フルスへ
町の人達には妙な違和感を感じた。
みんないそいそと働いている…のだけど、どこか焦りが感じられる。
まるで、誰かに急かされているような…
「なんか…おかしいな」
「ええ…何か、あったのでしょうか」
町の人に話を聞いてみたら、国の皇魔女が2か月ほど前から人が変わってしまったように圧政を強いるようになったらしく、人々は毎日何か貢物を献上するように命じられ、常に働いていなければならない状況になったためにこんな有り様だという。
「いくらなんでも、町の人に負担をかけ過ぎよ」
朔矢さんの言う通り、町の人達は畑仕事をしたり、川で漁をしたり、山で獲物を取ってきたりと大忙しで、休んでいる人は全くいない。
子供もみんな大人と一緒に働いており、遊んでいる子供はいない。
その表情は酷く疲弊し、またとても辛そうだった。
「あの人たち、しばらく普通の生活ができてないんでしょう。このままだと、みんな…」
私にはわかる。
町の人達の顔…あれは、何日もろくな食事や睡眠を取っていない人の顔だ。
ついこの前まで、あんな顔をした同族と共にいた身としてすぐに直感し、また、放っておけないと感じた。
「まずは城へ行こう。そして皇魔女を…」
その時、城に続く道から馬車が走ってきた。
でも、それは決して豪華なものではなかった。
どちらかと言うと、逃亡馬車のような貧相なものだった。
それを見た人々は、無言で頭を垂れた。
中には、泣き出す人もいた。
何があったのか聞いてみる…のはちょっと気が引けたので、過去を見てみた。
皇魔女が圧政を敷くようになってから、町の人々は苦しみ続けていた。
そんな中、ある一人の青年が、自らが皇魔女に不満を言いにいくと言い出した。
人々は止めたけど、彼は聞く耳を持たなかった。
そして、彼は皇魔女に直談判を持ちかけた。
しかし、全く相手にされなかったばかりか、反逆罪で死刑にされてしまった。
今走ってきた馬車の中に彼の遺骸が納められており、これから町の教会で葬儀が行われるのだという。
「ひどい話…」
思わずそうつぶやくと、一人の女性から相槌を打たれた。
「そうだよねえ、本当にひどい話だよねえ。
あの子の知り合いはあたしの息子なんだけど、本当にいい子だったよ。うちの子とも昔から遊んでくれててね…行動力もあって、リーダーシップもある子だった。
だからね、今度の訴えも、あたしは応援したんだ。
でも、誰もあの子に味方してくれなかった…
仲間がいれば、あの子もあんなにならないで済んだのかもしれないね…」
悲しげに言う女性の目は、泣きそうな程暗く沈んでいた。
私達は、教会で行われた葬儀の様子を見てみた。
「偉大なる神よ、どうかこの罪なき青年を安らかに眠らせ給え」
棺を前に司祭が唱え、人々は手を合わせる。
「…」
「あぁ…クソっ、クソっ…!なんで、なんでお前が先に逝っちまうんだよ…!」
「こんなのあんまりだ…このままじゃ、俺達みんな死んじまうよ!」
人々の悲しい声が耳に響く。
そして、私達も手を合わせた。
◆
葬儀が終わった後、すぐに城へ向かった。
理由は単純、今の皇魔女に会うためだ。
城には簡単には入れない…と思いきや、2人いた門番は「何だ、お前らは?」と、やる気のない声で聞いてくるだけだった。
皇魔女に会う前に、城内の各所を見回ってみた。
まず、城に入って左側の台所では、使用人達がせかせかと働いていた。
「邪魔しないで下さい!食事の支度が遅れれば、私達の首が飛ぶんです!」とのことで、部屋からは追い出されたが、かなり緊迫した空気が漂っている事は伝わってきた。
城の2階のベランダには、一人の子供の魔法使いがいた。
「君は?」
「わたしはミハイ。この国の皇女です」
皇女、ということは皇魔女の娘か。
通りで、派手なスカートを履いてるわけだ。
「あなたは皇魔女陛下の娘さん?」
「うん。この国の皇魔女がわたしのお母さんなの」
「そうなの…」
アレイは一度黙り、こんなこと聞きづらいんだけど…というように聞いた。
「最近、お母さんの様子は前と違ったりしてない?」
「うーん、別に変わってはないかな。
お母さんは、ずっとわたしの素敵なお母さんだよ」
…意外な回答だった。
「そ、そう…」
こんな幼子が、嘘を言うとは思えない。
ということは…どういうことだろうか?
…待てよ?今、この子は「素敵な」って言ったな。
素敵な…って、まさか…。
まあ、まだ決めつけるのは早い。
まずは、皇魔女陛下に謁見せねばなるまい。
玉座の間へ行くと、やたら派手な内装の部屋の奥にご立派な玉座に腰掛けた皇魔女陛下がおられた。
「何者?」
「私達は旅の者です。ロザミ陛下から…」
アレイの言葉を遮り、皇魔女は立ち上がって叫んだ。
「問答無用!兵士たちよ、この者達を捉えよ!」
「はっ!…おいお前ら、こっちへこい!」
とまあ、こういう訳で見事捕まってしまった。
「入れ!」
「痛いっ…!」
「っ!ちょっと、もっと優しく入れなさいよ!」
強引に地下に連れて行かれ、牢に押し込まれた。
俺は普通に入れられたが、朔矢とアレイに関してはかなり荒っぽく入れられた。
彼女らは、特別抵抗した訳でもないのだが。
「っ…最悪!なんでこんな目に合わなきゃないのよ!」
「朔矢…気持ちはわかるが、落ち着け」
「落ち着けると思う!?あたし達、一番捕まっちゃいけない存在なのよ!?なのに、こんなバカな事で捕まるなんて…!
ああもう…マジでクソだわ!」
子供のように喚く朔矢とは対称的に、アレイは黙り込んでいた。
「…」
「アレイ…」
「…別に、落ち込んではいませんよ。ここから出るのも、すぐですし」
「…は?どういうことだ?」
すると、アレイはにっこりと笑った。
「あら、お気づきでないんですか?私達、ただ押し込まれただけですよ」
「…?」
意味がわからない。
鍵がかかってないという意味かと思ってドアをいじったが、やはり施錠されていた。
「私が言ってるのはそういう事じゃないです。ほら、私の手を見て下さい」
アレイの手?
彼女が今持ってるのは、愛用の弓で…。
ん?
背に手を伸ばすと、馴染みの感触があった。
「…龍神さん、それに朔矢さん。
私達、武器も魔力も奪われてないんですよ」
…そう言えばそうだった。
武器も何も奪われてないことを、すっかり忘れていた。
「あっ…」
朔矢も気づいたようで、短剣と旋刃盤を持ち出した。
「私達は、ここに一時的に入っただけに過ぎません。
出る時は、すぐです」
「じゃ、今すぐ出ましょ!」
俺達が口を開くまでもなく、朔矢は術で扉を破った。
「手が早いな…」
「ちょっと、朔矢さん!そんなことしたら、兵士に…」
アレイが焦ったが、外から兵士の気配はしなかった。
恐る恐る顔を出して見ると、上へ続く階段の前に兵士が一人、後ろ向きで立っていた。
「あれじゃ抜け出せませんね…」
「あいつを殺れば解決じゃない?」
「それはダメです!私達は、どうしても皇魔女さんと話をしないと…」
そんな会話をしていると、兵士が動き出した。
「誰だ?誰かいるのか?」
歩き出す音がしたので、慌てて部屋に戻り扉を閉めた。
「…気の所為か」
兵士は二、三歩歩いてすぐに回れ右して、元の位置に戻った。
バレなくてよかった…と思ったのだが。
「俺は昔から独り言を言う癖があるんだよな…
今は誰も聞いてないし、いいだろう。
みんなが言ってる通り、最近の皇魔女陛下は変だ。
けど、俺たちは所詮兵士。あの方には逆らえない。
でも、誰かがこの状況を変えてくれるってんなら、例えあの方を裏切る形になろうと、俺はそいつに肩入れするな」
なら交渉できるか?と思ったのだが、まだ「独り言」は終わっていなかった。
「そう言えば、この城は元々クーデターの後に作られたもので、地下牢には捕まった奴らが脱走用に掘った抜け道がある…なんて話を聞いた事がある…ま、そんな事ある訳ないよな。あったとして、もう何千年も前の話だ、今頃は埋まってしまってるんだろうなあ…。
はい、独り言終わり、っと」
わかりやすいヒントをどうも。
俺は、アレイに言った。
「ここの過去を映し出せるか?できれば、数年置きに…」




