ジヌドへ
翌朝、すぐに町を出た。
ワープで行くのかな、と思ったけど、空を飛んでいくらしい。
「方角はどっちなんですか?」
「こっからだと西だ。尚佗の部下どもにバレると面倒だからな、全速力で行くぞ」
そして、彼は私の手を掴んで空高く飛び上がり、猛烈なスピードで飛び立った。
その速度は、音速はゆうに超えていただろう。
ものすごい速度で下の景色が変わっていった。
「ついた。降りるぞ」
かなり早く、でも地面にぶつかるほどは早くなく、私達は降り立った。
そこは至って普通の町だった…
聞こえてくる会話の内容さえ除けば。
「お、らっしゃい!いつものだね?」
「はい…」
「はいよ!あ、ついでに大麻はどうだい?」
「遠慮します…」
「さあいらっしゃい!新鮮な臓器が揃ってるよ!
人間、守人、魔法使い、正の吸血鬼!何でも揃ってるよぉー!」
…かなりすごい町だ。
ここから見える景色と聞こえる声だけで、麻薬売買、臓器売買、偽造パスポート販売、詐欺の勧誘が堂々と行われている。
「あ、あの、龍神さん。ここは…」
「あ、言ってなかったな。ここがジヌド、殺人者の町だ」
殺人者の町…そんなものが存在するなんて。
でも、いかにもそれっぽい町だ。
白昼堂々、犯罪が横行してるなんて…。
「行こう。目的地はまだ先だ」
歩いてる途中で色んなものを見た。
恐喝や売春、盗難品の販売…
暗殺依頼の貼られたボードや、高利貸しの勧誘もあった。
「恐ろしい町ですね…」
「そりゃ、殺人者系種族の町だからな」
ここで、疑問が湧いた。
「そう言えば、殺人者系の種族って何々いるんですか?」
「あ、君は知らないか。
えーとな、基本種族は殺人者、白水兵、通り魔、反社会人、爆発者、狂信者、心弱者、無情者、恨み人…だな。上位種族が殺人鬼、無双者、食人鬼。んで、最上位種族が反逆者。ま、これは知ってるか」
「結構いるんですね」
正直、海人並みに多い。
こんなに殺人者系種族がいるとは思わなかった。
「ああ。ちな俺は元は無情者だったぜ」
「無情者…って、何なんですか?」
「無情者は反社会人に近い種族でな…恥や後悔を感じず、自他の将来や安全に無関心で、どれだけ人を傷つけても何も感じない殺人者の一種だ」
恐ろしい種族だ。
彼が、そんな種族の出だったとは。
「反社会人は、殺人者系の基本種族の中で一番活動的な種族でな。その名の通り、殺人、強盗、レイプ、テロ、ハイジャックと社会に逆らうような真似をすることを好む。
性格もかなりひん曲がっててな、平気で嘘をつく、ルールもマナーも守らない、怒られれば逆ギレする、時間や金銭にルーズ、人の気持ちを考えない、他人に合わせない…と、とにかく社会で理想とされる事の逆を行くんだ」
名前から察する事は出来たけど、そこまで徹底した種族だったとは。
普通の社会で生きられないのも納得だ。
「恨み人ってのは、デルラードとも言ってな。
一見すると普通の異人で、性格にも難はないんだ。
けど、奴らはなかなかおっかねえぜ。なんせ、傍から見たら全然大した事ないような事で相手を恨んで、それをずっと根に持って、こっちの居場所を必ず特定して、短くて数日、長くて数年が経った頃、突然殺しにくるんだからな」
だから「恨み人」なのか。
何でもない事で恨まれて殺されるなんて、たまったものじゃない。
「狂信者は…まあ、ある意味で祈祷師に近い種族だな。
自分の考えを絶対の真実だと信じて、どこまでもそれを振りかざす。
そしてそれに触れるような事をする奴や、自分にケチをつける奴はどんな事をしてでも殺す。
ま、究極の自己中とも言えるな」
はた迷惑な種族だ。
そんな人、絶対に一緒にいたくない。
「爆発者は、恨み人と同じく、普段は大人しい。
けど、実は日々の怒りやストレスを溜め込んでエネルギーを溜めてるんだ。
そして、ある時突然爆発して、暴れまわる。
大量殺人とか暴行とかよくやるタイプだな」
こっちも怖い種族だ。
確かに、いつも大人しい人ほど怒ると怖いと言うけど…不特定多数の人を傷つけるほど暴れる人は、社会にいてはいけないと思う。
「あとは…通り魔だな。通り魔は殺人者の中でも変わった存在でな、えらく足が速いんだ。
んで、その速さをいかして、すれ違いざまに相手を切りつけたり刺し殺したりする。ひったくりをやる事もあるな」
「あ、あの…」
「ん?」
「もう、いいです…」
「…そっか。ごめんな、俺、好きな事を喋りだすとなかなか止まらないもんでな…」
「あっ、そうなんですか…。
ところで、今はどこに向かってるんですか?」
「クラン・ザーロンの事務所だ。まあクランの正式名称は反社會っていうんだけどな」
「え…」
反社會という言葉は聞いたことがある。
反社会人などの殺人者が集まって築いた暴力団組織。
すなわち、この世界のヤクザだ。
「あ、怖がる必要はないぜ。奴らは基本いい奴だからな」
「ほ、本当、ですか…?」
「ああ。俺がいりゃ大丈夫だ」
と言われても…。
申し訳ないけど、ヤクザを怖がるなという方が無理だ。
白塗りの壁の建物にやってきた。
龍神さんはインターホンを押し、名乗った。
「よう、俺だ。お茶しに来たぞ」
すると、中から声が聞こえてきた。
「…お前か。入れ」
中に入り、赤いソファに腰掛けた。
部屋の中は所々豪華なものが置かれていて、いかにもヤクザの部屋という感じだった。
組の男は、茶を持ってくるといって台所へ行った。
「あ、あの…」
「どうした?」
「あの人は、何の殺人者なんですか…?」
「あいつはこのザーロンの組長ザーロン・リトスタ。反社会人だ」
「は、反社会人…」
「怯えなくていいぞ。悪い奴じゃない」
「は、はい…。
でも、殺人者は同族しか大切にしないんでしたよね?反社会人が、なんで殺人鬼を受け入れるんですか?」
「反社會の構成員は反社会人だけじゃない。無情者に通り魔、なんなら白水兵だっている。そして、それらが昇格すると殺人鬼とか無双者になる。なもんで、殺人鬼は奴らの仲間であり、先輩なんだよ」
「先輩…」
「それに、反社會には必ず敵対してる反社會がある。
そういうとこの情報を抜くためにも、殺人鬼や無双者は受け入れたい所なんだ」
この言い方だと、彼も昔は反社會組員だったのだろうか。
とすると私は、元ヤクザと旅をしていたのか…。
「そういう事よ。なんでね、昔は寿司とか焼き肉とかで持て成したもんだ。
ま、うちは粗茶なんだけどな」
奥から、お茶を持った男が出てきた。
「そ、そうですか…」
「あいにく今の時代はそこまで余裕がなくてねぇ…
娘さんよ、あんたレークの水兵だろ?」
「え、ええ…」
一目でレークの水兵とわかるのはすごいけど…
正直、すごく怖い。
「おたくらのおかげで、こっちはだいぶ商売がやりづらくなってねぇ…?」
体が芯から震えた。
確かにレークの水兵は、反社會と関係がある犯罪組織を潰してるけど…でも、私は関係ない。
「あ?水兵すらキレさせるような真似してるお前らの自業自得だろうが?」
龍神さんが食ってかかった。
「んだとぉ?テメェやる気かぁ?」
「上等じゃねぇか。こっちこい、決着つけようぜ」
「言ったな…?」
まずい…!
空気が悪くなってきた。
「あ、あの…!」
私の言葉も、彼らには届かなかった。
異人詳細解説 殺人者編
他者への感心が薄い、マナーやルールを守ろうとしない、平気で嘘をつく、等の特徴を持つ異人の一種。
本能的に戦いや殺人行為を好み、戦闘や暗殺などには優れる事が多い一方、他の事は苦手になりやすい。
防人などと同様人間に近い種族だが、総じて社会性が低く、感情の制御や人の気持ちを推し量ることが苦手なため、ほとんどの場合は長期的な職に就く事ができず、何らかの犯罪を犯して生活する。
一般社会で生きる事が困難な種族だが、独自の社会を形成しようとする事は少ない(暴力団やマフィアなどの犯罪組織を形成することはあるが、この場合も階級などが存在しない特殊なものになる)。
反社会人や通り魔など多くの亜種や近縁種が存在し(水兵と誤認されやすい白水兵もこの一種)、殺人者系という独自のグループを形成している。
ノワールでは最も古くから存在していた種族の一つであり、長らく人々の脅威であり続けてきた一方、そのままで不死者を倒す事ができる数少ない種族である事から、生かさず殺さずに置かれてきた背景もある。
上位種族は殺人鬼、無双者、食人鬼で、最上位種族は反逆者だが、いずれも数は非常に少なく、反逆者に至ってはその実在すら疑わしいとされる。
多くの人々から疎まれる存在だが、実は生まれながらの殺人者は(白水兵を除いて)存在せず、そのほとんどは虐待やいじめ・差別・先天性の障害などの理由から普通の社会生活が出来なかったかつての人間であったりする。
なお、白水兵以外の種族は繁殖能力が退化しており、子供の殺人者は存在しない。
異人・反社会人
殺人者の近縁種の一種。
殺人者系の中で最も危険性が高いとされる種族で、協調性がない、気持ちをまったくコントロールできない、学習能力が高い、といった性質を持つ。
その名の通り社会に逆らう事を目的とし、連続殺人やテロ行為、麻薬売買などの犯罪を積極的に行おうとする傾向にある。
元来の特性として社会への強い復讐心と怒り、憎しみを抱いているため、矯正は基本的に不可能。
無情者と並び、最も殺人鬼や無双者になるまでの期間が短い種族。




