髪。
そして、かつてはもっと美しく豪華であったろうローブと杖。
その佇まいは、間違いなく司祭のそれだ。
「まさかリッチが、私に化けていたとは…」
「ふふっ、バレちゃった。でもね、あんたが寝てくれてる間に色々と上手くいったのよ」
「なんですって…?」
「あんたがお大事にしてたこの国の民は、すでに半分近くを殺した。
ここにいる兵士だって、すでに私の下僕」
「なに…!」
俺の声に反応するように、一部を除いた兵士達が本来の姿を現す。
それはやはりというかデスローパー…リッチに魂を抜かれ、肉体を操られるゾンビ系のアンデッドだった。
「な…これは…!」
「デスローパー…つまり、私が生み出したアンデッド。ここの兵士は、もうほぼ全員がデスローパーよ」
イクアルは、呆然と立ち尽くす。
そして、リッチはそんなイクアルを嘲笑うような顔で見ながら続けた。
「本当は、このまま民も皆殺しにしてこの国を乗っ取るつもりだったのだけど…知られてしまったからには仕方ない。
あんたも、そこの付属品達も始末してあげる!」
リッチが手を払うと、ローパー達が一斉に向かってきた。
動揺し硬直するイクアルを守ろうと、アレイが飛び出した。
「氷法 [白銀河]!」
ローパー達を雪に閉じ込め、弾き飛ばして一掃。
続けて襲ってきたものは、朔矢が旋刃盤を一振りして片付けた。
「へえ、頑張るのね。でも、まだまだいる…さあ、どこまで持つかしら?」
リッチが杖を光らせると、虚空からさらにローパーが現れる。
しかも、さっきより数が多い。
だが、そんなのは関係ない。
「雷法 [サンダーボルグ]」
一体に電撃を浴びせ、それに近づいた残りの奴らにも通電させて攻撃し、モータルヴォイドで片付ける。
すぐにまた呼び出してきたが、今俺が倒しそこねた残党と一緒にまとめて朔矢が片付けてくれた。
「[トルネード・トリック]」
ここで、イクアルの硬直がようやく解けた。
「イクアルさん!」
「はあ、はあ…!あ、アレイさん、皆さん…ごめんなさい。本来なら私が倒すべき相手であるのに、皆さんに頼ってしまって…」
「そんな事気にする必要はないわ」
イクアルは、リッチの方を見た。
「だって、あんた達にはこの私は殺せないんだから」
「何を…!」
扇を取り出したイクアルに、リッチはニヤリと笑って見せた。
「私は司祭。目覚めて間もない皇魔女と水兵なんて、相手にもならない。そっちの男の種族は知らないけど、いずれにせよ私の敵じゃない」
「お前は司祭ではない!忌まわしい屍に、その肩書とローブは不要!」
「あら、人聞き悪い。私は正真正銘の高位の司祭よ」
「なに…!?」
「これは失礼。言ってなかったわね」
リッチはイクアルに一礼し、名乗った。
「私は司祭イゼル。洗礼名を真斗李と申します。
お会いできて光栄てすわ…皇魔女イクアル陛下」
「やめろ…私に触れるな!その穢れた手で私に触れるな!」
「穢れたなんて失礼ですこと。私、これでもサリス様の弟子ですのよ」
「な、なんですって…!?」
俺も驚いた。
まさか、サリスの弟子にリッチ…もといアンデッドがいるとは。
いや、正確にはサリスの弟子が勝手にアンデッドになったのだろうが。
「サリスさんの弟子…?まさか…!」
「本当よ。私は264年前にサリス様に弟子入りして、あの方の元で修行した。サリス様は、私をとても大切にして下さった。あの方がいたから、私はここまで来られた」
「なら、なんでリッチなんかに…!」
「あの方は素晴らしい方だった。でも、一つだけ足りないものがあった。
それが、"時間"への執着。
時間は有限、学ぶべきは無限。あの方は、何度言ってもそれをわかってくれなかった。だから、私は…」
「禁忌を侵した、と」
俺は、ため息をついた。
「哀れだな。己の私利私欲のために異人としての道を外れた挙げ句、恩師を裏切るとは」
「あんたには言われたくないわね。私は、あんたとは違うのよ」
「そりゃ、違うさな。俺以下の存在だもんな」
「…はあ。とにかく、私は永遠の時間を求めた。そして、今のこの姿になった。
サリス様は、確かにすごい方よ。でも、欲がなさ過ぎる。それに、あの方は本当の意味では弟子を思っていない。だから、いつまで経っても私に自身の立場を譲って下さらないのよ」
なるほど、やっぱりそうだ。
こいつは、結局欲に溺れてるだけにすぎない。
司祭にも、こんな奴がいたのか。
「私はあの方に失望した。だから、自分に相応しい次の主を探した。
電の再生者尚佗は、与えた使命を果たせば、私を直属の司祭として使うと約束してくれた。
だから、そのために私は努力する。
そして、それにはあんた達に死んでもらう必要があるのよ!
てわけで、さよなら皇魔女さん!」
その時、衝撃波のようなものが飛んできてイゼルを撃墜した。
「…誰!?あっ…!」
イクアルとアレイの視線の先。
そこにいたのは、サリスだった。
「サリス…!?」
奴は無言かつ無表情で、こちらへ歩いてきた。
「イクアル陛下、アレイさん。元弟子の非礼をお許し下さい」
「元弟子…?」
「はい。あれは、確かにかつて私の弟子であった身。
しかし、自ら不死者になるという禁忌を侵したために破門にしたのです」
すると、イゼルが起き上がってきた。
「サリス様…?何を仰っているのです?私は、破門になった覚えはありませんが…」
「それはそうかもね。だって、私はお前の聖紋を剥奪するという形で破門を言い渡したのだから」
聖紋は、国家や教会に所属する司祭や賢者に刻まれる紋章で、いわば職員証のようなものだ。
イゼルはかつてそれがあったであろう左腕を捲り、それがなくなっているのに気づいてあ然とした。
「いかなる理由があれ、不死者となる事は許されないのは知っていたはず。
お前は禁忌を侵した、だから私はお前を破門とした。
そして、お前はもう生者でもない!
かつて我が弟子であった屍よ…師として最後の情けとして、お前は私が葬る!」
「ちっ…!」
杖を構えたサリスを見て、イゼルも構えた。
「ああそう…!ならいいわよ、私にだって考えがある!
そこの3人と、この国と一緒に消えなさい…サリス様!」