正の吸血鬼姉妹
聞いた所、彼女は理乃という名前だとのこと。
私が気絶させたほうの吸血鬼は二乃といい、彼女の姉だそうだ。
龍神さんが電流を流した事で意識を取り戻した姉は、最初私達を警戒していた。
でも、二乃が「彼らは大丈夫」と言い聞かせると、落ち着いた。
私達は奥の広間に座り込み、話を聞いた。
「それで…あなた達は、どうしてここに?」
「それは…」
理乃は黙ってしまい、変わりに二乃が喋り出した。
「私達は、元々はグラアレスという所で暮らしていました」
すると、龍神さんが目を見開いた。
「グラアレス…って、あの?」
「はい…」
「そうか…驚いたな、あそこが実在したとは…」
私は、彼がなんで驚いているのか、朔矢さんに小声で聞いてみた。
「あの…彼、なんで驚いてるんですか?」
「グラアレスは、かつてセントルの地下のどこかに存在したといわれる魔人の楽園よ。
地下なのに、地上と変わらない光と環境、そして沢山の財宝があったと言われてる」
探究者が好きそうな場所だ、と思った。
セントルはここからずっと西にある、この世界で最大の大陸。
その地下となれば、さぞや広大で、探索のし甲斐があるだろう。
「私達は、グラアレスで唯一の正の吸血鬼でした。
しかし、今から100年前のある時、突然大きな地震が起こり…私達の故郷は、崩れた岩盤によって埋まってしまいました。
私達はワープ装置で脱出しましたが、装置はまだ試作段階のもので…結局、ここにワープしたのです。
妹は、あの時の事を覚えていません。でも、私ははっきり覚えています。突如襲ってきた激しい揺れ、私達の楽園が崩壊してゆく様子…」
生々しい表現だ。
自分の事ではないし見たこともないのに、ぞくっとする。
「そうして、私達はここに来た後、あの町に行ったのですが…町の人達は、私達に石を投げ、槍を向けてきました。
皆さんに危害は加えないと申しましたのに、吸血鬼だからという理由で話を聞いてもらえず、攻撃され…」
「…まあ確かに、正の吸血鬼なんて見たことある奴はそうそういないだろうしな、仕方ない部分もあるかも知れないな…」
龍神さんが、残念そうに言った。
「私達は、生きるために必要な魔力と霊力をあたりの盗賊や異形から得ることにしたんです。
なのに、血を吸うという理由だけで町の人達から化け物呼ばわりされ、追い回されて…。
私達も次第に怖くなってきて、武器を振り回し、翼をつけて…。
これなら、故郷の仲間達と共に埋まった方がどれほど幸せだったことか…」
妹…理乃が、悲しい顔をして言った。
「そういう事だったのね…
町の連中の反応は仕方ないとは思うけど、災難だったわね」
「っ…」
理乃は目をこすり、二乃も涙を拭った。
「毎日のように思い出すんです…二度と帰れない故郷、もう会えない仲間たちのことを…」
そんな彼女たちを見て、私は考えるより先に行動していた。
「龍神さん、朔矢さん。魔人の知り合いはいませんか?」
「うーん、いないわねぇ…」
朔矢さんは外れたけど、
「…いる。セントルに良さげな奴がいる!」
龍神さんは当たった。
「本当ですか!」
「ああ。ちょっと待ってくれ」
彼は、誰かに電話をかけた。
「もしもし…ああ、俺だ。久しぶりだな。
あのなー、今ジークにいるんだが、居場所がない正の吸血鬼の姉妹を見つけてな。どうにか、そっちで保護してやってくれないか?
…そうか、わかった。今はキトマの北の洞窟にいる。…ああ、頼むぞ」
そして、彼は電話を切って言った。
「二人共聞いてくれ。今、セントルにいる知り合いの魔人の女王と話したんだが、ちょうどこのあたりの地下に良さげな魔界があるらしい。今から迎えにくるそうだから、ちょっと待っててくれ」
魔界とは、魔人の住む複数の地下世界のこと。
女王とは、その名の通り一つの魔界を治める女の魔人のことだ。
「え!?」
「本当ですか!?」
「ああ。待ってろ、すぐに来るはずだ」
数秒後、地面の一部が盛り上がり、魔人が現れた。
それは紫と青のグラデーションの髪に青い瞳をした、きれいな女の魔人だった。
「はあい、龍神。久しぶりね」
「久しぶりだな夜桜。んで、あれが件の2人だ」
夜桜と呼ばれた魔人は、二乃達の方を見た。
「…なるほどね。あなた達、出身は?」
「私達は、グラアレスです…」
「グラアレス!?あそこの生き残りがいたなんて…。
ま、まあいいわ。2人とも、今まで辛かったでしょう。でももう大丈夫よ、ここの地下に、ちょうどいい魔界があるの」
2人は明るい顔をし、彼女の張った魔法陣に乗った。
「さあ、それじゃ行くわよ。
あ、そうそう。龍神、私の同族を見つけてくれてありがとね」
「んなのいいから、早く2人を魔界に連れてってやれ」
と、ここで二乃が前に出た。
「待って下さい!」
「どうしたの?」
「みなさん…本当にありがとうございます!何とお礼を申してよいか…」
と、私達に頭を下げてきた。
「気にしなくて大丈夫ですよ」
「そうそう。あたし達だって、善良な吸血鬼は殺したくないしね」
「…!ありがとうございます…っ!」
理乃も涙目になりながら、頭を下げた。
「さあ、行きましょう」
夜桜さんとともに、2人は地下へ消えていった。
「さて、これで任務完了ね。あのいけ好かない王の所に戻りましょう」
私達は城に戻り、王に任務の完了を報告した。
疑われないよう、私が異能を用いてありのままの出来事を見せると、素直に納得してくれた。
「よくやってくれた。力で相手を倒すのではなく、心で相手を慰めるとはな。…いいだろう。星羅こころの妹よ、君は、我々の心に勝った。約束どおり、この者達の罪を許し、解放しよう」
「ありがとうございます。
朔矢さん、龍神さん。これで安心ですね」
「ああ。今更だが、リアースの時の借りを返されたような気分だな」
「まさか水兵に助けられるなんてね…でも、ありがとね。あんたのおかげで、組のみんなを守れたわ」
朔矢さんの笑顔は、引きつってて、どこかぎこちなかった。
でも、感謝してくれてる気持ちはちゃんと伝わってきた。
城を出てすぐ、フルスの町へ向かう事にした。
理由は単純、スカイストーンを取り戻さなければならないからだ。
「道具屋に売った、って言ってましたが…実際どうなってるんでしょう」
「わからんな…だが、主人を詰めれば済む話だ。一刻も早く向かおう」
ところが、向こうへ行くための馬車が道中で何者かに襲われたらしく、当分来ないという知らせを聞いた。
「マジかよ…」
「飛んで行きましょう」
私はそう提案したのだが、朔矢さんにそれはダメだと言われた。
「このあたりの土地は尚佗の監視下にあるの。空を飛んでいるのを見つけたら、問答無用で撃墜するっておふれが出てる。歩いていった方が、身のためよ」
…ならば仕方ない。
ワープもないので、フルスへ歩いて向かう事にした。