吸血鬼の洞窟
国を出て、言われた通り北へ向かった。
「んで?どこに吸血鬼がいるって?」
朔矢さんはもう怒ってはいなかった。
「北の洞窟、って話だったが」
ここで私は、星気霊廟で手にした地図を開いた。
地図には、町の真北の岩山に赤い丸が映し出されている。
「ここからさほど遠くない所にあるみたいです。たぶん、しばらく歩けばつくかと思います」
「そうか。だそうだぜ朔矢」
朔矢さんはため息をつき、そしてはっとしたように言い出した。
「そう言えばアレイ、さっき王を黙らせたあれは何?」
「あ、あれは…」
取り出そうとすると、龍神さんに止められた。
「ま、待て!出さなくていい。
朔矢は、ただあれが何なのかだけ知りたいんだ。そうだよな?」
「そ、そうそう。あたしは、あれの正体が気になるだけなの。ね、教えて、アレイちゃん?」
この感じ…朔矢さんたちも、お姉ちゃんが怖いのかしら。
まあ無理もないだろう。
モノは出さず、説明だけする。
「あれは私が転生して間もない頃、再生者になった姉に初めて会った時に渡されたものなんです。
そして言われました…『これには私の力と魂が宿ってる。もしあなたが、これ以上ないくらいの危険を感じた時は、これを使いなさい』と。
それ以来、ずっと手放さずに持ち歩いているんです」
「な、なるほど…使った事あるのか?」
「一度だけあります」
すると、朔矢さんが食いついてきた。
「いつ…使ったのかしら?」
「15年前、恐ろしく強くて凶悪なアンデッドに襲われた時です。
あれは…」
当時はわからなかったけど、今ならわかる。
「負の吸血鬼…恐らく、アビスランクの…です」
すると龍神さんたちは、真剣な顔で聞いてきた。
「男のか?」
「はい…黒髪の男性の吸血鬼でした。
目は黒く…背丈はちょうど龍神さんと同じくらいで、青い衣服を着ていました。
コウモリのような、大きな黒い羽を2枚持ってたので、すぐに吸血鬼だとわかりました」
結構前の事だけど、初めて本気で殺されると思った経験だからよく覚えている。
「どこで襲われたの?」
「アルノの北の森です。レークから海を泳いでアルノの北の浜辺に上がり、そこから森を通り抜けて町に行こうとしていた時の事でした」
この後の事が印象に残り過ぎていて、なんでこんな事をしていたのかは覚えていない。
「すでに暗くなり、夜になっていました。
早くアルノへ行かないと…と焦って走っていたとき、空からそれが降りてきたんです」
「それが、吸血鬼だったと…」
「はい。無言で私の前に降り立ち、手を伸ばしてきました」
「捕まったの?」
「いいえ。捕まったら殺されると、本能的に理解しました。
後ろに下がってあの髪飾りを取り出したんです。そうしたら、霧のような姿の姉が現れて…吸血鬼の翼と顔を斬りつけ、追い払ってくれたんです」
「そう…」
朔矢さんは、真剣な口調で言った。
「よかったわね、捕まらなくて。もし捕まってたら、今頃あんたもそいつと一緒に、あたし達の獲物になってたわよ」
「えっ…?」
「言ってなかったかしら…あたしも吸血鬼狩りなの。
…あんた、本当に幸運ね。アビスの吸血鬼に襲われて助かる奴なんて、殆どいないわ。姉に感謝するのね」
「ええ…姉には、感謝しています」
龍神さんは黙っていたけど、その顔は真剣だった。
(国を襲う吸血鬼…か)
洞窟への道中、私は一人考え事をしていた。
吸血鬼が町や国を襲う事は珍しくない。
でも…なんだろう。
さっきの王の言葉に、変な違和感を感じた。
吸血鬼が、生者を襲って仲間を増やそうとしないなんて。
それは吸血鬼…というか、アンデッドとしてあまりに不自然な事のように感じられる。
しかも、襲った町の人々を皆殺しにする訳でもなく…
一瞬、本当に吸血鬼?と思ってしまった。
いや、吸血鬼には違いないんだろうけど…
なんだろう、何かが違うような気がする。
でも、既に実害が出ているなら、やるしかない。
それに、私は(一応)吸血鬼狩りなのだ。
相手がどんな怪物であれ、戦って打ち勝つ。
それが私達の役目なのだから。
雪に覆われた岩山を登ってゆく。
今更だけど、朔矢さん、あんな薄着で寒くないのだろうか。
…と、5分程で洞窟についた。
中を覗くと、コウモリの群れが飛び出してきた。
「きゃっ!」
「いかにもな雰囲気だな」
「…行きましょ。もうコウモリは出てこなさそうよ」
ゆっくりと、着実に奥へ進んでいく。
あたりは真っ暗なので、龍神さんが術でともした明かりを頼りに進む。
「意外と暖かいわね…」
「まあな。てか、お前そんな格好で寒くないのか?」
「大丈夫よ。あたしは寒いのは平気だから」
「氷属性でもないのにか…」
と、ここで洞窟は終わりになっていた。
「ありゃ、終わりか」
龍神さんがそう言った直後、彼に天井から何者かが襲いかかった。
それは、一対の翼と鋭い牙を持つ女だった。
「[ヘッドステッチ]!」
私が矢を放つと、女は容易く気絶した。
倒れた女をよく見ると、確かに吸血鬼のようだった。
でも…何だろう。何か違和感を感じる。
明らかに何かが違うという訳ではない。
何か…直感的?本能的?に、違和感を感じるのだ。
「こいつは…」
龍神さんが、口を開く。
「ええ、間違いなさそうね」
朔矢さんも、そう言った。
やはり、私の感じた違和感は本物だったようだ。
「正の吸血鬼…吸血鬼には違いないが、アンデッドではないな」
一瞬で理解した。
正の吸血鬼は、負の吸血鬼と同様に牙で他者の血を吸う存在。でもその正体は、突然変異を起こした魔人の一種。
つまりアンデッドではなく、他者を同族に変える力も持っていない。
また血を吸う理由も異なり、負の吸血鬼は血液そのものを養分とするのに対して、正の吸血鬼は血液に宿る魔力や霊力を養分としている。
「なんで、正の吸血鬼が…」
その時、奥から甲高い声が響いた。
「姉から離れろ!」
声の方を見ると、もう一人女が立っていた。
手に鞭を持ち、目を紫に光らせている。
「姉に…手を出すな!」
「…違う!俺達は君らの味方だ!」
「そう…!あたし達はあんた達に手を出すつもりはない。だから…それを下げて!」
朔矢さんと龍神さんの言葉、そして2人のその顔を見て、彼女は次第に表情を緩めていった。
「良く見れば…町では見たことのない顔ですね。
では、私達に手を出すつもりはないというのは本当なのですね?」
「ああ。俺達は吸血鬼狩り…あくまでも負の吸血鬼を狩る組織の者だ。だから、君らに手を出すつもりはない」
「安心しました。どうか奥へ来て下さい。私達の話を聞いて下さい…」
彼女の目には、どこか物悲しさがあった。
過去に何かあったのだろうか。
過去を見てみようかと思ったが、やめにした。
きっと、すぐにわかることであろうから。
世界観・正の吸血鬼
吸血鬼のうち、他者の血に含まれる魔力や霊力を糧とするもので、魔人の仲間に分類される。
突然変異で誕生した魔人の亜種で、負の吸血鬼とは根本的に異なる存在であり、種族上の関係も一切ない。
基本的には魔人と共に生活しているが、そもそもの数が少ない上、負の吸血鬼や一部の種族から迫害される事もあり、短命な傾向にあるため結果的に珍しい種族となっている。
外見に関しては、翼を持つもの、持たないもの、尻尾のような捕食器官を持つもの、牙を持たないものなどレパートリーが豊富。
なお負の吸血鬼と異なり、普通の食事をとる事でも十分生存可能。




